悲劇
「なになに? 今日はとても嬉しそうね?」
人形はリレイが浮かれている事に気が付いた。
「そうなの! 今日、お父さんから手紙がきたの! もう少しでお仕事が終わりそうだって!」
リレイは両手を広げて部屋の中央でくるくる回った。
「取り掛かった仕事にはいつか終わりは来るものだもの。十年以上も掛かる大仕事だったわねまぁ、彼ならいずれやり遂げるでしょうとは思っていたけれど。それにしてもまるで空でも飛ぼうかと言うような浮かれようね」
シャルロッテに言われて、ようやくリレイは動きを止めた。
「そうよ、まるでお空を飛ぶような嬉しい気分!」
「空を飛ぶ道具ならあるから、ほんとに飛んでみたらいかがかしら」
「それも素敵ね! まるで御伽噺の妖精みたい!」
リレイは大はしゃぎしている。今ならどんな話を聞いても嬉しいだろう。
「それにしてもすごい浮かれようね。まるで祝い事がいっぺんに来たみたいな」
そこまで言って、シャルロッテは思い出した。そうだ。今日はジェバンニも来ていたのだったと。
「うふふふふ! 今日は本当に良い事尽くめね!」
「そうね、そうだったわね。・・・・・・あら、その胸のペンダントらしきものは何かしら。朝には無かったと思ったけれど」
シャルロッテがリレイの些細な変化に気が付いた。リレイは良くぞ気付いてくれましたと反応する。
「これ? えへへ、ジェバンニさんから貰っちゃった! すごいでしょ?」
リレイは自慢げにコンパクトを開いてシャルロッテに見せびらかせた。
「へぇ、これはすごい意匠のコンパクトね。・・・・・・あら」
覗きこんでいたシャルロッテは、コンパクトの鏡の縁取りのデザインに目を留めた。
「うん? どうかしたの?」
リレイがシャルロッテの様子に気が付いた。
「魔法の刻印が刻まれているわ。『汝、未来の自分の姿を知りたければ唱えよ。レテロ・ウル・ラッセ』と書かれているわ」
シャルロッテは博識だった。一般的には知られていない魔法の文字も読むことが出来るのだ。そのシャルロッテの『レテロ・ウル・ラッセ』の詠唱にあわせて、鏡は波うった。
「なにかしら? 鏡に誰か映っている・・・・・・これは誰?」
リレイは鏡に映る姿を見た。それは美しき大人の女性。・・・・・・どこかリレイのような雰囲気がある女性の姿だった。
「これもれっきとした魔法の道具だわ。きっと未来の姿を映し出せるのよ。だってそう書いているもの。ジェバンニさんという方は、これを知っていて渡したのかしら? これは相当な値打ちものになるはずよ」
「ううん。わからない。ジェバンニさんは人からのもらい物だってしか言っていなかったもん」
リレイは興味津々に鏡を覗き込む。鏡の向こう側の女性もまた、興味津々にこちら側を覗き込もうとしていた。そこにシャルロッテもひょっこりと入り込む。
「あら、やはりあたしは鏡に映っても姿が変わらないわね。これで大人の人形になっていたら面白かったのに」
シャルロッテは残念がった。
「そうなんだ。この鏡、魔法の道具だったんだ。これが未来の私・・・・・・」
リレイは呆けていた。鏡に映る姿は母親に似た雰囲気の綺麗な姿をしていた。
「未来の姿は想像できなかったかしら? きっとリレイに会ったリキッドも驚く事でしょうね。生まれた娘がこんなに大きくなったんだって」
「そうだね。私は遠見の壁鏡でその姿を見たことがあるけれど、お父さんは私の姿は知らないんだよね」
「そうよ? その時になって驚くリキッドの姿が見てみたいわ。どんな事にも動じない男だったけれど、きっと驚くに決まっているわ!」
そう言うとシャルロッテは笑った。リキッドが冷静さを崩すところを心底見てみていようだ。
その日一日はリレイにとって、とても幸せなものとなった。そして彼女は幸せのうちに眠りについた。
三日後。ポポカカ村と隣町を繋ぐ山道。そこは峠越えの道。自転車で走る男がいた。配達人である。彼は郵便物の受け渡しの為に、隣町まで毎日自転車で通っているのだ。
「ふんふんふーん♪」
鼻歌交じりに陽気に駆ける配達人。慣れた道のはずだった。だが、その日はいつもと違って、地面に落石が転がっていた。大きな石。それがカーブの先の道に転がっていた。
「うわぁぁぁっ!」
配達人の自転車が落石に乗り上げてバランスを崩す。自転車は道を大きく外れ、崖側へと飛び出して行った。配達人は崖を転がり落ちていく・・・・・・。




