恋に浮かれて
その頃、ヘクターはボーっとしながら村の中を歩いていた。前を向いて歩いているが、どこを見ているのやらふらふらとしている。彼は道の脇に置いてあった白い花が植えられている植木鉢に躓き転びかける。彼の頭の中はデイジーのことで一杯だったのだ。そして最後に思い浮かべる光景は決まって彼女に唇を奪われたときの光景。
「あぁ、僕は一体どうしてしまったんだ!」
ヘクターは頭を抱えながらぶんぶんと振っている。
「兄ちゃん、こんな所でなにやっているんだい。どいとくれ」
通りすがりのおじさんがヘクターを注意する。ヘクターは道のど真ん中で通行の邪魔になるように不審な行動を取っていたのだ。
「あっ、すみません」
ヘクターが我に返って平静を装いながら道をどけた。ヘクターは気が付いたら村の住宅が立ち並ぶ通りに来ていたことに気が付いた。ずっと心ここにあらずでいたので、自分がどこを歩いていたのかわかっていなかった模様だ。
「・・・・・・はぁ。わかっているんだ。あれはデイジーの嫌がらせだって・・・・・・」
ヘクターはデイジーが好意であのような行為に及んだとは思っていなかった。それが証拠にデイジーはヘクターを好きだともなんとも言っていない。あの時もあれからも。いつものデイジーならば、だれそれに思いを寄せていると恋ばなを始めるところだろうが、自分の話は一切していないのだから。だから違うのだろうとヘクターは思っていた。それでも、だ。どうしても頭の中はデイジーのことで一杯になってしまう。こうして彼は再び夢うつつの中を彷徨うように現実をふらふらと歩いていく。
ヘクターは階段のある道に差し掛かった。しかし、彼は上の空で中空を見つめたまま真っ直ぐ歩いていく。当然階段を踏み外した。
「うわっ! うわぁぁぁぁぁ!」
ヘクターは階段を横転しながら転げ落ちて行った。
「ねぇ、聞きました? ヘクター、骨折したらしいですわよ」
それは翌日の事。いつものように皆で集まっておしゃべりをしようと、村の広場に集まった時の事。その日はシャルロッテも一緒だった。
最後に広場に現われたアシュリーはリレイとデイジーにそのような話を切り出してきた。それは唐突過ぎる話。
「ええっ? なぜに!」
リレイとデイジーは二人同時に驚いている。
「それが階段を踏み外して転げ落ちてしまったらしいですのよ。どこを見て歩いていたのやら・・・・・・」
昨日のヘクターの事を思えばそうなってもおかしくは無い雰囲気があった。
「あのバカ・・・・・・」
デイジーは言葉をなくしていた。ヘクターの様子がおかしいのは知っていたが、まさかここまでド
ジだとは思っていなかったようである。
「怪我は大丈夫なのかしら。御見舞いに行ってあげなきゃ」
心優しいリレイはまずヘクターの心配をしていた。
「しばらくは歩けないらしいですから、そうするのが良さそうですわね。デイジーもそれでよいかしら?」
アシュリーがデイジーの様子をちらりと見る。普段のデイジーならば反対をしそうなことが予想できたからだ。
「別にそれでいいけれど」
デイジーはそっけなく答えた。それ以上の様子はわからない。
「階段を転げ落ちて怪我をするだなんて、人間って宙に浮かべないから不便なものね」
そういうシャルロッテは宙にふわふわと浮かんでいた。
「宙に浮かべなくても、普通の人は階段を転げ落ちないですわよ!」
アシュリーが不思議そうにしているシャルロッテを笑った。
「じゃあヘクターがおかしいのね」
シャルロッテはそこで納得してしまった。
「それはヘクターがおかしいのはいつものことだけれどぉ・・・・・・」
デイジーが何かを言いたげだった。こんな調子のヘクターに目もあてられない思いなようだ。ヘクターの様子がおかしくなったきっかけが何であるのかは、デイジーもわかっていた。まさかあれだけでここまでヘクターが変わるとも思っていなかったようだった。
「まぁ、まずはヘクターの所へ行ってみようよ」
リレイは先を促がし、アシュリーとデイジーは頷くのだった。




