冬支度
リレイはがばりとベッドから起き上がった。・・・・・・自室だった。先ほどまで夢を見ていた事を理解する。胸が鼓動している。ひどく興奮しているようだった。外を見るとまだ暗い。
「どうしたのかしら?」
不意に聴こえてくる声。シャルロッテがリレイに気が付いたようだ。
「あぁ、なんだか不思議な夢を見たの。とても大きな竜の幻影。それが我を宝玉から解き放てと伝えてくるの」
リレイは夢で見た光景を反芻する。明らかに何らかの力を持った存在と思わせる雰囲気の幻影と対峙したのだ。
「宝玉・・・・・・竜。それは魔神竜が封じられし宝玉の事かしら?」
シャルロッテは何か思い当たる節があるようだった。
「なぁにそれ?」
「リキッドが持ち帰った物の一つよ。太古の昔に世界を荒らした魔竜を封印した宝玉なの。大国同士がこれを求めて戦争をするため、元々安置されていた場所を移す必要があり極秘で持ち帰ってきた神秘のアイテムなの。今も倉庫内に置かれていたはずよ。宝玉を掲げて『封じられし災い、開放する』と叫べば封印は解かれるとか聞いたわ。まぁ、暴れ者の竜らしいから開放しない方がいいでしょうね」
「それってなんだか大変そうなアイテムだね! でもどうしてその竜の夢を見たのかしら?」
リレイは不思議そうに首をかしげた。
「それはなんでしょうね。これまでそんな話は聞いたことが無いわ。何か意味があるんでしょうね。それよりちゃんと眠らなくて平気なのかしら? あたしは平気だけれど」
「あっ、そうだね! まだ夜だし、もう一眠りするね!」
リレイはもう一度布団を被りなおした。そしてまた同じような夢を見ませんようにと祈りながら眠りに付いた。その後は幸いにして朝までちゃんと眠れたようである。
翌日の事。リレイは母親に呼ばれて階下のリビングまで向かった。リビングではアレイラが沢山の植物の茎を部屋へと積み込んでいた。
「リレイ。冬の保存食のために芋茎を用意したわ。お母さんはこれから生姜を買い込みに出かけるから、これらをお出汁で煮詰めておいて頂戴」
アレイラは大量の里芋の茎を床に置いて、再び出かけて行った。
リレイは里芋の茎をキッチンまで運ぶ。そして大量の芋茎を丁寧に水洗いしていく。
と、そこにシャルロッテがやってきた。
「あらあら。なんだか大変そうな作業をやっているわね」
「あぁ、これ? 冬に食べる為の食料を加工して保存しておくんだよね。これをやっておかないと冬場に餓死しちゃう! 冬は食料品も高くなるし」
リレイはシャルロッテの目の前で泥を落とした芋茎を積み上げていく。
「その青々とした茎、冬までもつのかしら? その前に腐ると思うわ」
「だから保存食に加工するの!」
リレイは洗い終えた芋茎の皮を剥き始める。灰汁でリレイの手は真っ黒になった。皮を剥き終えた芋茎は大鍋の中へと放り込まれていく。やがて全ての芋茎の皮を剥き終わったら、鍋に乾燥させたキノコや魚を投げ込んで行った。そして鍋を水で満たしてから火を起こす。次第に大鍋に張られた水が沸騰を始める。
「おいもじゃなくて茎の方を食べるのね」
シャルロッテは暇そうにリレイのやる事を見ていた。特に手伝おうという様子は無い。
「そうなんだよ。これを後は水が飛ぶまで煮詰めていくの。だからお鍋の番をしていなくちゃ」
リレイは鍋の前の椅子に座った。煮詰まるまでは相当時間が掛かるだろう。鍋はぐつぐつと音を立てて沸騰している。
「冬越えもほんと大変なのね」
「そうなんだよ。でもやらなきゃ。煮詰めた芋茎は後で天日干しにしてからからに乾燥させるの。そうすると縄に出来るので、それを乾燥した場所に置いておけば冬の間は保存の利く食べ物の出来上がり。お母さんが買いに行っている生姜も保存食にしておくんだよ。風邪に効くとかで、冬の間に芋茎のスープに刻んでいれるの」
「食事がいらないってほんと楽で良いわ」
シャルロッテはリレイが遊び相手になってくれないと思って、その場を去って行った。リレイは大人しく火の番をしている。鍋の水分が飛ぶまではじっとしていなければいけないからだ。
ずっと火を見つめ続ける。ふと、リレイは昨日の夢の事を思い出した。我を解放しろという竜を。宝玉に封じられていると言うが、何をやって封じられたのだろうかと。反省しているようなので、助けてあげても良いのではないかと考えていた。誰だって失敗はする。でも自省しているなら許されて良いのでは無いか、と。竜のどこか寂しげな声が耳に残り続ける。正確には耳で聞いたのではなく、夢の中。意識の中で聞いたのであるが。
鍋がぐつりぐつりと煮立てられている。そこの方が鍋底で焦げ付かないようにと、時折かき混ぜぼうで鍋をかき混ぜる。煮立てられて色が赤茶色に変わった芋茎が鍋の中をたゆとう。
しばらくしてから母親のアレイラが帰ってきた。手には大きな麻袋を持っている。アレイラは麻袋をキッチンの床にどさりと置いた。
「生姜を大量に買ってこれたわ。これで今年の冬も乗り切れる。芋茎のほうはどうかしら?」
「お母さん。芋茎はもうしばらくお鍋で煮込んでおく必要があるわ」
リレイはそう言いながら、鍋をぐるりぐるりとかき混ぜている。
「じゃあ、あとはお母さんに任せなさい。あとは遊んでいてもいいわよ」
「はーい」
アレイラはリレイからかき混ぜぼうを受け取る。鍋の番を引き継ぐようだ。リレイは大任から解かれ、晴れて自由の身となった。しばらく座っていたので、じっとしているのもなんだろうかと散歩へと出かけようとする。




