いや、愚かすぎでしょう?
「へー、田舎娘か。田舎臭いが、パッと見た感じはなかなかのものじゃないか」
初めて会ったバートの第一声がそれだった。
いまのは、皮肉? あるいは、嫌味?
「それはどうも」
どうでもいいけれど、とりあえずそう応じた。
これからどうするかを考えつつ。
「なによ。ただの田舎娘じゃない」
バートの愛する人は、あっさり評してくれた。
「おれは、ここの領主だ。知っているだろう? 親父が死んだから、王都から戻ってきた。なんなら、屋敷においてやってもいいぞ」
はい?
いろいろツッコみたい。
まず、礼儀もなにもなっていない。領主を名乗っていることもそうだし、彼の父親、つまり義父が亡くなったのは、おおよそ二年ほど前。義母は、そのしばらく後に亡くなっている。どちらも最期までバートに関して後悔していた。そして、わたしのことを愛してくれていた。
それはともかく、戻ってくるのが遅すぎる。というか、いつ両親が亡くなったのかすらわかっていない。
それと、「屋敷においてやってもいい」ですって?
どうして? わたしが屋敷においてもらわないといけなくなるの?
「やめなさいよ、バート。そんな田舎娘、なんの役にも立たないわ。メイドなら、王都からちゃんと教育されたのを雇いよせてよ」
「いいじゃないか。田舎娘でも、おまえの身の回りの世話くらいは出来るだろう?」
「田舎臭くなるのよ。ていうか、いったいいつになったらあなたの屋敷に着くわけ? 王都の屋敷よりずっと立派で使用人もたくさんいるんでしょう?」
「ああ。カニンガム公爵家は、このリミントン王国で最高の家柄だからな。なにもかもが桁違いにすごいぞ」
「それにしても、わたしたちってどうして王都の屋敷にいられなくなったのかしらね」
「知るものか。いきなり見知らぬ連中が大勢でやって来て、『出て行け』だなどと言いやがった。連中、おれがだれだかわかっていないようだった」
「まったくもう。わたしは、出来れば王都にいたかったわ」
「おれもさ。だが、田舎暮らしもいいかもしれん。田舎には田舎の贅沢の仕方がある。ここは、隣国にもすぐに行けるし、商人だってやって来るだろう。隣国のドレスや装飾品を買い漁ることが出来るぞ」
「それは楽しみだわ」
二人は、おおいに盛り上がっている。
というか、これだけ楽天的な考えが出来るなんてうらやましすぎるわ。
「開いた口が塞がらない」、とはこのことね。
「で、おまえは? 田舎娘が何の用だ」
バートは、やっとわたしの存在を思い出したみたい。
正直なところ、思い出してもらいたくなかったけれど。
並び立つジョニーとローラとユリシーズも、わたし同様彼らの楽観的すぎる会話に呆然としている。
「いえ、なにも。厨房に用事があっただけです」
「ははん。農作物でも届けに来た農家の娘だな。ならば、さっさと土まみれの野菜を置いて出て行け」
「やだ。野菜って土がついていたりするの?」
「土から飛び出していたり、生えているんだよ」
「うわっ! そんなもの、口にしているわけ? ゾッとするわ」
バカ、なの?
物を知らなさすぎる。というよりか、バカすぎる。
こんな男に嫁いできただなんて、他人に言えないわ。
「はい、領主様。そうさせていただきます。領主様は、しばらくこちらに滞在されるのですか?」
「するものか。ここまで来たからには、さっさと屋敷に行く。おいっ、そこのおまえ。すぐに馬車を用意しろ」
正体を明かすつもりはない。というか、これ以上この髭面を見、酒やけした声をききたくない。
「領主様、承知しました。すぐに準備します」
ジョニーは、わたしの意図を察してくれたらしい。すぐに使用人に準備をするよう命じた。
そうして、バートと彼の愛人は去って行った。
自分たちがどうなるのかわからないまま。
いいえ、違うわ。
自分たちがどうなっているのかわからないまま、でね。




