第192羽♡ 眠れるお姫様と王子様じゃない男の娘
加恋さんと葵ちゃんが買ってきた洋酒入りチョコレートを食べた楓、前園、宮姫の三人はぶっ壊れてしまった。
楓は絡み酒、前園はポンコツイケメン化、そして宮姫は10年前のすーちゃんに戻ってしまった。
しかもすーちゃんにはトイレに連れて行けとねだられている。
「ほらかーくん、早くすーちゃんを連れてってあげなよ」
「さすがにそれはダメです。加恋さんお願いできますか?」
この場にいるメンバーはわたしを覗けば全員女子だ。わたしがすーちゃんをトイレに連れて行く必要はないはず。
ただ楓は熟睡中、前園はポンコツ化していて使いものにならない。
でも加恋さんか葵ちゃんが残っている。二人のうちのどちらかが、すーちゃんを連れて行けばいい。
「ねぇすーちゃん、お姉さんと一緒におトイレに行く? それともかーくんがいい?」
加恋さんは優しい口調で、すーちゃんに問いかける。
「かーくんがいい」
間髪入れず、すーちゃんは加恋さんではなくなぜかわたしを指名する。
「お姫様のご指名です。かーくん行ってあげな」
どうして?
すーちゃんの中で、わたしの扱いはどうなっているの?
目の前にいるすーちゃんが仮に5歳だとしても、かーくんを男の子と認識していたはず、トイレの付き添いを頼む意図がわからない。
「先輩、これ以上待たせたらすーちゃんがかわいそうです。女の子同士だし何の問題も無いでしょ」
踏ん切りの付かないわたしを葵ちゃんが急かす。
あーーもう!
葵ちゃんに本当のことを言ってしまいたい!
わたしは男だからすーちゃんと一緒にトイレに行けないと。
でもそれを言ったら最後、今までの努力が全て無駄になるだけでなく最悪の場合、葵ちゃんはバイトを辞めてしまうかもしれない。
「かーくんはやく」
「……わかったよすーちゃん」
結局、葵ちゃんに真実を告げることなく、渋々すーちゃんの申し出に応じることにした。
すーちゃんをトイレまで連れて行くだけのこと。
大した事ではない……そう思っていた。
☆ ★ ☆ ★
カラオケ来て味噌世田谷店に男女別トイレだけでなく、共用トイレがあったのは幸運だった。わたしが婦警さんコスプレ衣装に着替えた時もここを使わせてもらった。
「おトイレ一人でできるよね? わたしは外で待っているね」
わたしは足早に共用トイレから立ち去ろうとする。
ところが――
「まって、てつだって」
便座に腰を掛けたすーちゃんが助けを求めてくる。
「えっ!? どうすればいいの?」
「ぱんつおろして」
「えっーー!? で、でも」
「はやくしないとでちゃう」
――さすがにそれはまずい!
心は幼いすーちゃんかもしれないが、身体は現役女子高生だ。同級生男子のやっていいことを遥かに超えている。
超えてはいるけど……ここまで来たらやるしかない。
「わかった」
すーちゃんには一切目を向けず、青のスカートの中に両手を突っ込み下着を一気に引き下ろす。
その時一瞬だが何かが見えた気がした。
「これでいいよね? じゃあわたしはお外で待ってるね」
「まって、すかーとをおさえてて」
それはつまりわたしがいるまま、用を足すってこと?
それは絶対にダメ――!
「かーくん、はやく」
「あーもう、わかったよ」
天使でも悪魔でも良いです。
誰かわたしに今この瞬間だけ、視覚と聴覚を遮る魔法をかけてください!
三分だけでいいです!
どうかお願いします!
対価が必要なら何でも差し上げます!
どうかどうか……
しかし魔法や呪術の存在しない現代日本で、そんな願いなど届くはずもない。
「H (水素)、He (ヘリウム)、Li (リチウム)、Be (ベリリウム)、B (ホウ素)、C (炭素)、N (窒素)、O (酸素)、F (フッ素)、Ne (ネオン)、Na (ナトリウム)、Mg (マグネシウム)、Al (アルミニウム)……」
すーちゃんのスカートをたくし上げた後、わたしは目を瞑ったまま元素記号1の水素から全力で暗唱を始めた。
個室に響く化学記号とは別に、何か水音のようなものが聞こえた気がした。しかしわたしの耳は音としてそれを認識することを拒否した。
「かーくんうるさい。おわった」
一仕事を終えたすーちゃんは、わたしの化学記号暗唱に待ったをかける。
「あとは自分でできる?」
「うん、ありがとうかーくん」
衣類を整え、手を洗い共用トイレから出ようとするすーちゃんの手を掴む。
「すーちゃんちょっとだけごめんね」
ここで今日分の宮姫とのノルマをこなす。
「ん……」
すーちゃんは慣れた様子で目を閉じ、身体を預けてくる。
唇を重ねる瞬間はすーちゃんではなく、いつも通りの宮姫すずだった。
……女の子の姿のまま、トイレで宮姫とキスをする。
唇はいつもと変わらず甘い。
そして互いを焦がす熱量を備えている。
先ほどとは別の意味で心臓が跳ねる。
この感じは嫌いじゃない。
むしろ癖になりそうだ。
行為に浸る時間がないのがせめてもの救い。
わたしたちは皆が待つカラオケルームに早く戻らなければならない。
ノルマを終えた後、すーちゃんは途端に足取りが重くなり、そのまま眠ってしまった。
眠れるお姫様すーちゃんを抱え、カラオケルームに戻った。
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