強靭な心
「ヴェ、ヴェルダード! いくらなんでもやりすぎよ!」
リレイがそう叫び青ざめる。
「リレイ、よく見ろ。この村人達も先ほどの魔物と同じだ」
ヴェルダードが尻尾を上げると、叩きのめされた村人は光の粒子となって消えうせた。
「な、なんじゃー! こやつら人間じゃないぞい!」
怒る村人の幻想を諫めた村人が驚いて腰をぬかす。こんな状況になっても、村人の姿をした幻想達は「その娘に責任を取らせろ!」「その人形が悪い!」などと怒り続けていた。明らかに怒る村人の姿を繰り返していた。そう、これはアンスがクリスタルを取り上げられそうになった時に、周囲の村人の姿に抱いた恐怖が生み出した実体ある幻想。
「まだこの場には魔物と同じ者達がおる!」
ヴェルダードはそう叫ぶと、ある者を鍵爪でなぎ払い、ある者を踏みつけた。次々と村人の姿をした幻想は消えていく。
やがて辺りは静かになった。
「さぁ、これで全て片付けたぞ、リレイよ」
「ありがとう。ヴェルダード」
リレイは魔神竜にお礼を言った。彼がいなかったならばどうなっていたかはわからないのだから。
そして村人達は困り果てた。
「むぅ。この騒ぎはリレイちゃんの家の道具の仕業には違いない」「今回の出来事は流石に庇いきれぬぞ」「子供のしたことだが、しかし許せるものでは無い」と村人達は話し合い始めた。
「あたしが、あたしが悪いの!」
シャルロッテが今にも泣きそうな声で叫んだ。怒る村人の幻想が消えても、状況が変わったわけではない。
「皆さん。うちの娘が大変お騒がせ致しました」
急にその場にリンと響く声。リレイの母、アレイラの声だった。
「アレイラさん・・・・・・」
村人がアレイラの登場に道を開く。アレイラはリレイの元へと歩み寄った。
「此度の一件。わたくしの監督不行き届きが招いた結果。大変申し訳ありません」
アレイラがリレイの傍らで村人達に頭を下げた。リレイも母親に習って頭を下げる。
「あ、アレイラさん・・・・・・しかし、この一件。元々はうちの息子を思ってのため。決して悪気があってなされたわけでは・・・・・・」
アンスの父親はリレイ達を庇った。
「そ、そうだよ。お姉ちゃん達は僕のために・・・・・・」
アンスも勇気を出してリレイ達を弁護する。
「そ、そうじゃ。ワシらはリレイちゃんがあちこちの人々の為にと動き回っていた事を知っておるぞい!」
「わたくしもよ! リレイちゃんがいろんな人を助けていた事を知っているわ!」
いくつかの村人達もリレイ達を弁護した。
「何のために成されようと、災いを招いたのは確かな事。元をただせば、娘がうちの宝物を人々の為にと使っていた事を、善き事のためならばと放置していたわたくしの保護監督責任。この問題はわたくしの責任でございます」
アレイラは村人達の弁護を聞いた上で、その上で責任の所在を明らかにした。そして再び深々と頭を下げた。
「お、お母さん! 私が悪いの! シャルロッテに何とかできないかと頼んだのも私! 私が望まなければ!」
リレイは泣きそうな思いだった。誰かのために、と思ってやったことがこんなことになるとは思ってもみなかったのだ。少女はひとつ、学んだのだ。心の在り処が正しかろうが、必ずしも幸せな結末になるとは限らないと言う事を。
「子供が望んだことの不始末は親の責任。村の被害の修理費用などは倉庫の物を売り払って補填いたします。そうする事で、今後は二度と同じことは起きないでしょう」
アレイラの決断に、リレイは反対できなかった。多くの家が具現化した魔物に焼かれたのだから。それは幻想のように消えてなくなれば元通りとは行かないのだ。
「・・・・・・はい」
リレイの搾り出すように出した返事。彼女はただひたすらに悲しかった。己の行いが不幸を招いたことを。それは誰かの力になりたいと思っていたリレイの在り方に間逆の結果を突きつけるものだった。現実とは非情だ。彼女の心に大きな傷跡を残して、真夜中の騒動はこうして終わりを告げた。
オースティン家の財宝はある物は譲られ、ある物は売られていった。危険な物は寺院に引き取ってもらって封印をして貰う事になった。人の手に余るものは人の手にはあるべきではないのだ。リキッドは危険な物も人知れず自宅で保管していた。預ける場が無かった為に。しかし今はそうも言っていられない。ゆえに信頼が置けそうな組織に預けられたのだ。
得られた財の全ては村の復興に当てられた。こうしてリレイの家の宝物庫は空っぽとなった。後に残されたのはいくつかの品々。
リレイは自室の机で魔神竜の宝玉を見つめている。このアイテムは魔神竜自体がリレイと契約をしている為に他の者が持っても意味が無いとし、魔神竜がリレイの契約下で大人しくしているのだからそのままにしておこうとなった。シャルロッテが災いのアイテムとしたこの道具だけが手元に残ったのは何の因果か。
もうひとつ。シャルロッテがリレイの傍らに佇んでいる。リレイといつも仲良く一緒だったリビングドールを取り上げるのは酷だと言う話となり、残された。
リレイは思いつめたような表情で口を開いた。
「人の為にと何かをしようとしたことは、間違いではないよね?」
リレイはずっと考えていた事を口にする。
「そうね。それは立派な考えだわ。でも、結果が善い方に倒れるとは限らない。残念な事だけれどね。それでも、それでもだけれど、だからと言ってその考え方を変える必要は無いと思うの。だって人間は神様じゃないのだから。間違いくらいはいくらでもあるわ」
シャルロッテはリレイを慰めた。シャルロッテはリレイの考え方が好きだった。そこは変わって欲しくないと思っていた。だからその思いを真っ直ぐにぶつけたようだ。
リレイはシャルロッテの言葉を心の中で反芻した。そして真剣なまなざしで人形を見つめる。
「・・・・・・私、人の役に立ちたい。誰かの助けになりたい。この考え方を変えたくない。だからもっと勉強する。もっと強い人になる。自分の力で人の助けになれるように。人の手に余る道具や力に頼らずに」
リレイは強い意志のこもった視線で天井を見上げた。彼女の心は折れなかったようだ。家の財宝はほとんどなくなってしまったが、確かな宝は手元に残ったのだろう。
リレイはまだ子供であったが、理想を目指す意志だけは確かにあった。思い描く自分を目指す道のりは今始まったばかりだ。小さき者に幸あれ。




