幕間1♡ 疑惑の魔装メイド楓ちゃん
それは赤城家から帰宅した数日後のこと……
寝落ち寸前の妹は眠気のせいで何かが壊れていたのか、おかしな戯言を呟いた。
「我が親愛なる兄様よ、敵魔装メイドは夕暮れの大田急線高架下に消えた。
これは義兄義妹の勝利であり、その崇高な志はダイヤモンドの輝きすら凌ぐのである!」
「ねぇ何言ってるの妹よ?」
「敵魔装メイドが如何にFカップ (確定)の爆乳であろうと所詮は脂肪であり、大切なのは大きさよりも形と先っちょの色である。つまりこれから育つちっぱいは無限の可能性を秘めているのだ!」
「あの……兄ちゃんコメントに困るんだけど、あといつの間にかにFカップ (推定)が(確定)に変わってるんだけど」
「敢えて言おう、楓ちゃんはドMであると!」
どこかの独裁国家総帥のごとく、勇ましくもろくでもない事を宣言する。
「前後の文が繋がってなくない!? 二日もお世話になった恩人にドMとか言うな!」
「だってさぁ……首輪を付けた楓ちゃんが命令する度に、何とも言えない嬉しそうな顔するんだよ~ 美少女の蕩けた顔をずっと見てたら……わたしも新たな感情に目覚めて新世界に旅立っちゃうわけよ~!」
「変なもんに目覚めるな! あとこの世界……いや世田谷にいてくれ!」
「それはいつまでも俺のそばにいろと同義と受け取っていいかな? 緒方君」
「そばにいても良いけど、明日学校だから早く寝なさいってことだ! 高山さん」
「は~い。スヤスヤ」
「自分の部屋に帰れ!」
「むにゃむにゃ……すぴー」
最新型PCのシャットダウンより早くリナは急停止し、夢の中に旅立った。
以上回想終わり……翌日午前7時過ぎ、楓との登校に戻る。
◇ ◆ ◇ ◆
俺の親友望月楓は、今日も家から徒歩五分にある小さな公園出口の公衆電話ボックス横で待っていた。
いつものように挨拶を交わし、いつものように手を繋ぐ。
何も変わらない穏やかな朝……。
……のはずなんだけど
『敢えて言おう、楓ちゃんはドMであると!』
昨晩、寝落ちする寸前の妹はとんでもない爆弾を残していった。
すげ~気になる。
ぶっちゃけ、この一言のせいで寝不足だったりする。
「なぁ楓……」
「どうしたのカスミ?」
「この前の土日にうちに来てくれてありがとう」
「ううん……大したことしてないし」
「何かお礼をしたいんだけど……」
「気にしなくて良いよ。わたしがやりたくってやっただけだし」
『わたしがやりたくってやっただけだし』
『わたしがやりたくってやっただけだし』
『わたしがやりたくってやっただけだし』
特別な意味はないはずのその言葉は、どういう訳か特別に聞こえてしまい頭の中でリフレインする。
英国式メイド服を身に纏い、右手に手錠と南京錠付きの首輪、左目には眼帯を付けることが特別なことではないだとぉ!?
レベルが高すぎるよ楓さん!
俺の理解が追い付かないのよ!
「なぁ楓ちょっと聞いていい?」
「うん。何?」
「うちにメイド服で来たって本当?」
「姉さんが人の家で家事をするならメイド服が一番だよって」
「手錠とか首輪とか眼帯とか付けてたのは?」
「メイドのプチプラコーデは手錠や首輪が基本だって」
メイドのプチプラコーデ?
よくわからないけど、絶対違うだろ!
手錠や首輪は厨二ワールドのプチプラコーデだろうが――!!
仕組んだのは楓の姉、望月加恋またしても貴様かぁ――!
『カスミン、お礼ならいらないでござるよ。てへぺろっ』
頭の中に無反省酔っ払いギャル大学生の姿が浮かぶ。
バイト先で徹底抗議しないといけない。
「はぁ……楓よく聞いてくれ」
「どうしたのカスミ?」
きょとんとした瞳で俺を見ている。
「街中でメイドさんって見ないだろ? ドレスなんかと同じで室内だけにしておいた方が良いぞ」
「確かにそうだね。うちからカスミの家まで近いからいいかなぁって思っちゃった」
「あとメイドさんのプチプラコーデをするのは特別な時だけなんだ!」
もちろん嘘だけど、楓が怪しいコーデを止めてくれるならこの際何でも良い。
「そうなの? でも特別な時って例えばどんな時?」
「お誕生日会とかクリスマスパーティーとかかな」
「そうなんだ。次から気を付ける。ありがとうカスミ」
ふんわりとした汚れのない笑顔浮かべる楓さん。
そうだよな……。
楓が変なことをするはずがない。
誰よりも一生懸命で真面目だし。
「あと仕込みナイフは危ないからもうやめておけ」
「……それはダメだよ。外敵が来た時に贖えないし、煩わしい泥棒猫の始末もできないから」
「ん?」
一瞬だけ目がギラリと光った気がする。
あと何か変なことを言ってたような……。
「カスミ、わたしからも聞いていい?」
「あ、あぁ」
「赤城さんとはカレシのふりだけで何もなかったよね?」
「も、もちろん! でもしっかりふりはやってきたぞ」
「そう……ならいいけど」
ふと、楓のプリーツスカートが視界に入る。
あの内側には今日も仕込みナイフがある……ことはないよね!
「ところでさ……次はリナちゃんじゃなくて、カスミがご主人様になってくれるんだよね? どんな命令をしてくれるのか楽しみにしてるね」
うーん。
楓の瞳にはやはり一切の曇りがない。
そして純粋で偽りのない想いを抱いている。
だからと言って怖くないかと言えばそんなことはない。
ホラー映画なんかでもいかにも悪人面って言う人より、虫も殺さないような美人が次々と惨殺を繰り返す方が怖いのと同じ。
楓さんマジ怖いかもです……。
先ほどから繋いでいる右手には、ギリギリと凄まじい力が掛かっている。
ひょっとして何かに怒っている!?
ねぇ妹よ、これはドMと言うよりもっと恐ろしい別の何かでは?
あまり考えたくないけど。
「ねぇカスミ……さっきのお礼の件だけど、やっぱり一つだけお願いしていい?」
「あぁもちろん」
「じゃあ、カスミと姉さんがバイトしているところを見に行って良いかな?」
できれば断りたい。
だって俺、女装してバイトしてるし。
でもリナもさくらも宮姫も既に俺のバイト姿を見ている。
楓だけを断れない。
「……いいよ」
「やったーありがとう!」
親友兼魔装メイドは嬉しそうに笑う。
――仕方ない。
楓が来たら、全力で接客しよう。
もちろん緒方霞ではなく女形カスミンとして……
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