祝宴
クレイグ様は、バートと彼の愛する人を許さなかった。
クレイグ様に首根っこをつまみあげられ、容易にぶん投げられおもいっきり床に落ちて気を失ったバートは、すでに拘束されている。
「おれがだれだかわかるか?」
居間ではなく、前庭の地面に跪かされているバートと彼の愛する人の前に立ち、クレイグ様は語気鋭く尋ねた。
彼は背が高く、筋肉質でがっしりしている。顔はごつくいつも険しい表情をしているけれど、じつは笑うとえくぼが出来てめちゃくちゃ可愛くなる。
もちろんいまは、険しい表情を保っているけれど。
バートと彼の愛する人は、クレイグ様のことを知っていて当然である。国王同様その威光を知らない人は、この王国にはいないのだから。それこそ、よちよち歩きの子どもからお年寄りまでだれもがその名を知っている。顔だって知らない人の方が少ないかもしれない。なぜなら、彼は国王に代わってこの王国内のいたるところに視察に訪れているから。王都にだって公私ともによく訪れているので、王都にいる者だったらぜったいに知っているはずなのである。
だから、バートと彼の愛する人はさすがに知っているようだ。
二人は、かすかに頷いた。
「クレイグ・デズモンド。アミ・カニンガムの夫になる男だ」
クレイグ様は「王太子だ」とは言わず、そう名乗った。
照れ臭い反面、夫として一度も顧みてくれなかった、というよりか一度も会ってくれなかったバートに対して、優越感というかざまぁみろというか、とにかく勝ったみたいな満足感を得たわたしは、嫌なレディなのかもしれない、
「みなまで言う必要はないだろう。すでにアミが告げただろうから。アミはやさしいから逃げるチャンスをあたえただろうが、おれはやさしくない。心が狭く、嫉妬深く、意地悪だ。とくに愛するレディを傷つけた野郎を許したり見逃したりなどというつもりは、いっさいない。王都に連行し、彼の地にて然るべき機関に引き渡す。当然、今回アミを傷つけたことも含めてだ」
バートと彼の愛する人は、同時に口を開きかけた。
「だまれ。貴様らに発言する機会など与えぬ」
が、クレイグ様はそれを封じた。
「アミは、おれが一生涯しあわせにする。このカニンガム公爵領のすべての領民たちも同様だ。カニンガム公爵家の代々の当主の功績、それから現在の当主であるアミの尽力と功績は大き過ぎる。とくに彼女の加護の力は、公爵領にとどまらず、わがリミントン王国の安寧と発展に貢献してくれている。それを考えれば、彼女を奉らねばならないほどだ。それを、おれごときの妻になってくれるという」
「殿下、それは……」
クレイグ様は、わたしを過大評価しすぎている。彼の肘に手を添え、そっと止めた。
「とにかく、アミはしあわせになる。そして、貴様らは先をも知れぬ身となる。後悔や反省をするとは思わんが、せいぜい悔しがるといい。近衛兵っ、連行してくれ」
バートと彼の愛する人の周囲に立っている近衛兵たちが、彼らを連れて行ってしまった。
バートは、ずっと俯いていた。
睨まれるかと身構えていたが、そのような気力もなかったようだった。
その後ろ姿を見たのが最後で、彼とは二度と会うことはなかった。
カニンガム公爵家の敷地内で祝宴を行い、大勢の人たちに祝ってもらった。
クレイグ様が隣国に表敬訪問を兼ねて会合を行う予定になっているのに合わせ、二人で公爵領の人たちに発表しようと決めていたのである。
訂正。クレイグ様が気を遣ってくれて、王都、そして王国内のすべての人たちに発表するよりもはやくカニンガム公爵領の領民たちに発表しようと提案してくれた。それに甘えることにしたのである。
集まってくれた人たちの心からの祝福を受け、クレイグ様もわたしもうれしかった。
いつもはレディだからこそ、男性以上にしっかりしないとと気合いと根性ですごしている。だけど、今日だけはただのレディ。クレイグ様に守ってもらうだけのか弱いレディになれた。
ガラにもなく涙を浮かべ、流してしまった。
クリスやユリシーズ、それからクレアやシンシアといったふだんのわたしを知る人は、驚いたに違いない。
それでもよかった。
今日だけは、ただのレディでいたいから。
ほんとうに多くの人たちが集まってくれ、そして祝ってくれた。
わたしの庇護者であり、ある意味保護者であるといっても過言ではないジョニーとローラのロングハースト夫妻、ロングハースト家の名料理人のキャリー、もちろんカニンガム公爵家のみんなを始め、多くの人が支え、協力してくれた祝宴は、三日三晩続いた。
そうして、余韻を残しつつも無事に終わった。




