男性ってデリカシーないわよね?
カニンガム公爵家の屋敷が丘上に見えてきた。
ここがカニンガム公爵家の敷地と示す看板を通りすぎ、緩やかな丘を登っていく。
小麦畑のサワサワという音と微風が窓から侵入し、耳と頬を同時にくすぐる。
馬車は、昔使っていた建物の前で停まった。
昔使っていたといっても、老朽化して使えなくなったというわけではない。そこでは、いたるところにいまでは使われていない貴重な資材がふんだんに使われている。それらは、いま使われている資材よりよほど頑丈である。しかも、調度品や装飾品なども古き良き時代のアンティーク物が多い。だから全室手直しをし、現在はお客様や旅人用の客館として使用している。
「アミ、お帰りなさい」
その建物の前で待っていてくれているのは、今回留守番を任せていたカニンガム公爵家の管理人のクリスである。
「ただいま、クリス。お留守番、ご苦労様でした」
「なんのなんの。ですが、次は同道させてください。ってアミ様、もしかして太った……」
「オホンッ!」
クリスが言いかけたところに、ユリシーズの不自然なまでの咳払いがかぶった。
「あー、クリスさん。ダメですよ」
「そうですよ、クリスさん。ほんと、男性ってデリカシーがないわよね」
クレアとシンシアは、ここぞとばかりに言い始めた。
彼女たちだけでなく、カニンガム公爵家の若い使用人たちはクリスにガミガミ言われることが多い。だけど、それは正当な注意やアドバイスばかり。だから、みんなおとなしくきいている。彼女たちは、クリスのことを「ガミガミのクリスじいさん」と呼び、彼のことを茶化しているのか敬っているのか、とにかくみんながこの老管理人を慕っている。
「なんだと、クレア、シンシア。そういうきみらも、太った……」
「やめてください、クリス。それは、あなたの目が悪いのです」
「なんですと、アミ様? このクリス、体力や気力だけではありません。視力だって、まだまだ若い者たちに負けてはおりませんぞ」
「それでしたら、錯覚ですわ。ねぇ、クレア、シンシア?」
「そうですよ。まったくもってアミ様の言う通り」
「ほんとほんと。目の錯覚です」
クレアとシンシアは、即座に同調してくれた。
「クリス、あなたの負けです」
「わかっておるわ、ユリシーズ」
爪先で土を蹴って拗ねているクリスが可愛すぎる。
「それで、いるのかしら?」
さっそく本題に入ることにした。
「もちろん、いますとも」
クリスは、おおきく頷いた。
「わがもの顔で居座っています。みなには彼の言うことをきくよう言いつけていますから、ブチブチ言いながら従っています」
「みんなには悪いことをしたわね」
クリスに手紙でお願いしたのである。
わたしが戻るまで、バートの言うことをきくように、と。
現在のカニンガム公爵家で働いてくれている人たちのほとんどが、亡き義父母がまだ若い時分の頃から働いてくれている。その中には、クリスとユリシーズも含まれる。が、クレアとシンシアといった若い世代は、バートの存在を知るくらいでわたし同様その姿を見たことがない。もっとも、昔からいる人たちでも幼い頃に王都に出て行ったきり一度も戻ってこなかったバートの成長した姿を見たことがないらしいれど。
いずれにせよ、ここにいる人たちは、一様にバートに対していい感情は持ってはいない。
なぜなら、病で床に伏している両親の様子を見に戻ってきたことはなく、様子をうかがう手紙すらよこさず、それどころか死に水をとっていないし、さらには葬儀にさえこなかった。
それだけではない。彼は王都でただ贅沢三昧をしていただけで、カニンガム公爵家子息としての義務をまったく果たしていない。
訂正。彼がやったことは、贅を尽くしただけではない。レディと遊びまくっていたわ。
いずれにせよ、その挙句がこれである。