落胆
リレイは再びステラの店に戻る事となったが、いきなり話を聞きに来たと思われるのは避けようと、先ほどの買い物の代金の余りで買い物にきたことにした。
「ごめんくださいな。縫い物に使う針はありますか?」
リレイは店の扉を開いて中に声を掛ける。しばらくわざと店の扉を開けたままにした。こうしていれば、ヨーゼフはステラに気付かれずに中に入れるはずだった。
「あら、他にも必要な物があったのね? どの大きさの針が欲しいのかしら? 手縫い針でよいかしら」
ステラは店の木棚の中を漁る。
「はい。あと継ぎ当てようの布もあれば」
それは服に開いた穴を補修する為の布の切れ端の事だった。村の人々の服は、なんども穴を修繕した服を着ているのだ。それは少女も例外ではない。そしてそれは自分でやれるのだった。
「えぇ、良い布があるわ。待っていてね」
ステラは紙袋を取り出して商品を中に容れていく。
「ねぇ、ステラさん。ヨーゼフさんに先ほど聞いたのだけれど、ヨーゼフさんは明日にも村を出て行くんですって」
リレイの話の切り出しに、ステラは思わず仕事の手が止まった。
「えっ、あぁ、なんだい。そんなことかい。それはまた急な話だねぇ」
ステラは見るからに不自然な動きをとった。思わず何を探していたのか忘れ、棚の前を右往左往している。
「このままじゃあ何も言えないままお別れになっちゃうよ? 用意していた皮の手袋を渡して、送り出してあげなきゃ!」
リレイはステラが慌ててそうしようと言い出すのを期待して話を出した。
「そうかい。いまさらなんて顔をして送り出したらいいか、わかんないよ。放っておくとするさ」
ステラは半ば諦め気味に答えた。それはリレイの望んでいた反応とは異なった。
「そんな! ステラさん。ヨーゼフさんを応援したい気持ちはあったんでしょう?」
「良いんだよ。どうせこちらの言う事なんて伝わりゃしないんだから!」
ステラは完全に吹っ切れているようだった。
「良くないよ。何も良くないですよ! どうして諦めちゃうの?」
「いいのいいの。はい。針と布ね」
ステラは紙袋に品物を入れ終えて、リレイに差し出した。
「ステラさん、あのっ!」
リレイが何かを言いかけたとき、見えない何かがリレイの裾を引っ張った。
「馬鹿息子の事はあきらめたから、良いのよ」
「あっあっ・・・・・・・・」
リレイは何も言葉が言えなくなった。流れに従って代金を手渡す。
「心配してくれてありがとうね。おかげでこっちも決心が付いたよ」
ステラが少し寂しそうにほほ笑む。
想定していなかった事態にリレイは呆然とした。そしてふらりふらりと店を出て行く。雑貨屋を出て裏手に回ったところでヨーゼフがヴェールを外す。
「いつもと大して変わらなかったな。まぁ、あのババァなんてそんなもんだよ」
ヨーゼフがヴェールをリレイへつっかえ返した。リレイはしょんぼりと視線を落としながら布を受け取る。大して役に立てなかった事に落胆し、このまま親子が不仲のまま終わる事を危惧して悲しんだ。リレイはヨーゼフに頭を下げた。
「・・・・・・すみません。なんのお力にもなれずに」
「あんたが思い悩む事じゃないさ。これはうちの問題なんだしな。ま、そんな余所の家の問題に首を突っ込むもんじゃねぇってことよ。じゃあな」
ヨーゼフは大して落胆もせず、まぁこんなもんかと言わんばかりにその場を去って行こうとした。




