第211羽♡ 望月姉妹はどちらもガチでした
――7月26日木曜日午後18時15分。
DreamLatteの今後について店長との話を終えたわたしはようやく楓を捕まえることができた。
「楓、今日はありがとう、バイトどうだった?」
「大変だったけど、姉さんや佐竹さんがわからないところを丁寧に教えてくれたから」
「そう、なら良かった」
「それよりカスミ……じゃなかったカスミンこそ大丈夫? 顔がげっそりしてる」
「気にしないで、さっきちょっとだけプレッシャーを掛けられただけだから」
8月1日のDreamLatte初ライブのため、あと5日で2曲を仕上げなければならない。考えると胃痛する。
「困っていることがあったらわたしに相談してね」
「うん、ありがとう楓」
「じゃあ、そろそろ姉さんと引き上げるね」
「待って、大したものじゃないけど、これ今日のお礼」
さっきルナシャインシティで買ったプレゼントを楓に渡す。
「気にしなくていいのに」
「でも今日一日の予定をもらっちゃったし」
「じゃあありがたくもらうね。今、開けても良い?」
「うん」
「これは……」
「ノンホールピアス、あまりアクセを付けないのは知ってるけど、気分転換にどうかと思って」
ハートモチーフのシンプルなシルバーピアス。カジュアルでどんなコーデにも合わせやすそうというのが買い物に付き合ってくれた義妹もどきの所感だ。清楚な楓に絶対合うはずだ。
「すごくかわいい」
「さっきも言ったけど大したもんじゃないから」
「ありがとう、一生大切にするね」
「大げさだよ」
「ううん、空っぽのわたしをカスミがいつも埋めてくれる」
「楓?」
「ううんなんでもない、それじゃあ、きゃっ」
急に歩き出し、転びそうになった楓の右手をとっさにひっぱりあげ何とか支える。
「大丈夫? そこのタイル剥がれかけているから気を付けて」
「うん、ありがとう」
顔を真っ赤にした楓は今度こそ足早にスタッフルームから去っていく。
……大丈夫かな?
死角になっているロッカー横からガサガサっと音がする。
「やるではないか少年」
「覗きなんて悪趣味ですよ加恋さん」
隠れていた加恋さんがひょっこりと現れた。
「失敬な、着替えをしている時に入ってきたのはチミ達の方だかんね」
「ちゃんとドアの鍵をかけてください」
「ふむ、それはそうじゃね、しっかしさりげにプレゼントとは恐れ入ったよ、チミのこともう少しヘタレだと思っていた、にんにん」
「今日も激しくキャラブレしてますね、残念ながらプレゼントをあげたのは妹からのアドバイスですよ」
「何? 敵に塩を送るだと? 妹ちゃん何を考えている? 侮りがたし、ガツ刺し旨し」
「それより楓が外で加恋さんのこと探してますよ、早く行ってあげてください」
「ふむ、だがその前にあたしへのプレゼントをおくれやす、さぁさぁ」
「え? ないでゲスよ」
「うそん?」
「本当でゲス」
「……ははぁん、あたしがガッカリするところを見て、実はありました! って最後に出すパターンだろ? その手は食わないぜ」
「いやいや、ないものはないでゲス」
「またまたぁカスミンったら、もうもう」
「次は忘れないようにするゲス、多分忘れますでゲスけど」
「ノンノン、オネ―サンわかってるよ、本当は芋焼酎ミニボトルを買ってきてくれたんだろ?」
「すみません、何もありません……でゲス」
ずっと余裕の笑みを浮かべていた加恋さんが次の瞬間、崩壊した。
「うそだーー! あたしはカスミンと同じDreamLatteのメンバーだよ! それ以前に楓の姉だよ!? 姉妹格差ありすぎだろうが! ひどい、ひどすぎるよ! この鬼、悪魔、人でなしぃ! キィーー!!」
「すみません、今日は散財しちゃって、さっきも言いましたが次回は何か買ってきますから」
「ほ、本当だな? コンビニのワンカップ関脇でもいいぞよ」
「それ高校生には売ってもらえませんから」
「エタノールだけがあたしのブロークンハートを癒せるのよ、のよのよのよ」
「……そうですか、じゃあやっぱりコレいらないですね」
「へ?」
「楓と同じお店で買ったプチプラです、でもエタノール希望なんですよね、仕方ない捨てるかな」
「ちょ、何を言ってるのカスミン、捨てるなんてとんでもない! 喜んでいただきマッスル」
「そうですか? ではつまらないものですがどうぞ」
「開けてもいい?」
「もちろんです」
「えっ!? リングなの?」
「はい小指用です。左手小指にリングをつけると運気が上がるらしいですよ」
「楓じゃなくて、あたしで良いの?」
「加恋さんのために買って来たんで」
「あたしの?」
「はい、加恋さんにはこれまでお世話になってきたし、とても大切な人ですから」
「じゃあこれは特別なもの?」
「まぁ、そう言えなくもないですね」
ちゃんと選んだつもりだけど1000円もしない安物だから、特別かと聞かれて、はっきりとそうですと言える自信はない。
「そっかぁ……でも……これはそうなのかな、ねぇ指に通してもらってもいい?」
上目遣いで言われるとノーと言いづらい。
大した事じゃないし、別にいいか。
「はい、もちろんです」
サイズが合わなかったらどうしようと思ったけど、どうやら問題なさそうだ。
左手小指に触れた瞬間、加恋さんは一瞬ビクッとなり、リングが収まるとまるで花が咲いたようなかわいらしい笑顔を浮かべた。
「嬉しい、一生大切にする」
「大げさですよ、次に何かあげるとしたらお酒が良いんですよね?」
「お酒はいらない。金輪際止める」
「え? 本当に?」
「だってさ、嫌われたくないし」
「はぁ」
「ねぇ……すぐじゃなくても良いから、両親と妹に会ってほしいかも」
「楓ならさっき会いましたよ? そう言えばおじさんとおばさんにはしばらく会ってませんね」
「楓にどう説明するかはふたりで考えないといけないね、大変だろうけど、でもこれってはじめての共同作業かも……なんて」
「共同作業? DreamLatteの活動のことですか?」
「DreamLatteでも一緒だね……あたしたちはもう一心同体みたいなものかな、なんて、ははははっ……はぁ胸がいっぱいで苦しいよ」
「ん?」
さっきから加恋さんの話についていけない。
何か変なことを言ってしまったかな?
「前言ったかもだけどさ……こういうの経験なくてホントよくわからないから、今、すごく舞い上がってて、だから一晩よく考えてくるね、でもダメじゃないから勘違いしないでほしくて、ごめんね、あたし年上なのに自分のことばかり」
「はい、わたしで良ければいつでも話を聞きますよ」
「カスミンのままでイケメンなこと言うなよ、……嬉しいけどさ、楓が待ってるしそろそろ行かなきゃ、きゃっ?!」
「大丈夫ですか?」
「う、うん、また明日」
「はい加恋さんまた明日」
どこかふわふわした様子で、楓と同じタイルの剝がれた場所で転びそうになった加恋さんは何とか踏み留まり、小走りで去っていく。
……大丈夫かな?
――宣言通り、加恋さんはこの日を境に断酒した。
また翌日からのアイドルレッスンでは凄まじい覇気を見せ、今までと段違いの切れを見せるようになる。
女の子に指輪をあげるのは薬指以外でも注意が必要らしい。また安易に特別とか大切というワードを言ってはならない。
……ただし人によるとかよらないとか。
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望月姉妹はスキップする勢いで帰宅しました。




