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リレイと不思議な道具達  作者: 神島世判
幸せの幻想
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幸せの幻想

 その家は明かりをなくしていた。正確には光源はある。しかし暗かった。悲しみにくれる人々が、まだ癒されずに過ごしていたからだ。

 家の主の男がリレイとシャルロッテを迎えた。


「やぁ、リレイちゃん。よくきてくれたね。息子のアンスもきっと喜ぶよ。あれからもずっと泣きっぱなしで・・・・・・どうか息子の気を紛らわす相手になってくれると嬉しい」


 家の主は少しやつれた顔つきをしていた。家主は子供のアンスを連れてくるが、アンスはどこか浮かない顔をしていた。


「お姉ちゃん、なんか用? 僕、今は誰とも会いたくないんだけれど」


 父親の影に隠れるようにアンスは後ろに下がった。


「あっ、えと・・・・・・今日はアンス君の力になれそうだったから、もしよかったらと思って!」


 リレイは笑顔を作った。


「・・・・・・おねえちゃんに何ができるの! 何かできると言うのなら、お母さんを返してよ! 帰って

こなくなったお母さんを連れてきてよ!」


 子供には母親がどこかへ出かけて帰ってこなくなったように感じられていたようだ。


「そ、それは・・・・・・」


 リレイはたじろいだ。そんな真似はできないとシャルロッテは言っていたから、何が出来るとも言えないのだ。

 そこにシャルロッテがしゃらりんと前に進み出る。


「アンス君と言ったわね。お母さんの姿が見たいのかしら? 一緒にいて欲しいのかしら? それなら叶えられるわ」


 シャルロッテが言った言葉にリレイは驚く。死者は生き返らないと言っていたばかりでなかったか。


「叶えてくれるの? お母さんを連れて帰ってくれるの?」


 アンスは父親の影から飛び出してくる。


「・・・・・・ささやかな幻想なら提供できるわ。待っていらして」


 シャルロッテは腰の水鏡のロープを床に張り、水鏡を作り出した。そして鏡扉の鍵で鏡を移送ゲートに変えて飛び込んでいく。しばらくしてからシャルロッテは綺麗な七色のクリスタルを持って戻ってきた。


「シャルロッテ。その綺麗な石はなんなのかしら?」


 リレイは道具の効果がわからない。ただの石なんかで現状を解決できるのだろうかと疑問に思うのも当然だ。


「取り出したりまするは夢想写しのクリスタル。これをあなたが持つの」


 シャルロッテはクリスタルをアンスに手渡した。


「これを、どうするの?」


 アンスはどうしたらよいかわからずに困っている。


「お母さんの事を強く想ってみなさいな」


 シャルロッテは宙をくるくると横に回転している。

 アンスはクリスタルを抱いて、生前の母親の姿を思い起こす。するとクリスタルは淡い光を放ち始めた。やがてクリスタルから光の筋が流れ出す。光の筋は人の形を取り、やがてそれは女の姿となった。アンスの母親の姿そのものだった。


「アンス・・・・・・」


 女は子供に呼びかける。アンスは涙を流しながら女の足にしがみついた。


「驚いた・・・・・・妻そのものだ・・・・・・」


 一部始終を見守っていた家主も驚いている。


「これは持ち主の幻想を作り出す強固な神秘の秘石なのよ。生きている本人とは違うけれど、思い出の中の姿そのものを顕現させてくれるわ。一時の慰めにくらいはなるでしょう」


 シャルロッテがくるくる横回転しながら魔法の道具の解説を行った。


「お母さん、お母さん!」


 アンスは泣きじゃくりながら母親に抱きついた。女の幻影はアンスの頭を撫で付ける。幸せな思い出の中から現われた幻影は優しい。


「ねぇ、シャルロッテ。幻影なのに実体があるの?」


 リレイは不思議に思った。クリスタルが人の思いを投影して実体化するとしても、それは幻覚のようなものだろうと思っていたのだ。だが、目の前で直接触れ合える、言葉を話す幻影が実現しているのだ。


「実体を持った幻想を作り出すの。夢想写しのクリスタルはリキッド・オースティンが遺跡から持ち帰った物の中でも、一際強大な力を秘めた一品よ。人が望む神秘の具現化、ラストファンタズムと呼ばれるもののひとつ。これひとつの所有権を求めて戦争が起きるくらいの魔法の道具ね」


 シャルロッテの説明でリレイは半分くらいしか理解できなかったが、目の前のアイテムがとてつもない物である事は理解した。


「そんな大層な物を預かっても良いのかい?」


 家主は不安そうにリレイに尋ねた。それはそうだろう。国家が求めるような財宝を預けられるのだから。


「そこはほら、困っている人の助けになれるなら、そのくらいはお安いものですって!」


 リレイは深くは考えずに返答をする。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


 アンスはそこでようやくその日始めての笑顔を見せるのだった。



 その日の夜。誰もが眠る、月も星も眠ったかのごとき静かな暗闇の中。

 アンスはベッドでクリスタルを抱いて眠っていた。眠りに入る直前までは母親の幻想がアンスをあやしていたようだ。その幻想も今は動きを止めている。アンスが眠りに入ったからであろう。

 この夜アンスが見た夢がただの夢であったならば、この先の事件は起きなかったであろう。人は寝て見る夢の内容は選べない。

 アンスは夢でうなされていた。夢の世界の中で大きい大きい毬藻のような暗黒の塊が蠢いている。暗黒の塊には目がなく、真っ赤に裂けた口があり火を噴き、体から生えた無数の腕と足で徘徊している。それが暴れまわっているのだ。アンスを庇うように母親が立ち、暗黒の化け物が母親を飲み込んでいく。・・・・・・母親が死んだ時の恐怖が怪物の姿で具現化したのだ。幻想で癒されても、心の奥底の傷は消えていない。大切な人を失うという恐怖が夢の中で子供の心に見合った夢となって現われる。

 それはなんとしたことか。アンスが夢の中でうなされている時、彼が抱いていたクリスタルが淡く輝く。光の筋が流れ出して出口を求めて部屋を彷徨い、そして家の外へと出て行った。その先で暗黒の塊の怪物が具現化する・・・・・・。

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