第201羽♡ カフェアイドルは激辛担々麵を食べれない !
「まさか……こんなことはありえない!」
――7月25日木曜日午前2時34分。
思わず声が出た。
それほど衝撃的だった。
一昨日、AI研のPCから入手した非公式生徒会に関連するトークアプリの残データは一部破損していたため復旧するのに丸一日かかった。
にもかかわらず残念ながら完全復旧はできなかった。
恐らく80%から85%といったところだろう。
それでも有益な情報は幾つかあった。
このトークアプリは特殊なVPN接続を使っており、管理者から割り当てられたユーザ以外は事実上侵入するのが不可能なこと。
アプリはPCおよびスマホ双方に対応している。使用者はアプリをインストールすればすぐにでもトークに参加できる。
管理者以外の一般使用者同士だけでアプリ上でトークスペースは使えない。そのためトークを行う場合は、全て管理者込みとなる。
そして管理者権限が与えられているユーザは、AI研柊木夏蔵が改修を頼まれた時点では三人いたこと。
そしてそのうちの一人は、俺がよく使っている通信経路を使っている。
この管理者ユーザは会長と呼ばれていること。
ここまでの情報に間違えがなければ、会長は俺の良く知っている人物が考えられる。
だけどアイツが非公式生徒会会長になる理由が浮かばない。
そもそもこのデータ自体に侵入者対策が取られており、誤情報に誘導されていないだろうか?
色々なケースが考えられるが、いずれも推測の域から出ず決定打に欠ける。
ここから掘り下げるとしたら、このデータを見つけた柊木に会って確認したいことがある。だけど会うことは風見さんから止められている。
また風見さんには得体の知れないところがあり、本人は否定していたが風見さんが非公式生徒会の疑いがある。
となると柊木に接触するとしたら、風見さんに気付かれないように他から情報を入手しなればならない。
俺の信用できる人物で、柊木の情報を掴みことができそうなのは同じ中等部出身の宮姫すずと第三新聞部所属の広田良助のふたりだ。
これ以上巻き込むのは危険な気がする。
だがここで止まるわけにはいかない。
悪いなふたりとも……多分迷惑をかける。
許してくれとは言わない。
だけど堕天使遊戯だけは早く終わらせよう。
あんなものがあったら誰も幸せになれないのだから……。
「さて……そろそろ寝るか。今日はリナとデートすることになったし」
PCの電源を落とし、疲れきった俺はベッドの上で泥のように眠る。
♠~♡~♦~♧~♠~♡~♦~♧~
……なんだか息苦しい。
熱帯夜続きだから寝苦しいのは当然と言えば当然だ。
夏場でも寝る時はエアコンを切っている。
代わりに古ぼけた扇風機はカラカラと回っているが、とてもだけど涼をとることはできない。
できる事なら一晩中エアコンをかけたいところだが、バイトがあるので風邪をひくわけにはいかない。
またアイドルレッスンを受けている関係で喉を傷めないように気を付ける必要がある。
俺、緒方霞は激辛担々麵好きだったりする。
だけど冷房と同様に喉への負担を避けるため唐辛子のような刺激物を摂取することはアイドル活動が終わるまでは我慢しないといけない。ボイストレーナーからも禁止されている。
とは言え激辛担々麵は美味。
特に神田のガード下にある火山坊がおススメ。
高校生には高めな値段設定だが、山椒と特製唐辛子入りのスープがとにかく美味しい。
近場に美味しい担々麵専門店があれば嬉しいが、世田谷周辺はつけ麵の名店は数あれど、なぜか担々麵専門店が少ない。もっと増えれば嬉しい。
……って薄い意識中で何を考えているのだろう。
さっきから頬に柔らかい何かが当たる。
抱き枕は使ってないから寝ている間に枕を抱きしめてしまったのか?
でも枕の柔らかさとは明らかに違うように思える。
それに背中にもやや小ぶりで柔らかい何かが当たる。
何だろこれ?
現状を確認したいが、中途半端に起きてしまうと眠れなくなるからできれば避けたい。
こうしている間にもどんどん眠りが浅くなり、もう目が覚める寸前まで来ているのがわかる。
……本当のことを言うと過去の経験から今、俺の身に起きている事の察しはついている。
目を覚ますと過酷な現実に直面することになるだろう。
だから目を覚ましたくない。
できることならこのまま眠り続けたい。
尤も考え方次第では天国とも言える。
それも日本中の高校生男子の全てが羨望するような。
あ……もうダメだ。
瞼が開いてしまう。
だが俺は認めん!
こんなラブコメ定番イベントが俺の様な陰キャ男子の身に起きるなんてあってならない!
……でも現実は常に残酷だ。
定番イベントは必ずと言って良いほどお仕置きとセットになっている。それも主人公がビンタされるとか物理攻撃が多い。
痛いのは嫌です。
どうか勘弁してください。
抵抗も虚しく俺は10秒もしないうちに目を覚ます。
カーテンの隙間から覗く日差しが部屋の中を照らす。
5cm先にはTシャツ短パン姿の白花学園高等部天使同盟一翼、放課後の天使こと前園凛が無防備な姿で眠っており、腰の辺りには同じく恰好の天使同盟一翼、気ままな天使こと高山莉菜が俺に掴まっている。
どうやら俺が寝ている間に部屋に侵入したらしい。
ふたりが目を覚まし騒ぎ出す前に、さっさと、この場から離脱しなければならない。
ところがリナが腰にへばりついているので動けない。
おい離せ義妹もどき!
寝起きドッキリイベントなんて令和の世では流行らないから!
……ってこのじわじわと効いている締め方、またしても赤城ロックか!?
寝ながら締め技かけるってどういうこと?
マイ・ハニーさくらたーーん!
妹に変な技を教えないで!
護身術として教えたらしいけど、今のところ間違った使い方しかしてないから!
「……ん」
俺がジタバタしていたところで、目の前の空色の瞳は二、三度瞬きをする。
どうやら古の森ではなくタワマンに住むハイ・エルフ様がお目覚めになったらしい。
「おはようカスミ」
「……おはよう凜」
親し気に互いの名前で呼び合う俺たち、そう言えば昨晩キスをしてしまったような……中尾山の時と同様に今回も無かったことにすることにはしたけど。
この後、数分もしないうちにリナも目を覚まし、緒方霞はラブコメ定番イベントルートが強制的にスタートする。
――ねぇふたりともマジで何を考えているの?
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