第209羽♡ 姉妹デート (#4 展望台から見えないもの)
水族館を出たわたしとリナは、次にプラネタリウムに行くつもりだった。
ところが午後3時からメンテナンス作業のため休館だったため、代わりに行くところを相談していた。
「ねぇ本当になんじゃこりゃあタウンに行かなくていいの?」
「うん、どうして?」
「だって映えスポットがたくさんあるってネットニュースにもなってたから」
「イソスタやってないし、映え写真はいらないよ」
なんじゃこりゃあタウンはルナシャインシティ内になるアミューズメント施設だ。 最新VR技術を使い、往年の警察ドラマの名シーンやショットガン銃撃戦やカーチェイス戦、警察署の取調室などが体験できる。
フードコーナーも併設されており、刑事が張り込みする時に食べるアンパンや取調室のかつ丼、署長室秘蔵のバーボンに似せたジンジャーエールなどが人気メニューらしい。
……と面白そうではあるけど、女子高生高山莉菜の興味が惹かれるものではないかもしれない。
「じゃあ展望台にでも行く?」
「うんそうだね」
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地下一階から高速エレベーターで一気に250mの展望台まで上がる。展望台は数年前にリニューアルしたばかりで、芝生スペースなどゆったりできるスペースが充実しておりカップルが多い。
時刻は午後4時前。
7月下旬ということもあり日は長く、まだ夕暮れ時ではない。
「わぁ~絶景だぁ」
「うん、思った以上に眺めが良いね」
都内には100mを超す高層ビルや塔がたくさんあるけど、池袋周辺は比較的少ない。遮るものがなく、東京湾や筑波山、新宿の高層ビル群など辺り一面を見渡すことができる。
「これなら実家まで見えそう、えーとあっちかな?」
「方角は合っているけど、さすがにそれは無理だよ。リナの家は富士山よりもずっと先だし」
「そっかぁ……思えば随分と遠くまできたものでござりまする」
「東京からだと新幹線でも3時間以上かかるしね。寂しいと思う事はある?」
「そりゃたまにはね」
「だよねぇ」
「お姉ちゃんもわたしの家に初めて来た時はとても寂しそうだったよ」
「あの時はオヤジに捨てられたと本気で思ってたからね」
「大好きなウサきちを抱いたままポロポロ泣いていたよね」
「ちょっと、変なとこまで思い出さないでよ」
ウサきちはわたしが持っていた三月うさぎモチーフのぬいぐるみだ。今はリナの部屋にいるぬいぐるみたちの重鎮として鎮座している。
「やーだーよ」
「え~忘れてよ、恥ずかしいから」
「初めて会った時のことは一生忘れられない」
「……」
突然の真剣な表情と一生と言う言葉の重みにわたしは言葉を失う。
だけどリナはすぐにいつものリナに戻る。
「それよりウサきちをすずから貰ったこと忘れてるでしょ、前にすずが家に来た時、わたしの部屋にあるの見てすごく怒ってたよ」
「えっ? あの子は親に買ってもらったと思ってた」
小学二年に進級する頃、ウサきちはリナにあげてしまった。
宮姫が気を悪くするのは当然だ。
「はぁ……そういうところだよ、すずを怒らせるの」
「う……次に会ったらちゃんと謝るから」
「謝らなくても、ウブな幼馴染すずたんには仲直りのチュウでイチコロだぜぇ」
「で、できるわけないでしょ、そんなこと」
彼氏でも彼女でもない宮姫すずと緒方霞は会った日は必ずキスをしなければならない。
だからわたしとすずは人目のつかない場所で毎日のようにキスをしている。
知らないはずのリナにバレてる?
……まさかそんなことはないよね。
それにキスをする時の宮姫はウブではなく、むしろ情熱的で……って今考えることじゃない。
「さてとお姉ちゃん、せっかくだしあの白いブランコに乗ってみようよ」
「別にいいけど……」
展望台スペースの窓際には三日月の様な形の白いブランコが設置されている。
「きゃ?!」
「大丈夫?」
ブランコを漕ぐと窓から外に落ちてしまいそうに錯覚する。
高いところが苦手なわたしには正直きつい。
「う、うん、もちろん」
「ほら、手を握ってれば大丈夫だから」
「へ、平気だもん」
「じゃあもっと揺らしても良い?」
「それは絶対にやめて!」
「はいはい」
……変な声が出たけど怖いものは怖い。だから結局手を繋いでもらった。
ひんやりとした小さな手が心地よい。
子供の頃から数え切れないくらい繋いできたこの手が愛おしい。
大切な妹をいつも守っているつもりでいた。
でも守られていたのはわたしの方だったのかもしれない。
今この時も……
「ごめん、カスミンの時は力が入らなくて」
「じゃあ緒方君の時にカッコいいところ見せてよね」
「うん、頑張る」
「にゃはは、期待してるぜ」
「あ……」
その時ちょうどスマホが鳴った。
でも今は……
「出なくていいの?」
「今日はお休みだから」
「急用かもしれないよ、気を使わなくて良いから早く出なよ」
「……ごめん」
電話はディ・ドリームの店長からだった。
またしても前園と葵ちゃんのバトルが発生中らしく、ふたりを宥めに来て欲しいとのこと。
「ほら、早く行ってあげなよ」
「でも……」
「わたしとの時間なんて今日以外でもいくらでもあるでしょ、一緒に住んでるんだから」
確かに家にはいつもリナがいる。
だけど今だけはリナと離れてはいけない気がする。
わたしたちはデートをしているのだから。
「心配しなくても大丈夫だよ緒方君」
「わたしはいつもそばにいるから」
「緒方霞のたった一人の妹だから」
リナは誰よりも優しい笑顔を浮かべる。
そしていつもと同じようにわたしの背中をそっと押してくれる。
今日は妹じゃなくてもいいのに。
わがままを言ってくれればいいのに。
わたしがわがままを言わせてあげればいいのに。
「今日はありがとう、お姉ちゃん」
デートの終わりと共に繋がった手と手はゆっくりと離れていく。
高山莉菜は緒方霞の良く出来た妹であり続ける。
緒方霞は出来の悪い兄であり続ける。
わたしたちは兄妹をやめれない。
今日も明日も明後日も……
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なんじゃこりゃあタウンに私なら行きたいです。




