第195羽♡ 拗らせ兄とつれない妹
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
「じゃあ」
「ちょっと待てリナ」
「なに緒方君?」
「あのさ……何か不満でもあるのか?」
「特にないよ、じゃあ」
「待て待て、まだ話は終わってないから」
「でも、もう出かけないとだし」
「誰と?」
「クラスの友達だけど」
「そか……じゃあ気を付けて」
「うん、凛ちゃんが来る前に帰ってくるから」
「あぁ」
そう言い残すとリナはリビングから出ていく。
俺は見送る事しかできない。
――7月24日水曜日午前7時34分。
リナは今日もおかしいままだ。
俺のことを兄ちゃんではなく学園にいる時のように緒方君と呼ぶし、以前のような無邪気さ快活さはカケラもない。
もう二日も俺はかわいい妹をモフってない。
ご飯をほっぺにパンパンにして、もきゅもきゅ食べないしおかわりもしない。まるで普通の女子高生のように静かに食べる。
良いことだと思う、だけど寂しい。
この焦燥感のようなものは何だろう。
この世の兄の全ては妹を輝かせるただの添え物に過ぎない。
高山莉菜あっての緒方霞。
リナのいない俺は路傍の石以下、何の価値もない。
妹のいないこの世界は魔王に蹂躙された希望のない世界と同じ。
もう限界。
無理無理無理――!
ぎゃぁああああああああああああああーーーー!
これ以上、妹成分を摂取できないと俺は発狂するーー!!
好き好き大好きリナちゃん!
お願いだからお兄ちゃんの相手してーー!
10分だけで良いからモフらせて!
ひょっとしてこれが俗に言う兄離れというヤツか!?
全国のお兄ちゃん達はこんなに非情で過酷な試練を乗り越えるのか?
だとしたら俺には絶対無理だ。
いつまでも妹を無限に甘やかしたい。
もちろん俺が願ってもいつか終わりの日が来るだろう。
彼氏が出来て、行く行くは誰かのお嫁さんになって……。
わかっている。
わかっているけど気持ちが割り切れない。
誰にも渡したくない。
リナは俺の妹だ。
でもいつか俺の手から離れてしまうのは当然のこと。
これは当然のことなんだ……。
わかっているけどわかりたくないから何のやる気もでない。
今日一日引き籠ってリナのアルバムでも見てようか。
まだ整理していない写真も沢山ある。
小さな頃のリナも、中学生のリナも、最近のリナも俺の大切な義妹もどきは宇宙一かわいい。それに写真の中のリナは俺だけに眩しい笑顔を向けてくれる。
俺だけのかわいい義妹もどき。
いつまでも俺のもの。ぐふふふふっ。
やめよう……あまりにも惨めだ。
アルバムを見たら、涙が溢れてさらに落ち込みそうだし。
それに今日は前園が泊まりに来る。
さっさと掃除や洗濯を終わらせて、いつ来ても大丈夫なように準備をしておかないといけない。
「緒方君、何か買って来るものある?」
「じゃあ、いつもの減塩味噌と白ネギ一束お願い」
リビングで頭を抱えていたら、出かける前のリナが声を掛けてきた。
メンタルは下がったままだったが、悟られるわけにもいかないので、できるだけ普通に接する。
「わかった、行ってきます」
「いってらっしゃい」
……あぁ愛しの妹様が行ってしまわれた。
インターハイ予選が終わったし、友達と遊びに行くのは良いことだ。
相手が男じゃなければ……。
もちろん違うよね?
絶対に違うよね?
そう信じたい……信じたいけど心がざわつき信じきれない俺がいる。
今からでもリナを尾行するか?
待ち合わせしている相手が女の子だとわかれば、そのまま帰ればいいし。
――いや、さすがにそれをやってはいけない。
やめよう。
気持ちを切り替えよう。
堕天使遊戯の期限まであと一週間しかないし。
ところでリナはどこまで知っているのだろう?
そもそも天使同盟一翼なのになぜ何もして来ない?
7月31日に何が起きる?
どうしたら8月1日を迎えることができる?
いや……狙いは7月31日の大破綻、バッドエンドか。
そう仮定するとこれまでの非公式生徒会の動きは整合性が取れる。
だけど結論付けるにはまだ判断材料が足りない。
昨日、甘いカレー同好会の部室で手に入れた非公式生徒会関連のデータはまだ解析中だ。
一部データが破損していたため、少し時間が掛かっているが今晩までには復旧できるだろう。
今日もバイトがあったな。
夏休みに入ってからほぼ週六ペースだから、ずっと働いている気がする。
出かける前に、蓮司先輩に昨日わかったことを共有しておこう。
あと前園が今日泊りに来ることも……。
俺がリナを心配するように、蓮司先輩にとって前園は妹のような存在であり、実際は恐らくそれ以上でもあり……。
ちゃんと説明しておかないと絶対まずいことになる。
……最近人の顔色ばかり伺っている気がする。
後ろ暗いところがあるから、どうにも気が乗らない。
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