我が家で
⑥
朝、起きたら、妻の麻美と高校生の娘の明子が、二人でキッチンで話していた。
「明子が今日はお父さんにクッキーを作ってくれるそうよ」
麻美は、にこやかだった。
今日は自分の誕生日だったことに達也はすっかり忘れていた。
「あ、そうだった、今日で四十一か」
「お父さんも立派なおじさんだね」
娘が笑いながらボールに卵を割り入れた。
娘は、反抗期らしいことは今までなく、穏やかな性格に育っている。
「楽しみだな、明子が作ってくれるのは」
達也は本当に嬉しい気持ちになった。このような娘に育ててくれたのは、妻のおかげだろう。
「出来たら、教えるから見てないでね」
「分かった、出来たらメールしてくれ、駅前の喫茶店に行ってくるよ」
達也は、喫茶店に向かった。今日は晴れていて、清々しい。
駅前の喫茶店は達也はよく通っている。外を歩く人がよく見える席がお気に入りだ。歩く人を見て、その人の生活などを想像するのが楽しい。
喫茶店では、いつもの席が空いていた。
アメリカンコーヒーを飲みながら、歩いている人を見ていた。
今日は天気が良く、たくさんの人がいた。
ひと通り見ていると、若いカップルがいた。
女性が泣きそうな顔をしていて、男性は悲しい顔をしている。これは、別れ話をしているのだろう。
悲しい顔をしていた男性が、徐々に怒りの顔になってきた。女性が他に好きな人が出来たことを男性に伝えたのか。
男性は責めるような仕草を女性に向けている。
女性はしくしくと泣き始めた。
男性はそれを見て、さらに責め立て、去って行った。
女性は男性が見えなくなったら、ハンカチで丁寧に涙を拭き、笑みを浮かべながら、踵を返した。
丁寧に拭いたのは、これから新しい男に会うためメークが落ちないように気をつけたのだろう。
達也は、この状況を面白く見ていたが、すぐに気づいた。女性の演技力と怖さに。