太った疑惑
「クレア。あなた、太ったんじゃない?」
「シンシア、あなたこそ。顔が全体的にパッチパチになっているわ」
「嘘よっ! クレア。あなた、目が悪くなったのよ。婚約者に手紙を書きすぎたり彼からの手紙を読みすぎているからよ」
「あっ、嫉妬しているんだ。だから、いわれなき誹謗中傷を叩きつけてくるのね」
「そ、そんなことないわよ。わたしだって、いい人のひとりやふたり、いるはずよ。どこかにね。いまはまだ出会っていないだけ」
道中、クレアとシンシアはそんなことでしょっちゅうケンカしている。
クレアは金髪に青い瞳で、典型的な美人。歩くだけで男性が振り返るけれど、彼女にはすでに婚約者がいる。
シンシアは赤毛に茶色の瞳で、美しいというよりかは可愛らしい。彼女は理想的な伴侶を得るべく、つねに意識高く活動している。
そんな二人は、性格も正反対。だけど、すごく仲がいい。
二人のケンカが始まっても、出来るだけ関わらないようにしている。というか、息を潜めて気配を消している。
なぜなら、矛先がわたしに向くから。
太った。
確実に太った。
そう確信している。それを二人に指摘されるのは、恐怖以外のなにものでもない。
太ったという事実は心の奥底に封印するとして、こうして各地を訪れるのは最後から二番目の地域にさしかかった。
そこの地域は、カニンガム公爵家とはもっとも関係が深く、地域を統べる現在の長は亡くなった義父と大親友である。だから、カニンガム公爵家の事情もよく知っている。義父が生前の頃から、わたし自身まるでほんとうの娘のように可愛がってもらっているし、おおいに助けてもらっている。
ジョニー・ロングハーストとその妻のローラは、義父母亡きいま一番の理解者であり擁護者であると言っても過言ではない。
だからこそ、会うのが楽しみ。
彼らは、彼らの農場の入り口まで馬で迎えに来てくれていた。いつものごとく、夫妻は熱烈に歓迎してくれる。
ひとしきり旧交をあたため、また馬車に乗り込んで彼らの家に向かう。
彼らは、つなぎの作業服姿。牧畜業を営む彼らは、いつも馬で移動したり出かけたりが多い。
「アミ、太ったかい?」
馬車に馬をよせ、いきなりジョニーが禁句を発した。
「あなた、レディに対してなんてことを言うのです」
ローラもまた馬をよせてきて、鋭く注意をした。
「どうしてだ? いい意味で言っているんだぞ。太るということは、豊かさを象徴している。心身ともにな。ということは、しあわせなわけだ。それにこしたことはない。違うかい、ハニー?」
「たしかにそうよ。だけど、レディにとってはそれだけではすまないの。ねぇ、アミ?」
「ええ、おば様。おじ様、レディはそういう点では微妙だし複雑なのです。どうか触れないで下さい」
自分では最高にやわらかい笑みを浮かべ、ジョニーにお願いをした。
わたしの隣とその対面に座っているクレアとシンシアは、わたしに同意してうんうんと頷いている。
「太ったことを認めた方が、気分的にラクになるのではありませんかな?」
そのとき、わたしの対面に座っている執事のユリシーズがつぶやいた。
「ユリシーズ」
彼にもやわらかい笑みを浮かべてみせる。
「も、申し訳ありません」
すると、彼は即座に謝罪した。
「わ、わかったよ、アミ。すまなかった。男はいかんな。レディのことが理解出来んで」
ほとんど同時にジョニーも謝罪してきた。
わたしがやわらかい笑みを浮かべる度、なぜかみんな謝ったり恐縮したりするのが不思議。
「それよりも、彼が来ている」
不意にジョニーが声を潜めて言った。