第208羽♡ 姉妹デート (#3 アクアリウムの夢)
「パジャマは買わなくてよかったの?」
「うん、寝る時は霞だし」
「ダメダメ、乙女たるもの24時間意識しないとどこかでボロが出るにゃ」
「24時間って……寝てる時も乙女ってどういうこと?」
「寝相や寝言がかわいいとか」
「それ無意識でできる? リナは寝相悪かったよね」
「それは子供の頃の話で今は大人しく寝てるのだ、なんなら今晩一緒に寝て確認する?」
「遠慮しとく……そもそも今朝、前園とふたりでわたしのベッドに侵入したばかりだよね」
「うん、だから今夜こそ二人きりで」
「一人でゆっくり眠らせてください、疲れがとれてないから」
「え~お姉ちゃんつれないな~それにしてもイワシさんきれいだね」
「そうだね」
買い物を終えたわたしとリナは、銀色に輝くマイワシが及ぶ光の水槽を眺めていた。
ルナシャインシティ水族館は、開業40年を超えた歴史ある水族館だ。池袋というロケーションの良さや清涼感のある都内のオアシスとして変わらず人気がある。
今は夏休み期間ということもあり普段よりカップルが多い気がする。
だけどそれ以上に親子連れが多い。
わたしも保育園に通ってた頃、親子三人で来たことがある。
思えば母さんと遠出したのはあの時が最後になった。
「東京って良いよね。水族館が沢山あって」
「そうだね。近場だと品川や押上にもあるしね」
「わたしの実家からだと一番近い水族館でも車で二時間かかったのだ」
「水族館が海沿いにしかなかったからね」
「うーん、どうしよう? 年パス買おうかな、二回行けば元が取れるってお得だよね」
「そうだけど来る暇あるの? 平日も休日も忙しいでしょ」
全国トップレベルのプレーヤーであるリナは女子サッカー部としての活動以外に、年代別代表として活動があり海外遠征もする。
練習がない日もジムトレーニングを欠かせない。
「忙しいからこそ癒しが必要なんだよ。それともお姉ちゃんがわたしを癒してくれる?」
「わたしではお魚さんやペンギンさんほどは癒せません」
「お魚さんやペンギンとは違う方法で癒してくれればいいのだ、にゅふふっ」
「それどんな方法!?」
「お姉ちゃんの頭の中に浮かんでいる邪な映像のままだよ」
「じゃ、じゃあ美味しいもの沢山作るね!」
……わたしの頭の中に浮かんだのは食べ物じゃなくて、もっと禄でもないものだったけど言えない。
「うーん、食べ物も良いけどね。イヌザメかぁ……体系はシャープでサメだけど、なんか顔だけ見るとナマズっぽいのだ」
「サメも色々あるらしいからね、ホオジロザメみたいに凶暴な方がめずらしくて、ほとんどのサメは大人しいらしいし」
「にゃるほど……だからこの子ものんびりしているわけか」
灰褐色のイヌザメは水槽の底をお散歩でもするようにゆっくりと泳いでいる。
カニやエビなんかを好んで食べるらしいけど、捕食時以外はいつもこんな感じらしい。
「おぉっと! クラゲさんやばいのだ……すごく神秘的」
「ほんと凄いね……星が泳いでいるみたい」
「でも毒があるんだよね?」
「種類にもよるらしいよ、確かこのミズクラゲは弱かったような」
「小学校の頃、父上に連れられて海に行った事あったじゃん、泳ぐ前に母上にクラゲには気を付けろと言われたけど、どう気を付ければ良いのかわからなかったのだ」
「クラゲは半透明だし、そばを泳いでてもわかりにくいもんね」
「あの時わたしのビキニブラが波にさらわれて、でもお姉ちゃんが必死になって取ってきてくれたよね」
「そんなコテコテなラブコメイベントはなかったけど……そもそもあの日はビキニじゃなくてリナは小学校のスク水だったでしょ」
「あれ、そうだったっけ?」
「過去を捏造しないように」
「お姉ちゃんは布地面積の少ないマイクロビキニだったよね」
「わたしも学校の水着で泳いだよ」
「確か上半身は何も付けていなかったような……うふんいやん」
「か、霞の時は付けてなくて当然でしょ?!」
普通の男の子なんだから。
普通だよね普通。
……あれ?
なんだか急に恥ずかしくなってきた。
あわわわっ。
「今年はさくらや楓ちゃん達と皆で海に行けたらいいね」
「そうだね……広田はもう行ったみたいだよ」
「おぉ、あのイケメン水野深と!?」
「いやカノジョさんと」
「へ~アオハルですね羨ましいですね、でもね大衆はそんなボーイミーツガールな甘酸っぱい世界ではなく、爽やかイケメンとメガネ男子が汗を滴らせながら四つに組む暑苦しい世界を求めているのだ」
「それはごくごく一部の特殊な趣向の人達だけだよね」
どうしてこの素敵な癒し空間であらぬ方向に話が進むのだろう。
それとも女子同士で出かけると男子が知らないだけでこんな感じなのかな。
そうじゃないとわたしは信じたい。
「ペンギンさんが空を飛んでいるのだ!」
「ここの名物、天井のペンギンだね」
水路のように張り巡らされた水槽は高い位置に設置されているため、ペンギン達が羽を広げて空を羽ばたいているように映る。
「陸上ではよちよち歩きだけど、水の中だと速くてカッコいいよね」
「うん、そうだね」
「でもペンギンさんもずっとずっと昔は空を飛べたんだよね?」
「他の鳥と同じだろうから多分ね」
「どうして空を飛ぶのをやめちゃったんだろう」
「空を飛ぶより、海の中の方が美味しい物が多かったからじゃないかな」
「……そうだね、でもわたしは海の中にもっと大切なものがあったから、空じゃなくて海の中を飛んでいると思うの。もし好きな人が海にいるなら空を飛べなくなってもいいやって」
ペンギンを見つめたままそう語るリナは、わたしを見ることはない。
「緒方君」
「えっ?」
「ごめん、何でもないお姉ちゃん」
リナはようやくいつものと変わらない笑顔を向けてくれる。
まるで何かを蓋をするように……。
……わかっている。
カスミンや兄ちゃんではリナの気持ちには答えられない。
だけど俺はまだ踏ん切りがつかない。
水底から見上げることしかできない俺は天使がいつまでも自由に空を羽ばたくことを切に願っている。
もし俺がいなくなれば彼女は7月31日を超え、明日に飛んで行けるかもしれない。
他の天使達と同じように……
お越しいただき誠にありがとうございます。
お時間がございましたら「ブックマーク」「いいね」「評価」「誤字修正」「感想」「ご意見」など頂けましたら幸いです。




