リレイの想い
本格的な冬の訪れを前に、人々は厳しい季節を乗り越える準備を終えていく。それは次なる春の訪れを待つために。それは家を持つ者達の生き方であった。家を持たずに放浪する者達もいる。行商のジェバンニがそうであった。
久方ぶりにジェバンニがポポカカ村を訪れていた。彼は地面に織物を敷き、その上に遠方の珍しい品々を並べていく。そして自らは切り株に座って手にした楽器、カコポゴで演奏する。物珍しさに村の人々は集まるのだ。
ジェバンニ来訪の知らせはすぐにリレイにも届いた。
「ジェバンニさんが来たんだ! 行って来なきゃ! シャルロッテも一緒に来る?」
リレイは大はしゃぎで着ていく服を選び出した。少しでも可愛らしく見られたいという想いが現われている。
「あぁ、リレイの思い人さんね。確かに一度見てみたいわね」
「ほらほら、急がないと置いていくわよ!」
リレイはあっという間に着替えていて、今まさに部屋を飛び出さんとしていた。そこで慌てて以前ジェバンニから貰ったペンダントを身につける。服を着替えたときに外していたのを忘れていたようだ。頂いた品を大事に身につけていると言う意思表示の為にも、きちんと身につけなおしたようだった。
「普段とはうって変わってせっかちさんになったわね。さぁ、行きましょう」
シャルロッテはふわりと浮かんでリレイの後を追う。リレイは頷くと部屋を、そして家を飛び出して行った。
ジェバンニは村の中心地。すなわち広場に良く姿を現す。人通りも多いためだ。だから探すのには困らない。特に彼の得意楽器であるカコポゴの音が聞こえてくるのですぐにわかる。その日もリレイはジェバンニの演奏の音を聞きつけて彼を見つけた。
ジェバンニはいつものように切り株の上で異国の歌を披露している。周囲の人々を掻き分けるようにリレイは前へと進み出て行った。
弦楽器の音にあわせてジェバンニは謳う。
「澄み渡る大地、麗しの月。夜の星ぼし達は謡う。鈴鳴りの音、一瞬の瞬き。人は安息の時を過ごす。暖炉の薪の燃える色合い。時折爆ぜる炎。グラスに注がれた酒は明かりに照らされ、彩のある光をテーブルに焼き付ける。おぉ、それは情熱の色。愛する者と交わすさかずき。平穏を喜ぶ一日の終わり。ともにある者との安らぎのひととき。大地に感謝を。空に感謝を。太陽に慰労を。人を慈しみ、神に祈りを。捧げよう、捧げよう。讃えよう、歌とともに」
ジェバンニがまた新しい歌を披露していた。彼はいつも訪れるたびに違う歌詞を謡ってくれる。カコポゴの弦がぽろろんと鳴らされた。
人々が喝采する。ジェバンニの歌を、演奏を。いつも彼は素晴らしい異国の文化を伝えてくれる。おひねりが宙を舞う。ジェバンニの広げたシートの上に置かれた空っぽのブリキ缶に投げ込まれていく。
リレイも銅貨を投げ込んだ。ジェバンニの演奏に対する賛辞の意を表すために。
人々はジェバンニの商品を買い求めた。異国の工芸品などが次々売れていく。茶器が売れ、小物収納用の木箱が売れ、からくり仕掛けのオルゴールが売れていく。
リレイも何か買おうと思ったが、並べられた品々はリレイのお小遣いでは買えそうにはなかった。
「リレイ。無理はしないほうがいいわ。ここに並べられているものはどれも素晴らしい物だわ。煌びやかな装飾品。技巧の限りを尽くした工芸品。どれもこれも一級品よ。子供が手に出来るようなものでは無いわ」
シャルロッテはジェバンニが売っている物の品質を即座に見抜いたようだ。そう、ジェバンニは良品しか取り扱わない。ジェバンニは決して物珍しさだけを売りに廉価品を売りさばこうなどとは思っていないのだ。
「でもでも・・・・・・あぁ、欲しいのに買えない・・・・・・」
リレイは売られていく品々を物惜しそうに見つめた。だが、彼女にはどうする事もできなかったようだ。
ジェバンニの並べた商品はあっという間に売りつくされた。彼は村でも有名で、訪れるたびに商品は全て売れている。
次第に周囲の人々は去っていく。商品は売り切れ、演奏も終わったのでそうなるのは当然だ。やがて完全に人ははけてしまった。
「やぁ、リレイちゃん。お久しぶりだね」
ジェバンニがリレイに笑いかけた。
「あっ、その、おひさしぶりですっ!」
リレイは勢い良く頭を下げた。
「ん、君の隣に浮かんでいるのは・・・・・・」
ジェバンニはシャルロッテに気が付いたようだ。
「彼女はリビングドールのシャルロッテ。お友達と言うか家族と言うか・・・・・・」
「リビングドールか。これは驚いた。人とともに暮らす個体がいるだなんて」
ジェバンニはまじまじとシャルロッテを見つめている。
「あたしはシャルロッテ。あなたがジェバンニさんね。リレイからいつも話は聞いているわ」
シャルロッテはしゃらりんと軽くお辞儀をした。
「へぇ、それは一体どんな話だろうね」
「この間は魔法のペンダントを貰ったと喜んでいたわ」
シャルロッテの言葉にジェバンニは少しだけ驚いている。
「おや。魔法の刻印を読み解いたのかい? リレイちゃんは博識だねぇ!」
ジェバンニが感心していると、リレイは手を横に振って慌てて否定した。
「あぁ、あれはシャルロッテが解読したんです! 彼女の知識はすごいから!」
「そうだったのか。博学なリビングドールさんなんだね。ペンダント、気に入ってもらえたなら良かったよ」
ジェバンニは優しげな微笑を浮かべた。
「魔法のペンダントだなんて、そんな高価な物を頂いてよかったんですか?」
リレイはジェバンニから魔法の道具を貰った事を気にかけていたのだ。魔法の道具は基本的に値の張る高級品なのだから。
「良いって良いって。あれは頂き物で、売り物にするような物じゃないから。必要としてくれそうな人に預けることができたならばそれで良かった。前の持ち主にも大事にしてくれそうな人に譲ってくれと頼まれていてね。だから身につけていてくれて嬉しいよ」
「そうですか。なら、ありがたく使わせていただきます!」
リレイはぺこりと礼をした。
「さ、それよりももう一曲いっておこうか? どんな曲がいいか、リクエストあるかい?」
ジェバンニはカコポゴを取り出した。リレイとシャルロッテのためのスペシャルステージを開催するために。
「では、たまには悲劇を。大人の話で」
リレイがリクエストを出す。
「ほう。悲劇か。君は喜劇を好むのかと思っていたよ」
ジェバンニがポロリンとカコポゴをかき鳴らした。
「どっちも好きです! 家にはハッピーエンドのお話の本が多いから、たまには悲劇的なお話も聞きたいかなと」
「わかった。では謳って聞かせよう。ちょっと大人すぎるかもしれないけれどね」
ジェバンニはじゃんじゃかと激しくカコポゴを鳴らし始める。
「・・・・・・・・・・・・」
リレイもシャルロッテも期待に満ちたまなざしでジェバンニを見つめていた。
「それはとある三人の話。二人は男で一人は女。三人は親友でいつも仲が良かった。小さな村で幸せに暮らす三人。しかし一人の男はある時言う。自分は偉大な男になって見せる、と。そして彼は村を出て行った。時は過ぎ去り、残された男と女は夫婦となる。幸せに暮らす二人。しかしそこにかつての男が現われる。男は青年将校となっていた。夫婦は男を招き、久方ぶりのパーティを行う。青年将校は人妻と二人きりになった時、女に打ち明ける。私もお前を好きだった、と。女の心は揺れかき乱される。それ以降二人は何度も密会を重ね、逢瀬する。やがて青年将校は戦争が起こったことにより国に呼びだされる。青年将校は女に頼む。どうか自分と一緒に来てくれ、と。女は夫と離れることが出来ず、どうか私のことは忘れてくださいと頼んだ。青年将校は諦めきれず、酒に酔った彼はかつての友人であった男に女をかけて決闘を挑む。女は決闘なんてやめて欲しいと懇願するも、青年将校は一切引かなかった。やがて衆目の中で対峙する二人。その場で正気に戻った青年将校は、友人と決闘の場にいる事を悔やむ。どうしてこのようなことになってしまったのか、と。酒と激情に酔い、衝動のままに駆られてしまった青年将校。かつての友人は青年将校と妻の不貞を知り激怒している。決してお前を許さぬ、と。やがて刀剣で切り結びあい、青年将校はかつての友を斬り殺した。夫の死に涙にくれる女は、あなたとはともにいけないと青年将校に告げる。青年将校は友と思い人を同時に失い故郷を離れ去っていった。それは嘆きと悲しみの歌。愛欲の炎に身を焼かれた男の物語」
ジェバンニはぽろろろんと悲しい音色の曲を演奏する。
リレイとシャルロッテは歌と演奏に聞き惚れていた。やがて二人は拍手をする。
「すごい迫力の歌でした! なんというか悲しい恋の物語と言うか。青年将校が友情と恋心を比較して自分の恋心を優先しちゃってすごいなぁって」
リレイは子供ながらに素直に思った感想を述べた。
「リレイにはまだ早すぎるわ。熱情に身を任せるとろくな事にはならないって話なんだから。それにしても強烈な歌よね。激しい演奏と悲しい演奏の転じ方も印象的ですごかったわ。ジェバンニさんは素敵な吟遊詩人さんね」
シャルロッテはジェバンニの歌と演奏を讃えた。
「元は北方の詩文に語られる物語が原型なのさ。リレイちゃんにも好きな人が出来たら、おそらく大分違った感想をすると思うよ」
ジェバンニが何気に放った一言は、リレイの心を強く刺激した。
「私、恋ならしています。あなたに」
リレイは思い人から眼中にないような扱いをされたような気がして、反論しようとそのような言葉を告げた。それはとてもとても真剣な表情で。




