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リレイと不思議な道具達  作者: 神島世判
乗り越える試練
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人と向き合う少女

「うん? 僕に、かい?」


 ジェバンニは意外そうな顔をした。それは思ってもなかった告白だったからだ。


「そうです。私は、ジェバンニさんが好きです!」


 リレイは思わず思いをあらわにした。一度思いをあらわにしたら歯止めがきかなくなっているようだ。


「ふむ。それはそれは。それって、異国の話をしたり演奏したり、あるいは遠くの珍しい品々を持ってくる僕のことが好きってことかな?」


 ジェバンニはカコポゴを織物の上に置いた。歌の時間は終わったと考えたようだ。そして少女からの告白に真剣に向き合おうとしているのだ。

 リレイはジェバンニの問いかけに戸惑った。彼の問いの意図がわからなかったからだ。


「・・・・・・そうです!」


 やがてリレイはジェバンニの言葉を肯定した。

 ジェバンニはリレイの言葉を聞いてしばらく考え込んだ。やがて真剣な表情で口を開く。


「きっとそれは君が遠くの世界の事を知りたい、あるいは行ってみたいと思う心の表れだと思うよ。君はおそらく僕を通して夢を思い描いている。僕はその夢の提供人ってところなのさ。それに対する好意を君は恋と錯覚している」


 ジェバンニの言葉はリレイにはショックな言葉だった。自分の思いを恋ではないと否定されたのだから。


「そんな! 私はジェバンニさんのことが男の人として気になっているから・・・・・・」


 リレイは悲壮な表情を浮かべている。


「僕は仕事を通してでしか君と接してこなかったよ。旅の行商、そして吟遊詩人として」

「だからそんなお仕事をして色々な世界を旅しているジェバンニさんが素敵だなぁって、そう思って・・・・・・」


 リレイの声はどこか消え入りそうなものだった。


「そうか。それこそが君の思いの本質だ。リレイちゃんは世界を旅してみたいと思っている。そんな生き方をしている僕に理想を見出している。君の思いの根底にあるのは憧れだ」


 ジェバンニは努めて紳士的にリレイを真っ直ぐに見つめて語った。

 リレイはジェバンニの台詞に言葉を失った。自分の心の中が見透かされたような気分になった。言われて確かにそうだったと気付かされた。ただ、ひたすらに悲しい思いがリレイの胸のうちを支配する。自分の想いは恋とは違っていたのだ、と。


「わ、私は・・・・・・うっうっ!」


 リレイは泣きながらジェバンニの前を走り去って行った。リレイの頬を伝って涙が零れ落ちる。落ちた涙は点々と地面に跡をつけていった。

ジェバンニは申し訳なさそうな表情でリレイの背を見送る。


「ふぅむ。シャルロッテちゃん。僕をひどい男と思うだろう?」


 ジェバンニは苦々しい何かを飲み込んでから浮かべるような笑顔を浮かべた。


「どうかしらね。リレイの思いを真っ直ぐ受け止め、正しく答えようとしたからだと思うわ。リレイを子ども扱いしなかったからはぐらかさず、オブラートにも包まず、感じた事、思った事を伝えた。なら今度はリレイが答える番だったのよ。私には仕事をしている以外のあなたを知らない。だからそばにいてもっとあなたの事を知りたい、とか言い返せないようではまだまだ子供なのよ。あそこで泣いて走り去るだなんて、ね」

「彼女は僕が敬愛するリキッド・オースティンのご息女でもあるのだから、どのように接するかは細心の注意を払うさ。だからこそ安易に彼女の好意を受け取るような真似はできない。しかし君も中々に辛らつかもねぇ。僕には彼女を突き放すしか出来ないよ。根無し草で旅をしながら日銭を稼ぐ。こんな生活に付き合わせられないからね。そして僕はこの生き方以外を知らない」


 ジェバンニはどこか寂しそうに物を片付け始めた。


「そんな生き方を好きになったと言ったのならば、相手を変えずに自分が相手に付き合おうとしなくちゃだめでしょうね。リレイは」

「僕はずっとひとりで旅をしている。そんな僕に付き合ってくれるような女性がいてくれたなら、と思わなかったことは無い。もし、そんな僕にどこまでも付き合うよって言ってくれる女性がいたならば、僕は喜んでこの命を捧げよう。守ろう。自分を肯定してくれて、ともにあろうとするような運命の人が現われたならば」

「そういう女性を求めていますって、優しく教えてあげればよいのに。リレイなら喜んで付き合おうとするでしょうね。あなたの指摘どおり、本当に旅をしたがっているようですし」

「それは彼女の様々な想いを知った上でやれということなのかい? そんなずるい真似はしたくないよ。僕には不用意に彼女の人生に踏み込む覚悟がない」

「それがあなたの優しさ。ジェバンニさんも変わる必要は無いわ。リレイが自分の感情と向き合ってこの先どう想うかは彼女の問題。うーん。人の恋路は何て楽しいのかしら! 面白いわ、面白いわ!」


 シャルロッテが無邪気にきゃっきゃとはしゃいでいる。


「君は変なところでなにか邪悪なものを思わせるね・・・・・・」

「人の生の懊悩というものは、あらゆる紡がれる物語の根底にある物よ。現実のそれが作られた物語のそれに劣るわけがないじゃない」

「驚いたな。君の見識はどこで身につけたものだい? ただのリビングドールが身につけているようなレベルのものとは思えないよ」

「あらあら。魔物は人から学ばないとでも?」


 シャルロッテはしゃららんと宙で回転する。

 ジェバンニは改めてシャルロッテを観察した。そして即座に理解した。


「そうか。君は人間の事が大好きなんだな。わかった。たしかに君は魔物なんかじゃないな。人とともにあり、人とともに生きている。人に関心を寄せ、人から何かを学ばんとする。君はまさしく人間だ。人は人から人のあり方を学ぶものだ」

「あたしを人間扱いするだなんて。まさか口説こうとしているのかしら?」

「はっはっは! リレイちゃんにふられたからってそんな真似はできないさ!」


 ジェバンニは爽快に笑った。リビングドールが旅のお供というのも楽しかろうなと思いながら。きっと旅の孤独は癒されることだろう。


「あらあら。軽くは無い男の人って、あたし好きよ」

「さて、リレイちゃんにはリレイちゃんの人生が、僕には僕の人生がある。交わるのかどうかはわからないが、僕はもう行くよ。リレイちゃんにも元気でね。いつか、またって、伝えて欲しい」


 そう言ってウィンクしたジェバンニは、荷を背負って村の広場を去っていった。彼の背負うものに、リレイは含まれていない。が未来は誰にも、わからない。


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