リビングドールのシャルロッテ
昼近く。アレイラが外出して行った。用事でしばらく戻らないらしい。リレイはチャンスとばかりにリビングの壁に掛けられていた開かずの間の鍵を取る。
親へは素直に返事は返しているが、素直に従っているかはまた別の話のようだ。
「たしかに声を聞いたもん! 絶対誰かいるに決まっているよ!」
少女の好奇心は昨日の恐怖に勝ったようだ。陽の出ている時間なら怖くは無いようだ。リレイは開かずの間の扉の前へと立った。
開かずの間の扉の淵は、なにやら文様が描かれた符で封じられている。これは封印符だと母親から教わっていた。何を封じる物なのかは聞いていない。
リレイはゆっくりと封印符をはがし始めた。後で張りなおす為、丁寧に扱っているようだ。ひとしきり封印符を剥がしてからドアを押してみる。・・・・・・開かない。きちんと鍵が掛けられている。少女は鍵穴に鍵を差し込んで回す。ガチャリと言う音。開錠されたようだ。胸を高鳴らせる少女はゆっくりとドアを押し出す。ギギギギという軋んだ音が辺りに響く。
中は薄暗い物置だった。ところ狭しと物が積み上げられているが、それが何であるのかは少女にはまったくわからなかった。小窓から差し込まれる光が倉庫内を照らす。床に堆積した埃が、しばらく誰も出入りしていない事を思わせる。
リレイは倉庫の中に踏み込んだ。声の主は何者なのか。幽霊でもいたのだろうかと思っているが、それならばそれで今は昼だから出てこないだろうと油断していた。少女はきょろきょろと倉庫内を見回す。
倉庫の入り口付近にあった鏡台の上に人形が乗っている。リレイの背後でその人形の首が動いて少女を見た。その事にリレイは気が付かない。彼女はごそごそと物を漁っている。
「何かお探しかしら?」
リレイの背後から突然聞こえてくる声。少女は驚いて尻餅をつく。
「だ、誰? なんなのかしら!」
リレイは背後を見回すが誰もいない。・・・・・・コトリと言う物音。鏡台の上に置かれた可愛らしい人形が立ち上がって動いている。人形はぺこりとドレスのすそを持ち上げてお辞儀をした。
「あたしはシャルロッテ。ご覧の通りのリビングドールよ。あなた、お名前は?」
「わ、私? 私はリレイ。リレイ・オースティンよ」
リレイは立ち上がって人形へ向かって名乗った。
「オースティン? リキッドと同じ姓なのね」
シャルロッテが首をかしげる。リレイはリキッドと言う名を聞いて驚いた。
「あ、それお父さんの名前だ。お父さんを知っているの?」
「知っているわ。あたしがここにいるのはリキッドのせいだもの。あたしね、元々は幽霊屋敷にいたのよ。そこにリキッドがやってきて出会ってね。この屋敷はもうじき解体されるから、俺についてこいよ! って言ったのに、まさかこんな薄汚い倉庫に入れたままにするなんてひどい男よね。あなたもそうなのかしら?」
シャルロッテがふわりと宙に浮き、リレイに近づいてくる。
「えっ? そんなひどい事しないよ! お父さん、最低! まるで釣った魚には餌をやらないんだ! って言っている男の人みたい!」
リレイがその場にいない父親に憤慨する。
「そう思うでしょ? 子供が大きくなったら友達になってやってくれって言っていたのに、仕事で家を空けないといけないからここの見張りを頼む、ってあたしを放り込んでおいて、出入り口を封印しちゃったのよ!」
シャルロッテはふわふわ宙に浮かびながら、むきーっと怒った。
「あー、お父さん。私が生まれる時に家を出て行って、それきり帰っていないみたいだからね」
「いくらなんでも閉じ込めたままにするなんてひどいじゃない!」
シャルロッテが床に下りて、どんどんと地団太を踏んだ。ふわりふわりと埃が舞い上がる。
「わかったわ。私がここから出してあげる!」
リレイはそう言うとにっこり微笑んだ。少女の言葉に人形は飛び上がった。
「やったわ! やっとあたしも自由になれるのね! そうだわ、あなたの友達になってあげる!」
シャルロッテはもろ手を挙げて大はしゃぎしている。
「ほんとう? それは素敵ね! ぜひともお友達になりましょ!」
リレイは人形からの意外な申し出に喜んでいる。
「不思議ね。あたしを気味悪がらないなんて。普通の人は逃げていくわ」
シャルロッテは小首をかしげて不思議そうにリレイの顔を見上げた。
「なぜ逃げるの? 動いてしゃべるお人形とお友達になれるなんて素敵じゃない!」
リレイは床に立つシャルロッテを抱き上げる。
「あたしは幽霊屋敷から連れ出された亡霊よ。普通の人間は怖がるわ。あなた、どこか変わった子ね!」
「それは些細な問題ね。それにここはお父さんの秘蔵のアイテムが置かれている倉庫よ。お父さんが大事に仕舞っているなら、悪いモノじゃないでしょ」
「おかしな子。さすがリキッドの娘さんね」
人形の表情は変わらない。どういう感情で台詞を言っているのかは読み取れなかった。
「それにお父さんから紹介されて友達になるはずだったのなら、今そうなったと思うことにするわ。その方がなんだか素敵でしょ?」
リレイがシャルロッテを両手で持ち上げて見上げる。
「そうだけれど、亡霊だったものを娘にプレゼントしようとしていたのだから、リキッドも大概よね。どうすればそんな事を思いつくのかしら」
「ねぇ、シャルロッテ。お父さんの話も聞かせて欲しいな! 私、お父さんの事知らないから」
「えぇ、御安い御用よ。では、よろしくね、リレイ」
「えぇ、仲良くしてね。シャルロッテ。じゃあ、ここは早くでましょ。扉を封印しなおさなきゃいけないから」
リレイは倉庫を出ようとする。と、シャルロッテがふわりと浮かんで壁付近に近づいた。