ヘクター
と、遠くから男の子の声が聞こえる。
「おーい、三人とも!」
遠くから声をかけて近づいてくる銀縁眼鏡をかけた男の子。
「あら、ヘクターじゃない」
リレイが男の子の名を呼んだ。
「三人とも仲良くおしゃべりかい? 僕も混ぜておくれよ!」
ヘクターはリレイ達と同年代の男の子だった。リレイと同い年の子供はデイジー、アシュリー、ヘクターの三人だけである。だから彼らは仲良しだった。
「なんだ、ヘクターかぁ。つまんないの。たくましい体を持つ漁師のガルドが来てくれればよかったのに」
デイジーはあからさまに落胆して見せた。
「あら、デイジー。今はガルドにお熱なのね。たしかに彼は働き者で頑強な体を持つ頼りになる殿方ですものね」
アシュリーがデイジーに同意して見せた。
「でしょでしょー? 湖に船を浮かべて鋭い視線で沖を見る姿がいけてるのー!」
デイジーが大はしゃぎをする。彼女は恋の話をするときは非常に上機嫌になるのであった。
「ガルドさんかぁ。いつもあの人の獲ってくるお魚のお世話になっているね」
リレイもデイジーの話に混ざる。
「そうそう! いつかデイジーに『君の為にお魚を獲ってきたよ、子猫ちゃん』とかぁ、親密になってやってくれないかなぁ、かなぁ!」
「子猫だけにお魚なのですわね」
シャルロッテが笑いどころと思い、デイジーの話に突っ込みを入れる。女子三人は「たしかにそうだねー!」と大笑いだ。ヘクターだけが話についていけない。恋ばなはできないのだ。・・・・・・ふと、ヘクターは地面の人形がしゃべったことに気が付いた。
「ん。今、この人形がしゃべったように聴こえたけど・・・・・・」
ヘクターが屈んでシャルロッテを見た。シャルロッテはくるりとヘクターのほうを向く。
「あたしシャルロッテ。今日からみんなのお友達になったの。よろしくね、ヘクター」
シャルロッテは裾をつまんでお優雅にお辞儀をする。
「えっ、人形が動いた。しゃべっている!」
ヘクターは先ほどのデイジーやアシュリーと同じような反応を返す。
「リビングドールのシャルロッテさんですわ」
アシュリーがシャルロッテを紹介すると、ヘクターは大層驚いて尻餅をついた。
「ひえええええ! 亡霊のとり付いた人形じゃないか!」
ヘクターは腰を抜かしながら、一目散にその場を逃げ去って行った。
「何よ。ヘクターったら。そんなに驚かなくても良いのに!」
リレイは怒った。シャルロッテに失礼じゃないかと怒っているのだ。
「臆病なヘクターだもの。仕方ないわ!」
デイジーがヘクターを小ばかにする。彼女はよく年上男性達とヘクターを比較しては馬鹿にしていた。
「彼の反応も当然といえば当然ですがね。さ、今日はもうお開きにしましょうか。日も暮れて来ましたわ」
アシュリーが言うとおり、時刻は既に夕方となっていたのでおしゃべり会は終わりとなった。
リレイとシャルロッテは自宅である赤いかさのきのこの家に帰る。扉を開けると夕餉の匂いがした。アレイラは既に帰っていたようだ。
「お母さん。ただいまー!」
リレイが元気に声をかけると、アレイラはキッチンから振り返る。
「おかえりなさい、リレイ。あら、その子は確か・・・・・・」
アレイラは宙に浮かぶシャルロッテに気が付いた。
「お久しぶりね、アレイラ。娘さんを出産するからとしばらく安静にしていた時以来かしら」
「そうね。いままでどうしていたの?」
「リキッドに倉庫へ放り込まれて封印されていたわ! あたしを忘れるだなんて、ひどいじゃない!」
シャルロッテは怒っているような身振りをした。顔は表情が変わらないのでわからない。
「あら、ごめんなさい! リキッドは何も言っていかなかったから、てっきり一緒についていったのだとばかり!」
「お母さん。シャルロッテとお友達になったのよ!」
「それは良いわね!・・・・・・ところで開かずの間にいたと言っていたけれど、それはリレイが開かずの間をあけたということかしら?」
アレイラは娘の所業を見逃さない。
「あっ・・・・・・」
「めっ! ダメって言ったじゃないの! これからはあの扉を開けてはいけませんからね!」
アレイラはきつくリレイを叱った。リレイはしょんぼりする。
「はーい、おかあさん」
「アレイラ、あの扉を開けなければいいのね?」
シャルロッテが確認をした。
「ええ。あそこには何があるのかわからないもの。リキッドが帰ってくるまでは封印の札をしたままにしないと」
「ふふふ、わかったわ。その約束、あたしがリレイに守らせるから安心して! 封印札をはがして立ち入らなければいいんでしょ?」
シャルロッテは不敵に笑った。なにかを企んでいるようだった。
「さ、それではお夕飯にしましょ。今日から賑やかになりそうね!」
アレイラはもう切り替えたようだ。どんぐりをペーストして作ったパンをもってくる。賑やかな晩餐が開かれるのだった。あたらしい家族が増え、昨日よりも明るい雰囲気となるのだった。
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全十三話構成にてお送りいたします。
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