元夫に会う
みんなの大歓迎を受けてから、ジョニーに案内してもらった。
バートと彼の愛するレディに会うのだ。
彼らは、ロングハースト家の立派な厨房にあるテーブルで食事をしていた。
食堂ではなく、である。
ジョニーとローラは事情を知っている。けれど、怪しげな男が「ここの領主」などと自称したところで、ふつうなら信じられるわけがない。
表向きは、疑わねばならない。実際、「領主」だの「貴族」だの騙ってなにも知らない善良な人たちから金品をだまし取る悪人はいくらでもいる。
厨房にはいると、奥のテーブルで食べ物を貪り食べている男女が見えた。
二人とも、控えめに表現してもボロボロすぎる。
もとはいい生地で仕立てたオーダーメイドのスーツやドレスを着用していたのでしょう。だけど、いまはそれらも破れたりちぎれていたりしていてオーダーメイドだった面影がない。それをいうなら、それをまとう体もボロボロ状態。
男性の顔は無精髭に覆われ、王都で流行しているらしい金色の巻き毛は脂や汚れなどでテカテカ光っている。その上、金色が黒ずんで見える。これまで実家の財で飽食と贅を尽くした生活を送っていた為、ムダに太っている。贅肉に覆われたその体が動く度、彼の髭面から「フーフー」と息が漏れているのがきこえる。
レディもまた同様である。せっかくの金色のロングヘアは、ほつれたりもつれたりしている。しかも、なにかわからない汚れなども付着している。王都のレディたちの例にもれず、胸とお尻がムダにおおきい。それ以外のところは、へこんだりくぼんだりしている。彼女たちは、出された食事を平気で残したり捨てたりする。そうやって痩せ気味の体型を維持するのだ。体型だけではない。化粧がとれてしまっているその顔は、正直美貌からはほど遠い。王都にいたときには完璧なメイクでバートのみならず、多くの男性の目を楽しませていたに違いない。
はやい話が、二人ともボロボロすぎる。気の毒なほどに。
バートとは、これが初対面。
カニンガム公爵家に嫁いで五年。その五年というときを経て、やっとお目にかかれたのである
彼らは、よほどお腹がすいていたに違いない。脇目もふらず食べている。というか、ずっと食べているわけ?
しばらく待っていたけれど、彼らはなかなか食事以外のことに気がまわらないようである。
ロングハースト家の料理人キャリー・ニューマンが、わたしたちに気がついて挨拶をしに来てくれた。
彼女は、レディながら四か国を修行してまわった経歴を持っている。隣国の公爵家や有名なレストランで腕をふるい、帰国後は故郷であるこの領地内のロングハースト家で勤めている。彼女なら王都にあるレストランや王侯貴族の厨房で充分やっていけるはずなのに、頑なに故郷でシンプルな料理を作り続けている。
「文句ばかりです。『こんな田舎臭い物が食えるか』とか、『なにこれ? 人間が食べる物なの?』とか」
彼女は、白いコック服が良く似合っている。物真似を交えて教えてくれた。
「だから、わざと田舎臭い人間が食べない物ばかりを作って出しました」
彼女は、ペロリと舌を出した。
「キャリー、すみません。今夜の宴の準備もあって忙しいのに、お手間おかけしました」
「アミ様のせいではありません。手間というほどではありませんし。そうそう。今夜の宴には、アミ様の大好物のチキンウイングもたくさんありますから楽しみにしていてくださいね」
「キャリー、あなたのチキンウイングが一番の楽しみなのですが……。いろいろ不安なのです」
わざとらしく溜め息をついた。
「アミ様は、もっと太らなきゃ」
彼女は、すぐに察した。笑うと、八重歯が可愛らしい。
そうして、今夜の準備に戻っていた。
そんな会話を交わしている内に、バートたちはやっと一息ついたみたい。
こちらを向いている。
バートと視線が合うと、彼は立ち上がってこちらにやって来た。
なぜかドキドキし始めた。が、ときめきとか出会いとか、そういう類のドキドキではけっしてない。
向こうがどう出てくるのか。そして、わたしはそれにどう対応するのか。
その未知なる展開に対するドキドキである。