困り果てている老婆
翌日の日中。リレイは集落の中を一人で散歩していた。デイジーやアシュリーは家の用事があるとかで、その日は一緒に遊べなかったからだ。シャルロッテは完全なインドア派なので、じっと家に閉じこもっている。亡霊の類が陽の当たる場所の下を好まないのは当然であるが。
リレイが花壇のある通り道を歩いていると、向かい側から二人組の大人の男性が歩いてくる。彼らはなにやら深刻な表情で話し合っていた。
「三本木の家のお婆さんの世話に困ってきたな・・・・・・一人暮らしのお婆さんだから話し相手すらもいない。家も村はずれだからあまり人も訪れんしな」
「あぁ、ばあさんが旦那を亡くしてから村でずっと面倒を見てきたが、そろそろ負担もきつくなってきた。何とかしてやりたいのは山々だが・・・・・・」
そんな会話をしながらリレイの横を通り過ぎていく。リレイは三本木の家のお婆さんのことは知っていた。そして子供心に、お婆さんが一人で寂しくしていると言うのなら、自分が話し相手になってあげようと考えるのだった。
お婆さんの家は村を出てから森の方角へと向かったところにある。もとはきこりのお爺さんと一緒に暮らしていたが、お爺さんが先立ってからはずっと一人暮らしのようだった。
リレイは家の軒先に立ち、玄関のノック用の取っ手でドアを叩く。コンコンと言う乾いた音。しばらくしてから女の人の声が聞こえてくる。
「はいはい。なにかしらねぇ」
柔和な顔のお婆さんが姿を現した。
「ごめんくださいな。お久しぶりです、ローザお婆様」
リレイはぺこりと礼をする。リレイの顔を見たローザは驚き、そして笑顔となった。
「あらあら、リレイちゃんじゃないの。お久しぶりねぇ! さぁさぁ、あがって頂戴な」
ローザがドアを開けてリレイを招き入れる。リレイは招きに応じた。
お婆さんの家は質素な家だった。旦那が飾り気を必要としない人だったので、家の調度品等は全て実用性重視だった。それもあって実にシンプルな遊び気の無い空間がそこにはあった。
「今日は一体全体どうしたのかしら?」
ローザはもてなしの果実汁を出す。
「村の人からローザさんが一人で過ごしていると聞いて、自分が話し相手になれないかと思って来ました」
「まぁまぁ、リレイちゃんは優しい子ね」
ローザは喜んだ。小さな子が自分を気遣って来てくれた事が嬉しかったようだ。話し相手がおらずに寂しく暮らしていたのは本当だった。だからローザはリレイとの話に花を咲かせた。
話の話題となるのは様々。リレイはおばあさんの話を聞きたがった。そしてローザは、今は亡き夫との思い出話を語って聞かせる。それはとても素晴らしい話で、リレイは聞き入っていた。それでもその話には終わりが来る。その夫を亡くした話が。
「夫が無くなってからは、村の人達にお世話になってばかり。だからなんだか申し訳なくて・・・・・・」
ローザはふっと表情に少しだけ暗い影を落とした。
「そんな! 困っている人を助けるのは当然の事だわ!」
「いえね。自分では稼ぐことも出来ないから、食べ物も貰ってお世話になっているのよ。皆の負担になっているからなんだか申し訳なくて・・・・・・」
お婆さんの話にリレイは村の大人の男の人達が何に思いつめていたかを知った。お婆さんの経済援助に困り果てていたようだ。それには流石のリレイも軽々に言葉を挟みこめなくなった。
「それは・・・・・・でも、困った時は村の人達で助け合うのは大事な事だから、お婆様は何も悪くないわ!」
「リレイちゃんは優しい子ねぇ」
ローザはリレイに気を使われている事に即座に気が付いていた。だからそれ以上は何も言わなかった。
しかし、リレイはあれやこれやと考えをめぐらせる。
「そうだわ! お婆様に良い物があるの!」
リレイは何かを閃いたようだ。
「なにかしら?」
「ちょっと待っていていらして!」
リレイはローザの家を飛び出して行った。そして自宅へと駆け込んでいく。向かうのはキッチン。そこにあるスープが満たされる皿と木蓋を持ち出す。そして自室のシャルロッテに尋ねた。
「ねぇ、シャルロッテ。これを使う時は昨日の魔法を唱えると良いの?」
「急に何かしら。そうよ。木蓋をしてから『ほんにゃかほにゃほにゃ。魔法のお皿よ、スープで満たされろ~』と唱えると良いのよ。気をつけるのは、その時平らな場所の上に置くことよ。そうしないと皿からスープが溢れて大量にこぼれ出ちゃうから」
「わかったわ!」
リレイはそれだけ告げると、自宅を飛び出していくのだった。




