第214羽♡ カスミとカスミンの失敗
防音ガラスの向こう側で青髪の少女が、キラキラした笑顔を浮かべ華麗に舞う。
「誰です? あの意識高い系女子は?」
「加恋さんじゃん」
「昨日までと別人ですけど」
「勢いを感じるよね」
「先輩、毒でも盛りました? あれは命の灯りが消える前の最後の輝きです」
「そんな怖いこと言わないで」
「だらしなく酒に溺れ、涙と鼻水を垂れ流し地に這いつくばっても、まだ淀んだ瞳で酒を求める。これこそわたしたちの望月加恋さんです。あんなの加恋さんではありません」
「葵ちゃんの加恋さん評、酷くない?」
――7月27日金曜日午後17時31分。
ダンスレッスン後、わたし達は練習ルーム横の閲覧スペースから、居残りでマンツーマンレッスンを受ける加恋さんを見ていた。
葵ちゃんが驚くのも無理はない。ダンスだけでなく今日の加恋さんは、これまでとは別人のようだった。
いつもギリギリなのに今日は余裕のある30分前出勤、シフトメンバーのサポートをしながら接客も神対応、そしてアイドルレッスンでも、ボーカルレッスンはクリアボイスで歌い、ダンスレッスン後にまさかの居残り志願。
居残りに付き合っているコーチの瞳が熱血系バトル漫画キャラのようにメラメラと燃えている。加恋さんの情熱に感化されたようだ。
それにしても、この綺麗な加恋さんは何だろう?
強いて言うなら白花学園高等部生徒会長だった二年前の加恋さんに近い。当時は周囲に良い影響のみを与える光、まるで聖女のようだった。
大学入学後、慣れない生活に戸惑いおかしかっただけで、ようやく元の加恋さんに戻っただけなのかもしれない……けど、人はそうも簡単に変わるものなのか。
「やっぱり加恋さん、ダンスは上手いよね」
「幼稚園の頃からスクールに通っていたそうです、もし競技者として本格的にやっていたら良いところまで行けたでしょうね」
「そうなんだ、でも葵ちゃんも上手いし」
「悔しいですが加恋さんのレベルはわたしの数段上です。比べるのも失礼ですよ」
お手上げといった表情で葵ちゃんが手を広げる。
「さて、そろそろ上がりましょう、それとも先輩はもう少し見ていきます?」
「ううん、帰って家のことをしないといけないから上がる」
ひた向きに練習を続ける加恋さんを残し、わたしたちはレッスンルームを後にした。
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「先輩、着替えるの速すぎませんか?」
「え? そうかな」
更衣室から出てきた葵ちゃんと通路で合流し、ダンススタジオの玄関を目指す。
着替えはいつも共同トイレを使っている。カスミンだと女子更衣室は当然だけど、男子更衣室も使えない。
衣装やメイクだけでなく、こうした手間もある。カスミンを続けてくのは大変だ。
「昨日のディ・ドリームどうだった?」
「そりゃ大変でしたよ」
「ごめん……急に休んじゃって」
「先輩の代わりがふたりもきたからシフトの人数は十分だったんですけど、それ以上にお客様が多くて」
「暑かったから涼みに来た人が多かったのかな?」
「いえ、お客様の大半はKa-Rin目当ての白花生ですよ」
「そうなの!?」
「出勤前にKa-Rinの公式SNSでディ・ドリームに入店するのをポストしたらしいです。それがあっという間に拡散したらしくて……さすが白花の天使同盟ですね」
世間的にKa-Rinはまだライブもしていないし、知名度はほとんどないだろう。でも天使同盟としての前園凛と望月楓は別。学園内では十分な知名度がある。
夏休みに暇をしているウチの生徒が大量にディ・ドリームに駆けつけたとしても何ら不思議ではない。
「じゃあ猶更ごめん、ふたりのサポートもしてくれたんでしょ」
「仕事なので気にしないでください、でもまぁ店長だけはホクホクでしたよ、常時満席だったからここ直近では一番売り上げでしょうし、わたしとしても前園凛の恐ろしさを再認識できたので有意義でした」
「葵ちゃんは前園のこと前から知っているの?」
「ええまぁ……でもつまらない話なので止めましょう」
「そう?」
「別に恨んでるわけではないので、少し許せないところはありますけど」
目は笑わず、口元だけで笑う。
以前から前園のことを知っている。それも何か根深い問題がありそうな感じ。でも今は話したくないようだ、なら無理に聞かないほうが良い。
「あ、そうだ。葵ちゃんに渡すものがあるの」
「これは?」
「いつもありがとうってお礼かな」
「お礼をされるようなことはしてないと思いますが、ありがたく受け取ります」
「どうぞどうぞ」
「これはイヤーカフですね」
「うん、葵ちゃんに似合うかと思って、接客の時はあまりアクセを付けられないけど、普段用に」
「アイドル活動の時も確認が必要ですからね」
アイドルは世界観に合わないアクセサリーは付けられない。このイヤーカフは派手ではないので恐らく大丈夫だと思うけど。
「何かお返しがあれば……ちょっとお待ちを」
「大したものじゃないし、気にしないで」
葵ちゃんは背負っていたリユックを下ろし中からガサゴソと探し始める。女の子だけあって色々なものが入っている。
あまり見ないほうがいい。
男の娘のわたしが見てはいけないものもあるかもしれないし。
「……あった。カスミン先輩はアニメやラノベが好きですよね?」
「うん。アニメは毎クール10本くらい見てるし、ラノベも好きだけどどうして?」
「じゃあこれを……タイトルくらいなら知ってるかもしれませんが、転ギョニのアクリルスタンドです」
「え? え? えぇーー!? 知ってるも何も大ファンというかギョニラーです。本当にこれいいの!?」
転ギョニは『転生したら魚肉ソーセージでした。でもでも私は幸せです!あべしっ!』の略で2クール前の覇権アニメだ。既に続編制作も決定している。ファンはギョニラーと呼ばれ、わたしだけでなくさくらもギョニラーだったりする。
「同じのをもう一つ持っているので」
「そうなんだ、でもこれと私のあげた安物のイヤーカフじゃ全然釣り合わないよ」
「そんなことないです。このアクリルスタンドだって好きな人が持っている方が良いに決まってます」
「そ、そうかな……じゃあ遠慮なく頂きます」
「はい」
「やったぁ……すごく嬉しいよ。ところでわたしがアニメ好きってよくわかったね」
「以前、スタッフルームでファンタジーに出てきそうな魔術詠唱をしているのを見たので」
「え?」
「なんか、こう決めポーズまでとって……ノリノリでしたね」
「えーーーー?!」
バレちゃった!
ついにバイト先で魔術詠唱していたことがバレちゃったよぅーー!
「心配しなくてもかわいかったですよ。わたしは良いと思います」
「お願いだからこれ以上何も言わないで!」
こうして15歳だった緒方霞と女形カスミンは一生拭えない最悪レベルの黒歴史を心に刻んだ。
誰かわたしの記憶を完全消去して!
または命が尽きるその日までどこかに封印して!
石柱でも電子ジャーでもいいから!
「うぅ……恥ずいよう」
「涙目の先輩とてもかわいいです、よしよし」
わたしの髪を葵ちゃんがさらさらと撫でる。
その優しさがナイフよりも鋭利に私の心をえぐる。
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毎クール10本アニメ視聴……大変そうです。カスミンどこにそんな時間が?




