第110羽♡ はじめての夫婦ライフ(#1 裸の付き合い)
「行くわよ」
「おぅ」
『ゆ♨』と書かれた暖簾を俺とさくらはふたりでくぐる。
あぁ何でこんなことになったのだろう……。
バイトが終わった後、黒ずくめの男たちに拉致され、ようやく解放されたもののそのまま明後日まで赤城家に泊ることになった俺は、コスプレ衣装から部屋着に着替えたさくらと母屋で晩御飯を頂き、その後お風呂に頂くことになった。
さくらと一緒にお風呂……。
こんなことになった理由はもちろんある。さくらママことツカサさんの罠に落ちたからだ。食事を食べ終わった俺たちに、開口一番彼女が告げたことは『今日こそ一緒にお風呂に入りなさい』というものだった。
以前もツカサさんとは似たようなやり取りがあったものの、身の危険を感じたのか暴走したさくらのビンタと言う名の掌底を顎に貰い俺はあえなく気絶。そのおかげでおバカな雰囲気は霧散し、結果としてお風呂に入らずに済んだことがある。
今回も無茶苦茶な申し出に応じる必要はない。
決してうんと言わず何としても断ればいい。
さくらと俺はお風呂入りを拒否し続けた。だが娘の弱みを知り尽くすツカサさんの方が一枚上手だったのかもしれない。
「いいのさくらちゃん? このままだと五番目のままよ」
その一言でさくらは体をピクっとさせた後、動きを止まる。
続けざまにツカサさんは波状攻撃をかけてくる。
「子供の頃に婚約したこと以外で、さくらちゃんの手札に強いものはなし」
とか
「親友の子のようなナイスバディでもなければ、義妹っ子の様な愛らしさもなく、幼馴染の子みたいに甘えることもできず、金髪碧眼ハーフ美少女のような爆発力もない」
などど明らかに特定の誰かを例に挙げたツカサさんのボディーブローがさくらのライフポイントを確実に削っていく。
どこからか情報がリークされてるよねコレ。
何でそんなに娘さんの恋愛事情に詳しいですか?
強烈なダメだしをされたさくらは、もはや虫の息。口をパクパクさせてる。
……大丈夫かな?
「カスミ君ならちゃんと本当のあたしのことわかってくれる……とか思ってるかもしれないけど、そうやって胡坐をかいてこれまでアピってこなかったから、他四人に抜かれて、光の当たらない地底で這いつくばる五番目なのよ」
「……そ、そんなことないですわお母様!」
「そんなことあるわよ! 違うとしても他の子と違いを出す必要はあるでしょ。確実にポイントを稼げるドキドキお風呂イベントは避けては通れないわ!」
「無理です」
「覚悟を決めなさい! ねぇカスミンも全然ご褒美くれない女の子より、ご褒美くれる女の子の方がいいよね~」
「いや~そんなことは……」
俺がこの時はっきり否定していれば、さくらと一緒にお風呂に入る試練に臨まなくて済んだかもかもしれない。しかしなぜか歯切れが悪くなってしまった。
すまないさくら……。
「ほら見なさい。カスミンはドケチなさくらちゃんにお冠よ。これは一緒にお風呂に入り心を込めてご奉仕し挽回するしかないわ! さぁさぁさぁ!」
赤城さくらが学園内で口喧嘩で負けるところを見たことがない。
ただし実母が相手だと分が悪いようだ。
まぁ俺もツカサさん相手に勝てる気がしないけど。
「とりあえず一緒に入れば良いんだろ。幸いお風呂は広いし、着替える時も、身体を洗う時も、湯船につかる時もしっかり距離をとる。必要以上に互いを見ない。あとバスタオルでしっかり巻き付けて身体を隠すことを徹底すれば」
「それじゃダメよ!」
「何でだよ~!?」
「だって……凜さんと中尾山の温泉に入った時、そんな感じじゃなかったでしょ!」
「それは……」
「せめて凛さんと同じ位じゃないとダメよ!」
前園の時と同じは非常にまずい。
あれは、もう一度やれと言われても絶対できないレベルの大失態だからだ。
互いの身体が丸見えなのは当たり前。それどころか、ゼロ距離で互いの身体を抱きしめ数回にわたりキスまでしてしまった。
最期の理性だけは辛うじて残っていたのでそれ以上にはならなかったものの、どう考えてもアウト事案だ……。
「できないことを無理してやる必要はないだろ、なっ」
何とかさくらを制止しようする。
今なら互いの黒歴史を増やさなさないで済むかもしれない。
「カスミ君はそんなにわたしの身体を見たくないの?」
「そうじゃない……」
赤城さくらはスタイルの良いとても綺麗な女の子だ。
全く見たくないと言えば嘘になる。
でもそれ以上にさくらを大切にしたい。
「わたしが良いって言ってんだからいいじゃない……それにもう引けないのよよ!」
……さくらたんの闘志にメラメラと火がついてる。
もう説得は無理かもしれない。
「わかった。後で泣くなよ」
「泣かないわ! 改めて行くわよカスミ君」
俺たちはいざ決戦の地に赴く。
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