第196羽♡ 特異点
「じゃあ俺、宮姫を送ってくるから」
「おう、緒方よろしくな」
「お凛ちゃん、明日の朝やっぱり迎えに来ようか?」
「一人で帰れるから大丈夫だって、すずすけもそんなに暇じゃないだろ」
「……そうだね、リナちゃんお凛ちゃんをお願い」
「うん」
――7月24日水曜日午後7時25分。
予定通り夕方ごろ前園が泊まりに来たが、宮姫も一緒だった。
前園は昨晩宮姫家に泊ったからそのままウチまで着いて来たらしい。
夏場で日が長いとは言え、さすがに外は真っ暗だ。
蒸し暑さが残る夜の街をふたりで歩く。
「ねぇわたし、お邪魔だったかな?」
「そんなことないよ。むしろ宮姫を送る間にリナと前園がお風呂に入ってくれるから助かる」
「ふーん」
「何だよ?」
「何とかして覗こうとするかと思った」
「ないって! それより宮姫も泊まっていけば良かったのに」
「急に来て泊めてはないでしょ、リナちゃんにも悪いし」
「宮姫が泊まってくれた方がリナは喜ぶと思うけど」
「緒方君がいない時ならそうかもね」
「俺がいたらダメなの?」
「リナちゃんが緒方君に甘えられないでしょ」
「いくら兄妹でも四六時中ベタベタしてるわけじゃないから」
確かにリナは俺の部屋でくつろいでいることは多い。
だけど、ここ数日は全く近づいてこない。
とほほ……。
「それに今日のお泊りはお凛ちゃんの下宿先を決めるためでしょ、わたしがいたらただのお泊り会になっちゃう」
「別に良いだろ、前園はきっとウチを下宿先には選ばないよ、さくらの家か宮姫の家になると思う」
「そんなのわからないよ。誰も思いつかないようなことをするのがお凛ちゃんだから」
確かに前園は、さくらやリナとは違った意味でぶっ飛んでて行動が読めないところがある。良く言えば発想が柔軟で自由気まま。悪く言えば野良猫のようだ。
「宮姫にもわからないなら誰にもわからないだろ」
「どうだろ? 緒方君ならわかりそうな気がする、お凛ちゃんと似てるところがあるし」
「俺と前園が?」
「うん、ふたりともマイペースでわたしを困らせるところとか」
「前園も俺も宮姫のことが大好きだからな」
宮姫は丸みのあるは琥珀色の瞳をぱちくりさせている。
……しまった。
言い方が直接的過ぎた。
これではほとんど愛の告白だ。
もちろん深い意味はない。
だけど全く違うと言えば嘘になる。
だって俺は保育園で始めて出会った日から今日に至るまで一度も宮姫のことを嫌いになったことがない。
むしろずっと……。
「幼馴染だもんね……ありがとうわたしもかーくんのこと好きだよ」
「いやいや、こちらこそありがとう、頼りない幼馴染で悪いけどこれからもよろしくすーちゃん」
宮姫と俺だけのローカル・ルールで幼馴染ムーブをかませば大抵の失言は無かったことになる。とても便利だけど、この先も使える保証はない。
大人でも子供でもない俺達はいつまでも無邪気なままではいられない。
言動を一つでも誤れば取り返しのつかないことになる。
「でもさ……わたし前言っちゃったんだよね。緒方君もかーくんも好きだって」
「俺も宮姫もすーちゃんも好きだよ、でも協力関係もあるだろ」
「そうだったね、今日も当然ノルマをしなきゃだね」
「あぁ……どこか人気のないところで」
「ねぇ、もしノルマを無視したらどうなると思う?」
「さすがに死ぬようなことはないにしろ、少なからず被害を被るだろうな」
「付き合ってないふたりがキスをさせられること以上に酷いことなんてある?」
「多分ないだろうな……でもすーちゃんが相手なら悪いことばかりじゃない」
「そうかな……」
前園のことが気になっているのか、今日の宮姫はいつもほど物分かりが良くない気がする。
幼馴染であること、前園凛のこと、非公式生徒会に課せられたノルマや堕天使遊戯における協力関係。
俺と宮姫の関係は、複雑に入り組んでいる。
これらのどれかに囚われると互いに身動きがとれなくなるため、感情的にならず淡々とこなしていかなければならない。
「あの公園でいいか?」
「うん……」
宮姫の自宅からそう遠くない公園で今日分のノルマをこなす。
昨日もカラオケでキスをした。
夏休み期間中も宮姫との時間は一学期とほとんど変わっていない気がする。
「ねぇ今晩お凛ちゃんに変なことしないでね、もちろんリナちゃんにも」
「ないない、前園にはリナの部屋で寝てもらうし、リナの部屋は内側から鍵がかかるから」
……まぁ鍵が掛かっているところを見たことがないけど。
「わたしもリナちゃんも楓ちゃんもさくらちゃんも、緒方君と一度は離れても過去があったから元に戻れた。でもわたしたちは皆、過去に縛られている。これ以上は進めないかもしれない。でも過去のないお凛ちゃんだけは違う、緒方君と明日に走って行ける」
「何を言ってる?」
「堕天使遊戯の特異点は放課後の天使だよ、もしお凛ちゃんがパリに行ったら堕天使遊戯そのものが成立しなくなる。でもお凛ちゃんは恐らく向こうには行けない、だからお願い、わたしはいいからお凛ちゃんだけでも助けて」
宮姫はそう言い残しと自宅に消えていった。
後からRIMEをしても応じることなかった。
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