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ゲーム

 人の心は移ろいやすいもの。ではそこに確かなものはあるのか? 不確かなものが無ければ、心と言うものを拠り所にするのは間違いなのか? 感情とは一体どこからくるものなのか。


 その日もいつもの女子メンバーが村の広場に集まっている。その日はヘクターも一緒だった。

持ち寄ったお菓子や果物をすりつぶしたジュースを片手に遊んでいる。その日は札遊びに興じていた。風花陽月と言うお遊びで、札にはいくつもの太陽や月などが描かれている。最初に札を出したものと同じ絵柄の札を出して、絵柄の数が大きかった者が次の最初の手札を出す人間となる。そして先に手札を使い切ったものが勝者となる遊びだ。

 リレイが太陽の絵柄が七つ描かれた札を場に出す。皆が後に続いて次々太陽の絵柄の札を場に出す。


「あっ、デイジーその札ない! 手直し!」


 手直しとは出せる札が無いので山札から引きなおしをするという合言葉だ。デイジーは山札から手札を何度か引いて、太陽の絵柄のカードを場に出した。


「あー、罰ゲームはデイジーが負けてもあまり嬉しくは無いですね。好きな人に対する想いを述べると言うのは普段からやっていますからね」


 ヘクターが覚めた目でデイジーを見ている。


「なにさ。デイジーとしてはあんたに負けて欲しいのだけれど!」


 デイジーが盛りに盛られた手札の山を抱えてヘクターを睨んだ。ヘクターはあと少しで手札を使い切る。もっともこのゲームは、上がりそうな奴が持っていなさそうな札を場に出して妨害するのも戦術の一つなので、すぐに上がれるとは限らないのであるが。


「やだなぁ。僕は絶対負けないですから! 嫌ですからね!」


 ヘクターがかたくなに拒絶する。その様子を見て女性陣は目を見合わせて合図を送りあう。どうやらなんとしてでもヘクターに罰ゲームをやらせたいという意向のようだ。

 次々手札が切られていく。やがて、ヘクターが山札を引かざるを得なくなった。すかさず同じ絵柄の札が立て続けに場に出され、ヘクターは連続して山札を引く。あっという間に彼の手札も数多くなる。


「やった、あがりぃ♪」


 リレイが最後の手札を場に切った。これで彼女の手札はなくなったのだ。的にかけられている者がいる隙にあがったようだ。

 やがて山札が無くなる。


「あーっ、デイジー、お手上げ!」


 デイジーが言うお手上げとは山札が無くなったのでパスすると言う合図だ。山札を捨て山などから補充するといつまでも終わらないので、山札がゼロになったらそれ以上は引けないのだ。


「わたくし、これであがりですわ!」


 アシュリーがあがる。


「アタシもこれで手札はなくなるわね」


 シャルロッテも最後の手札を切った。後に残るのはデイジーとヘクターだけである。


「くっ、これは僕が負けるわけには行きませんよ!」


 大分手札を増やしていたヘクターであったが、デイジーとの一騎打ちでとにかく相手が持っていない札を一気に切っていく。


「うわぁあん! お手上げ! それもお手上げ!」


 デイジーは手も足も出ないようだ。


「よぉし、これで僕もあがりだ!」


 ヘクターが最後の手札を切った。大分激しい戦いであったが、敗者はデイジーとなった。


「んぎぃぃぃぃ! ヘクターに負けるなんてくやちぃぃぃいいいいい!」


 デイジーがハンカチを噛みながら、乙女にあるまじき悔しがり方をする。


「ははっ、流石に僕は負けられない! いいじゃないですか。デイジーなんて普段から罰ゲームみたいなのをやっている様なものなんですから!」

「そんなぁ。デイジー、みんなの恋ばなをもっと聞きたいのに!」

「わたくしとしては、こうなんというか、やはり負けられませんわ! そんな想いのたけを吐露するだなんて恥ずかしくて・・・・・・」


 アシュリーが困った顔で笑った。何とか自分が負けずに済んでほっとしているようだった。


「うわぁぁぁん! アシュリーの文通がどう進展しているのかも聞きたかったよぉ!」


 デイジーが泣いて悔しがる。かなり他人の恋の行方に興味があったようだ。罰ゲームを言い出したのは彼女なのだが、自分で罰ゲームをやる羽目になっている。


「そこはほら。デイジーが今気になるお相手の話をするって言ういつもの流れが出来たって事で、ね」

「リレイだってこの間ジェバンニさんが来た時、なにかしらやりとりしたんでしょう?」

「私の話は良いの!」

「うーん。みんな隠し事好きだからなぁ。仕方ないね。デイジーのお話をするね。今、乗合馬車の御者をやっているトレイルさんが気になっているの。物静かな方なんだけれど、その後姿がかっこよくて」


 デイジーはまたしても以前とは別の男の話を始める。


「トレイルさん? それはまた意外な名を出しましたわね。ポポカカ村と隣町を結ぶ街道の往復馬車の御者さんでしょう?」


 アシュリーの人名録にもきちんと載っているようだ。何気に彼女は村中の人間を把握している。


「そうなの。がたんごとんと揺れる馬車。目指すは遠く。彼はどこまでもデイジーを運んで行ってくれるの。彼と一緒に夢の世界へ行ってみたいな!」


 デイジーは御者のトレイルの事を思い浮かべてうっとりしている。そんな隙をシャルロッテは見逃さない。


「乗り合った馬車での愛の逃避行。向かう先は二人のスウィートな未来ってところかしらね」

「そうそうそんな感じ? 彼の手綱に身を任せて生きるの!」


 デイジーとシャルロッテが二人合わせたシナジー効果で盛り上がっている。


「君ってさぁ。本当にころころと相手を変えすぎなんじゃないのかい? 愛の薄い女だなぁ」


 ヘクターがいつものようにデイジーに突っかかる。


「多くの人を愛せるのは、それだけ多くの愛を持っているということよ!」


 デイジーが開き直る。ヘクターといがみ合いをはじめていた。

 デイジーの言葉を聞いたリレイは思った。好きな相手が次々変わるデイジーの事が、時折わからなくなると。好きな人と言うのはそうそう変わるものなのだろうかと。


「あーあ。まったく君は他の二人を見習ったらどうなんだい」


 ヘクターが相変わらずリレイやアシュリーとデイジーを比較する。


「二人は二人。デイジーはデイジーなの! 大体あんたは好きな人なんているのかしら! 誰かを本気で好きになったことはあるのって話!」

「なっ、ばかにするなよ! 僕にだって好きな人くらいいるやい!」


 デイジーとヘクターがにらみ合いを始めてしまった。


「なにさ! 馬鹿みたいにデイジーにばっかり突っかかってきちゃって! 人を好きになった事も無いような空っぽ人間の癖に!」


 デイジーがつーんとした態度を返すと、ヘクターもなにくそと反発する。


「ははっ! 君みたいに誰からも相手にされないよりは、ましさ!」


 今日の二人の喧嘩はいつもより激しかった。


「まぁまぁ、二人ともやめてよ・・・・・・」


 リレイが二人の仲裁に入ると、一応の間は取り持たれた。そしてその日の御遊び会は終わりとなる。皆散り散りに帰宅して行った。

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