不思議な村のリレイ
白き羽根の生え、地表が真っ赤に染まった月が浮かぶ夜。巨大な湖のほとりにある大渓谷の底に、巨大などんぐりが転がりキノコが生えている。人々はこれらをくり抜いて木窓を付けた物を住処として住んでいた。その集落はポポカカ村と言う小さな集落だった。
ポポカカ村の中にある赤いかさの巨大なキノコもまた、くりぬかれて人の棲家となっていた。全ての物語はその家に住む少女を中心として紡がれる。
誰もが寝静まる深夜の時間に、少女リレイは目を覚まして起き上がった。寝巻きに身を包んだ姿はまだ幼い。少女はベッドから身を起す。真っ暗い部屋の中、ナイトテーブルに置かれた油皿の灯芯に火を灯して明かりをつけた。彼女は油皿のふちを持って寝室を出る。
何の事は無い。小さな子供、年齢は十二、三歳くらいであるが、そんな子供がトイレに起きただけの事だった。
リレイは心もとない明かりを手に階段を下りる。一階の廊下を歩いている際、壁に封印札が沢山貼られた仰々しい扉の前をやや足早に通り過ぎる。そして廊下の突き当たりにあるトイレへとたどり着いた。
年頃の少女のあられもない姿の話をするのはやめておこう。ともかく少女は無事目的を果たす。そして再び油皿を手にもと来た場所へと戻る。
封印札の貼られた扉の前を歩く時、リレイは何か物音を聞いた。そして扉の前で足を止める。
「誰? お母さん?」
リレイは不安そうに声を上げた。彼女は確かに物音を扉の向こう側から聞いた。しかし、尋ねた相手が扉の向こう側にいるはずは無いのだ。そこは普段は開かずの間。母親から中に入る事を禁じられた場所なのだから。そしてそもそもが夜中にそんな場所へ母親がいるはずも無いのである。
くすくすくすくす。小さな女の子の笑い声が聞こえてくる。
「ねぇ、誰かそこにいるの? あたしと一緒に遊びましょう!」
確かに聞こえた女の子の声。リレイはさーっと顔の血の気が引くのを感じた。そして一気に駆け出していく。自室へ飛び込み油皿の火を吹き消し、自分のベッドに飛び込んで布団を頭から被る。リレイはそのまま朝まで眠れなくなるのだった。
朝が来れば日が昇る。大渓谷の底の村にも陽の光は届く。空は雲ひとつなく真っ青で、中空には巨大な輪が地上を取り囲むように広がっている。この星には土星のような輪があるのだ。その輪が天を切り裂くように空を横断している。地上にあるキノコの家から突き出たレンガの煙突から朝餉の為の煙が昇っていた。
リレイが眠そうな表情でダイニングまで降りてくる。結局昨夜は一睡もする事ができなかったようだ。彼女は怖い夢を見た時にも眠れなくなる事があったが、昨日の出来事は怖い夢にも勝るとも劣らず怖かったようである。
母親のアレイラがキッチンで小さなキノコを切り刻んでいた。麦粥に入れて卵を落とし、キノコ粥を作っているのだ。薪火で温められた麦粥が鍋の中で煮込まれている。
「あら、リレイ。眠そうな顔ね。どうしたの?」
アレイラはリレイの様子に気が付いた。料理をしながらでもわが子の様子はちゃんと見ているのだ。
「うん。昨日の真夜中、おトイレに起きたら開かずの間の倉庫から女の子の声が聞こえてきて・・・・・・」
「開かずの間? 普段は鍵をかけているんだから、誰も中に入るはずがないでしょ? きっと気のせいよ!」
「そうかなぁ。確かに聴こえたんだよ? 一緒に遊びましょうって!」
アレイラがくすりと笑った。手元のキノコ粥が煮えたようだ。彼女は鍋を持ってダイニングテーブルの鍋敷きの上に置いた。キノコ粥の湯気が立ち上る。
「真夜中に遊びに誘うなんて悪い子がいたものね。それよりも朝ごはんにしましょ」
母親は子供の話を軽く聞き流しながら、麦粥を木の皿によそった。テーブルには既に淡水魚の焼き魚が置かれている。近隣の大湖で取れた魚だ。ハーブと果実汁が振りかけられている。
リレイは瓶の中の果実汁をコップに注いだ。近くの森で取れるポロッコの実を絞ったジュースだ。彼女は毎朝このジュースを飲んでいた。
「お母さん。どうして開かずの間には入ってはいけないの?」
そう言いながら少女は麦粥に木のスプーンを潜らせる。浮かんだキノコと卵と一緒に麦粥を掬い上げて口にする。
「あそこにはお父さんが世界各地で手に入れた秘宝が置いてあるの。使い方はよくわからないし、危険な物もあるから封印しているのよ。だからあそこにははいっちゃダメよ?」
「はーい」
リレイは素直に返事をすると、もくもくと朝餉を食べ始めた。豊かな食事に預かれば、昨日の晩の怖い怖い出来事なんて忘れてしまったようだ。