災禍の渦中
それから二日後のこと。リレイは自室でシャルロッテとおしゃべりをしていた。それは他愛の無い会話だった。
「ねぇねぇ、シャルロッテ。あなたはどうやって浮かんでいるの?」
リレイはシャルロッテがふわふわ宙に浮かんでいるのが不思議だった。羽が生えているわけではない。だがシャルロッテはれっきとした人形の体を持っているが、どうやっているのか宙にふわふわ浮かぶのだ。
「ポルターガイスト現象って知っているかしら? 物が宙に浮かぶ心霊現象よ。あれも幽霊がやっているの。あれと同じ力で宙に浮かんでいるのよ」
「シャルロッテって本当に幽霊系の魔物なんだね。昼間でも出歩けるから本当に幽霊なのかなって思っていたけれど」
「普通の幽霊は昼間でもその辺をうろついているわ。夜にしか現われないのは悪い子なのよ」
その理屈ならばシャルロッテは普通の幽霊という事になる。
「そうなんだ! そうだ。今日は良い天気だし、一緒にお散歩に行こうよ!」
リレイがシャルロッテを散歩に誘った。それはいつもの事だった。
二人で村の中央まで向かう。なんら変わらないいつもの光景。しかし、彼女たちが村の中央にたどり着いたとき、少々周囲が騒がしい。見ると村のどこかから黒い煙が立ち上っていた。
「あれ、なんだろう?」
リレイが異変に気が付いたようだ。
「火事かしらね?」
シャルロッテは即座に判断した。家事で出る煙はあのように黒くは無い。
「行ってみよう」
二人は予定を変更して、煙が昇っている場所を目指した。
たどり着いたのは花壇坂。人々が右往左往している。煙が出ていた家は・・・・・・リレイ以前訪れたおばあさんの家だった。
大人の男達が燃え盛る家からお婆さんを連れ出した。
「家人を助け出したぞー!」
救出した男が叫んだ。だが、老婆は狼狽している。
「大変なの・・・・・・リリンちゃんがまだ中に・・・・・・」
老婆の嘆きを男は無念そうに聞いている。
「飼い猫か? もう家の中は危険だ。崩落する恐れがある。助けるのはもう・・・・・・」
男が首を横に振った。お婆さんはとても悲しそうな表情をする。
リレイはその様子を見ていて、とても気の毒に思った。娘同然と言った猫が燃える家の中にまだいると言うのだから。
「ねぇ、シャルロッテ。お婆さんを、お婆さんの飼い猫を助けられないかしら?」
「なんとかできるわ。いつも持ち歩いている鏡扉の鍵を使いましょ」
シャルロッテはロープでゲートを作り、もぐりこんですぐに戻ってきた。その手には古びたマントが握られている。
「ねぇ、それって?」
「耐火のマントよ。火や熱を遮断するの。これがあれば燃え盛る家の中に入っても大丈夫よ」
シャルロッテがマントをリレイに差し出した。リレイは即座にやるべき事を理解する。マントを羽織って、燃える家の中へと飛び込んで行こうとする。
「あっ。あぶない! この家はもう崩れ落ちるんだぞ!」
リレイに気が付いた大人がリレイを呼び止めようとする。
その時、不思議なことが起こった。世界が暗転し何もかもが動きを止める。そんな中、村中の時計が逆回転しながら今と言う時間を指し示す。
誰も異変には気が付かない。リレイはそのまま火災現場へと飛び込んで行った。
強烈な火炎がほどばしる家。家具も何もかもが炎の渦の中で朽ち果てていく。煙が家の中に充満していた。リレイは本能的に煙に危険を感じ、マントで口元を覆った。すすがマントに遮断されて呼吸の後に黒くこびりつく。
マントの力で不思議と熱さは感じなかった。
リレイは家の中で怯えている猫を見つける。
「リリンちゃん。おいで!」
リレイが呼びかけると、猫は駆け込むようにリレイの元へと駆け寄った。リレイは抱き寄せる。猫はぶるぶると震えていた。怖くて動けなかったようだ。
リレイは猫の無事を確かめると、一目散に燃える家を飛び出した。少女と猫が家を出るのとほぼ同じタイミングで、燃えていた家はガラガラと崩れ落ちた。後一歩遅かったならば、少女も猫もあの崩落した天井に押しつぶされていただろう。それは耐火のマントだけではどうにも出来なかったに違いない。
「おばあさん。リリンちゃんは無事です!」
リレイが猫をお婆さんに渡す。
「リレイちゃん! 怪我は無い? 大丈夫? あなたにもしものことがあったならば、わたしは親御さんに顔向けできなかったわ! リリンちゃんも大事だけれど、あなたも代わらないくらいに大事なのよ?」
お婆さんはリレイの心配をした。それからぶるぶる震えていた猫を受け取って抱きしめる。お婆さんは飼い猫の無事を確認し、ほっと胸をなでおろしたようだ。
「私なら大丈夫です。お父さんの置いて行った魔法の道具があるから!」
少女は自信満々にそう語る。しかし、リレイが思うほど道具は万能では無いのだ。もしかしたら二次災害に遭っていたかもしれないのだ。それでもリレイは耐火のマントをひるがえしてみせる。人々も、リキッドの残した魔法の道具の力ならばと納得する。
ふわふわ浮かぶシャルロッテがリレイのそばによって来た。
「無事だったみたいね。使い方もろくに聞かずに飛び出した時はどうしたものかと思ったわ」
シャルロッテは怒っていた。これで何かあったらなんとしたことかと。
「ごめん。でも、じっとしていられなくて。私、誰かが悲しんでいるのに耐えられないの」
それはリレイの性格だった。困っている人を見過ごせない。手を差し伸べずにはいられない。悲しんでいる人の力になってあげたい。そういう想いに、衝動に突き動かされて危険な行動に出たのだ。
「リレイはやっぱりリキッドの子ね。その無鉄砲さが彼の性格がそっくりだわ」
シャルロッテは呆れ顔でリレイを見る。リレイは父親と同類といわれた事が、なんだかちょっぴり嬉しかった。
こうして騒動は被害者が誰も出ずに幕を下ろした。
人助けを出来て満足した少女が家に帰った時、なぜか騒ぎを知っていた母親からはこっぴどく叱られることとなるのであるが。




