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お初にお目にかかります

 廊下にまでいびきがきこえている。


 よほど疲れているのか、あるいはもともといびきがひどいのか、とにかくバートと彼の愛する人のふたつのいびきが廊下に響き渡っている。


 居間の扉を開けた。が、そのくらいで気がつくわけはない。


 長椅子に近づいた。ローテーブルをはさみ、バートとその愛する人は、それぞれの長椅子でだらしなく眠っている。


 手のひらでローテーブルを音高く叩いた。


「バンッ!」


 予想よりもはるかに大きな音がしたものだから、自分で驚いてしまった。


「フゴゴゴッ!」


 その音に気がついたのか、バートが息を吸い込むような音を立てた。しばらく待っていると、彼の瞼がピクピク動き、ようやく瞼が開いた。


 彼の愛する人も同様に、伸びをすると瞼を開けた。


 クリスが言った通り、二人とも亡き義父母の衣類を身にまとっている。


「ああああ? な、なんだ?」


 彼はわたしたちに気がつき、ノロノロと上半身を起こした。彼の愛する人も同様である。


「喉が渇いた。葡萄酒を持ってこい」


 命じられたけれど、それに従って葡萄酒を持ってくる義理も義務もわたしにはない。


「おいおい、きこえなかったのか? ご主人様が命じているんだ。さっさと持ってこい」


 それでも反応しない。


「使用人の分際でご主人様の命に従わないというのか? クビだ。さっさと出て行け」


 業を煮やした彼は、顔を上げてわたしを見た。


 ばっちり視線が合った。


「だから田舎者はうんざりなんだ」


 が、彼は反応しなかった。


 どうやら彼は、記憶力も乏しいらしい。


「出て行くのはあなたの方です」


 彼と視線を合わせたまま、にこやかに告げた。


 さあ、これからが本番よ。


 気合いを入れずにはいられない。 


「んんんんん? どこかで会ったか?」


 やはり覚えていないのね。


 二日前に会ったばかりなのに……。


「さあ。会っていたとしても、覚えていないようですね。それはともかく、一刻も早くここから出て行くことをお勧めします」

「なんだって? おいっ、田舎者。いくら田舎者だって言っていいことと悪いことがあるぞ」

「ねぇ、この田舎臭い女……」


 いままで黙っていたバートの愛する人が叫んだ。


 二人して彼女に注目する。


「どこかで見たことがあるような気がするんだけど……。ダメだわ。思い出せない。ああ、イライラもやもやするわ」


 彼女もまた、記憶力は皆無らしい。


 どっちもどっち、似たもの同士ね。


 お似合いのカップルだわ。


 いろいろな意味で感心してしまう。


「まぁ、田舎者なんてどいつも同じだからな。見たとしてもそれはまた違う田舎者だってことだ」

「それもそうよね」


 二人の謎理論。


 いっせいに笑いだした。わたしはただそれをジッと見つめている。


 どんどん冷めていく。


 こんな男に嫁いできただなんてゾッとする。


 もう何度目かに実感してしまった。


「それで、なんだって?」


 ひとしきり笑った後、彼は思いだしたかのように尋ねてきた。


「ここから出て行った方がいいわ」


 だから、はっきりくっきりすっきり言ってやった。


 子どもでも、あるいは高齢者でもわかるようゆっくり丁寧に。


「なんだと、この田舎者がっ! おれがだれかわかって言っているのか、ええっ?」


 バートは、怒り狂っている。無精髭だった顔は、いまは剃ってツルんとしている。全体的にパッツンぱっつんに張っているその顔は、一度も太陽にあたったことがないに違いない。真っ白である。一瞬、書物に出てくる「白豚王子」様が脳裏に浮かんだ。「白豚王子」様は、ワガママで陰険で傲慢でとおよそいいところがひとつもないような嫌なキャラクターで描かれていることが多い。もちろん、逆にいい人の場合もあるけれど。それはともかく、彼の場合はまさしく嫌なキャラクターそのままである。


「あなたがだれかですって?」


 わざとおおげさに驚いてみせた。


「クリス、ユリシーズ。ききましたか? 彼のことを知っているかですって」

「ええ、アミ様。そのようにきこえました」


 ユリシーズは、間髪入れずに答えた。


 彼がわたしの名を呼んだので、それでバートは気がつくと思った。


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