大人になっていく
「そ、そうかい。これは飲み薬なのかい? どれどれ」
ヘクターは小瓶の蓋を開けると、中のエメラルドブルーの液体を飲み干した。・・・・・・するととたんにヘクターの体がうっすらと輝いた。
「ちょ、ヘクター。怪我の具合はどうなのよ?」
飲むと人体が輝くという怪しい薬を目の前にして、デイジーが反応に困っている。
そのリレイ達の目の前で、ヘクターはゆっくりと足をベッドの下におろした。
「おおっ、痛くない! 痛くないぞ! すごい、足が治っている!」
ヘクターは床の上でぴょんぴょんと飛び跳ねている。完全に彼の足は治ったようだ。
「す、すごいのね。どんな原理で怪我を治しているのかしら・・・・・・」
アシュリーは薬の作用の仕方に興味を持っている。飲み薬なのに即座に足の怪我を治したことが気にかかるようだ。
「どんな薬なのか良くわからないけれど、効けばいいでしょ。効けば」
シャルロッテは細かいところを気にしないようだ。時計のしくみやつくりを知らずとも、時間がわかればいいでしょ的な考え方のようだ。
「ありがとう! 怪我は完治したみたいだ。みなに心配させてしまってごめん」
ヘクターは周りの者に頭を下げた。
「良いって良いって! 誰も困らないのが一番なんだから!」
リレイは笑った。彼女にとっては他人の幸せが自分の幸せなのだ。怪我して困っている者がいたら助けたいと思うのは当然だ。
「そうかい? そう言ってもらえると助かるよ。・・・・・・うん、なんだろう。お腹の調子が・・・・・・」
ヘクターはそう言うとお腹を押さえ始めた。ぎゅるるるるるるると言うすさまじい音が鳴る。
「えっ、どうしたの?」
リレイの問いにヘクターは返事を返せない。
「・・・・・・お、お腹が痛くなってきた・・・・・・」
ヘクターは真っ青な表情で部屋を飛び出して行った。
「どうしたのかしら?」
アシュリーが呆然としている。
「・・・・・・そうね。そうよね。飲み薬なんだから消費期限と言うか賞味期限と言うか、そういうものも当然あるわよね。十年以上放置されてた薬だったから、悪くなっていたのかしら・・・・・・」
シャルロッテがぽつりと恐ろしい事を呟いた。
「シャ、シャルロッテ・・・・・・。食べ物とか飲み物とかそういう類の道具、今後は無しね?」
リレイはシャルロッテに釘を刺す。如何なる魔法の薬でも、年月の経過にたえうると言うわけでは無いようだからだ。
「今後は、気をつけるわ。今回は、ご愁傷様って事で、ね」
シャルロッテが「えへっ」と笑ってごまかした。
「犠牲になったのがヘクターだから、まぁいいかなってことで。・・・・・・それにしてもどこまでも格好のつかないやつ!」
デイジーが何気にひどい事を言っている。
しばらくしてげっそりした顔つきのヘクターが部屋に戻ってきた。
「ううっ。こんなひどい目にあうなんて・・・・・・」
「ヘクター。あなた常日頃の行いが悪いからバチが当たったのですわ。これからは心を入れ替えることですわね」
アシュリーの厳しい一言にヘクターが項垂れる。思えば彼の心無い一言にデイジーが何度お怒り出したことか。場の雰囲気も悪くなったりして、リレイもその事でいつも心を痛めていたのだ。その報いだろう。
「それじゃあヘクターの怪我も治ったことだし、今日は帰りましょう」
リレイとシャルロッテがヘクターの部屋を出て行く。アシュリーも後に続いて部屋を退出して行った。デイジーとヘクターが部屋に残る。
「それにしても、あんた。あの時のこと意識しすぎでしょ!」
デイジーがぽそっと呟く。途端にヘクターの顔が真っ赤になった。
「それは気にするに決まっている! 当然じゃないか! 僕は何度も思い出だしてしまっているよ! 君は違うのか?」
ヘクターは己の思いの丈を吐き出した。だが、デイジーの反応はふーんといったものだった。
「・・・・・・思い出にして浸るほどには、デイジー達は月日を重ねてはいないわ。大事なのはこれからなんだから、もっとしっかりしてよね。言いたいのはそれだけ。じゃ、またね」
そう言うとデイジーもヘクターの部屋を出て行った。
ヘクターは一人部屋に残る。
「・・・・・・ありがとう。僕は君の魅力にまたひとつ気がついた。そうだよな。いかに素晴らしい毎日をともに過ごせるようにできるのか。そこに意識を向けられないようじゃだめだね。僕は出来事に自分ひとりで思い浸ってばかりで、まるでなっちゃいないよ」
そう言うとヘクターは苦い顔をしてお腹をさする。まだ痛いようだったが、今はどちらかと言うと胸の方が痛かった。自分の至らなさを痛感させられたようなのだから。
ヘクター少年はこうして一歩大人へと近づいていくのだった。




