まだ見ぬ元夫からの離縁状
「おまえとは離縁だ」
その日、届いた手紙の冒頭である。
差出人は、一度も会ったことのない人物。十八歳でこのカニンガム公爵家にやって来てからはや五年。その間、彼はずっと王都にあるカニンガム公爵家の屋敷でレディたちと贅沢のかぎりを尽くしていた。
執務室の開け放たれた窓の外に視線を向けた。高台にあるこの屋敷の二階から、周囲を見渡すことが出来る。
向こうに広がる小麦畑は、銀色に輝いている。視線を上空に転じると、目に染みるほどの青空が広がっている。
わたしは、もともと弱小国の王族だった。弱小国であるがゆえに、大国に滅ぼされてしまった。両親や兄姉といった家族はバラバラになり、もはやその安否はわからない。すくなくとも、わたしはこうして生きている。さまざまな国をたらいまわしにされ、たどりついたのがこのリミントン王国のカニンガム公爵家だった。カニンガム公爵家は、リミントン王国四公爵家でも一番歴史のある公爵家。この南方地域を領地とし、その広大さと豊かさは、他の領地の比ではない。
わたしは、そのカニンガム公爵家子息の妻としてここにやって来たはずだった。
が、夫であるバート・カニンガムは、ずっと王都ですごしている。一度も戻ってこない。だから、婚儀も行っていない。
それどころか、義父と義母の葬式にすら戻ってこなかった。
義父と義母は、わたしが嫁いで来たときにはほとんど寝たきり状態だった。
だから、わたしはメイドたちといっしょに出来るだけ手助けをした。同時に、領地の経営もしなければならなかった。領地経営については、カニンガム公爵家の優秀な老管理人に教えてもらいながら無我夢中でやった。
頑固すぎる老管理人の指導とアドバイスのお蔭で、領地の経営自体はうまくいっている。
それだけではない。管理の傍ら領民たちと交流を重ねたり、彼らの不平不満や要望をきいたりと領地内のいたるところに出向かねばならない。
日中は、領地の経営と管理。朝と夜は介護。それ以外にも領地経営や農業や酪農、鉱山物や特産品、その他もろもろの勉強をし、領地内の実業家を招いて商売に関するノウハウを学ぶ。
時間などあってないようなもの。
五年というときは、ほんとうにあっという間だった。それこそ、一瞬だった。
だけど、充実していた。それまでのたらいまわしの生活が無為すぎ、長すぎた。だからこそ、よけいに充実感を味わえているのかもしれない。
とにかく、夫が王都でレディを侍らせ贅沢三昧をしていることなど気にならないくらい、ここでの生活が気に入っている。
窓外から手元の手紙へ視線を戻した。
読む気にはならないけれど、目を通しておいた方がいいかもしれない。
机上にもう一通手紙を置いている。
王家の紋章が入っており、手元の手紙よりずっと分厚い。二年前から定期的に送られてくるそれは、最初こそ畏れ多く、その為読むのも緊張していた。だけど、いまでは読むのが楽しみになっている。そして、その手紙の主は、忙しいかたわらわざわざ会いに来てくれる。
彼は、義父母に対してもあらんかぎりの誠意と愛情を示してくれた。けっして義理ではなく、当たり前のこととしてあらゆるかぎりのことをしてくれた。
楽しみな手紙はあとにし、嫌な方から読もう。
その前にカモミールティーを一口飲んだ。
気分を落ち着けないと、読んでなどいられないとばかりに。