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【読み切り版】エルフの姫とアプラサスの涙〜女神の末裔たちの冒険恋愛譚〜

作者: 葉月ナツキ
掲載日:2023/01/26

1万文字程度で読める短編版です。よろしくお願いします!



 いつの日か、呪われし者たちに女神の祝福があらんことを。



 場所は王族が統治する国の市場。短い金髪の少女は果実を売っていた男の前で足を止めた。


「オジサン! その真っ赤に熟れた林檎を一ついただける?」


「まいど! 金髪の可愛いお嬢ちゃん。おまけにもう一つサービスしとくよ」


「わぁ、ありがとう! うん、美味しい」


 懐から出した銅貨二枚と引き換えた林檎に齧り付きながら耳を隠すようにターバンを巻いた金髪の少女は満面の笑みを浮かべ、店主に礼を言った。


「それにしても見事な金髪だな……嬢ちゃん、ここら辺の人間じゃねーだろ?」


 少女の髪を物珍しそうに見つめる店主。その視線に少女は「え?」と肩を跳ねさせる。


「え、ええ……マリーナの田舎から勉強をしに来たの。今までずっと家の手伝いばかりで教育を受けていなかったから」


 言葉は震え、目は微かに泳いでいた。それでも気のいい店主はそれが少女の嘘だと気付いていながら知らないフリをした。


「そうかい、遠いところからよく来たね。ようこそ、中央大陸最大の国、ダリアへ。ここは貿易の為に色んな地域の人間が入り乱れる場所さ。お嬢ちゃんも気張らず羽を伸ばすといい」


「ありがとう、優しいのね」


「いやいや、地方から来た人間に優しくするのは当然のことさ。ところでお嬢ちゃんは誰かと一緒じゃないのかい? 見たところ、一人のようだけれど」


 店主は少女がたった一人で行動していることに疑問を持ったようだった。


「それが……一緒に行動している人とはぐれちゃって。お腹が空いて歩いていたところで林檎が見えてどうしても食べたくなってオジサンに声をかけたのよ」


「そうかい……それは心細いだろうに。お連れの特徴は? もうすぐ夕暮れだ。俺は朝からこの場所にいるからもしかしたらお嬢ちゃんの力になれるかもしれない」


「えっと……一緒に行動していたのは長い銀髪に眠そうな目をした男の人。名前は確か……そう、ノエル。名の知れた傭兵らしいんだけれど、オジサン知ってる?」


 少女の言葉に店主の笑顔が崩れ、次第に強張る。その反応から店主が何らかの情報を知っているということは少女にも一瞬で伝わった。


「ノエルって……まさか《不死身の傭兵》のことかい?」


「そう、それ! あの人、結構有名人なのね」


 少女はモヤが晴れたように表情を明るく変えた。店主には、男の素性を知らない少女の姿が信じられなかった。

 少女の連れは国中で、否、世界中で知らない者はいないであろう程に有名だったからだ。知らない者がいるとすれば、よほど閉鎖的な場所で生活をしていた者に限られる。


「あの男を知らないなんて……ま、まあいい。今のは聞かなかったことにしよう。お嬢ちゃんも無闇にその話をしてはいけないよ、いいね?」


「どうして?」


 首を傾げる少女に店主は辺りを気にしながら小声で言った。


「あの男はあまりいい噂を聞かないからさ。俺は気にしないが、他の奴らは異端者をいじめるのが趣味みたいなところがある。だからお嬢ちゃんも気をつけな」


 店主は少女の青と緑の瞳を遠慮がちに見ながら言った。


「え、ええ? 分かったわ」


 少女は店主の忠告に首を傾げるばかりだった。


「もうじき日が暮れる。今日は店じまいにするよ。ここで知り合ったのも何かの縁、もしよければ今から俺の家で少しだけお嬢ちゃんに勉強を教えてやろうと思うんだが、どうだい?」


 市場では日が傾き始めると共に明るい時間に陳列される商品から夜に陳列される商品へと様変わりする為に周辺の人々が準備を始めている。普段は夜に出店が並ぶことはない。これはダリア国に新国王が近々即位するにあたって国中がお祭り騒ぎになっている為だ。果物店の店主も例外ではなく、夜に店を出す者に場所を明け渡す為、売れ残った商品を木箱へ戻しながら少女へ声をかけた。


「え、でも……」


 店主の言葉に少女は即答することが出来ず、困ったように眉を下げる。


「心配しなくていい。お嬢ちゃんの連れが本当にあの男なら、居場所に心当たりがあるんだ。少しの間、寂しいじじいに付き合ってくれないか? お嬢ちゃんにとっても悪い話ではないだろう」


 少女は戸惑っていた。店主の提案は素直にありがたいものだったが、無闇に歩き回ることが得策だとは思えない。

 最終的に少女の出した答えはーーーー


「じゃあ、お願いしようかしら。でも、お礼は何も出来ないかもしれないけど、いい?」


 申し訳なさそうに首をすくめて店主を見る少女。

 商品を全て木箱に仕舞い終え、店じまいを済ませた店主は「がはは」と大口を開けて笑った後、少女が手に持っていた齧りかけの林檎を指差して言った。


「お礼なら、俺が手塩にかけて育てたそいつをお嬢ちゃんが美味しいって食べてくれたことで十分だよ」


「オジサン……」


「それじゃあ行こうか。話が終わる頃にはお嬢ちゃんの連れも見つかるだろうよ」


「ええ、お願いするわ」


 金髪の少女は木箱を抱えて歩く店主の後を追ってにぎわう市場を後にした。




*   *   *




 人通りの多い市場から二つ路地を挟んだ先の住宅地に店主の住む小屋があった。

 中に足を踏み入れると六畳ほどの広さがある正方形の部屋に木製の机と椅子があり、簡素な台所が設置されているのが見える。低い食器棚の上に筋肉質な男性と仲睦まじく肩を組む店主の写真が置かれている以外は150センチある少女の背丈ほどの観葉植物があるだけで特に変わったものはない。


「男一人の汚い部屋だが、我慢してくれ」


「普段、森を駆け回っている私からしてみればとても綺麗だから安心して」


「はは、お嬢ちゃんはたくましいな。ほら、こっちに地下へ続くハシゴがあるんだ。目的の部屋はその先」


 店主は部屋の一角に置かれた観葉植物を持ち上げ、敷かれていた絨毯をめくる。そこには人が一人通れる程度の大きさがある取手のついた床があった。


「ここを通るの?」


「ああ。しばらく開けてないから埃っぽいかもしれないけど、な!」


 力任せに店主が床の取手を引き上げると、ひんやりとした冷気と共に地下へ続くハシゴが現れた。


「俺が先に降りて灯りをつける。お嬢ちゃんは明るくなってからゆっくり降りてきなさい」


「うん、分かったわ」


 言われるがまま、店主が灯りをつけるのを待ってからハシゴを降りた金髪の少女の視界に映り込んだのは、部屋一面を覆い尽くすほどの大量の本だった。


「すごい……こんなに沢山」


「実は若い頃、城でほんの少しの間だったが現王様の家庭教師をしていた時期があってな。事業が失敗し、妻と別れて借金を背負ってしまってからは豪雪地帯のフェンネルや暖かいブロッサムで林檎やオレンジなんかを栽培しながら生計を立てているんだよ」


「そうだったの……あの果実はどこかに委託して販売したりしないの?」


「今のところはあの市場で個人的に売ってるだけだな。借金があるからまともに取り合ってくれる業者がいないのさ」


「…………」


 店主のほの暗い過去を聞き、少女は返す言葉が見つからず、申し訳なさそうに視線を床に向ける。そんな少女の姿に気がついた店主は話題を変えようと明るい声色で言った。


「はは、余計な話をしちまったな。ほら、さっそく始めよう。ここに座ってくれ」


「いえ……話してくれてありがとう。お願いするわ」


 店主は木製の椅子に積もった埃を手で払い、少女を座らせると机の上に一冊の本を広げた。

 記されている文字はダリア国の言葉ではなく世界の共通言語が用いられていたおかげで少女にも読むことができた。

 内容は世界の成り立ちから今に至るまで。水の中から現れた女性の姿が挿絵として添えられている。


「お嬢ちゃん、読み書きは出来るか?」


「うん、一通りは……あ、独学だけどね」


 慌てて言い直した少女に店主は苦笑した。


「じゃあこの世界がどうやって出来たのか、それは知ってるか?」


「女神さまがいるっていうのは知ってるわ。詳しくはあまり」


「そうか、じゃあ最初から話そう。この世界には生物が生まれるずっと前から両性具有の神様がおられた。その方はありとあらゆる世界を統べる全知全能だと言われている。俺たちはその神様の最高傑作だと言われているんだよ」


「最高傑作……」


「そうだ。その神様には沢山の部下がいてな、一番の右腕だと言われているのがこの世に存在する全ての色彩を司る女神フロマ様だ。彼女は部下の中で唯一、あらゆる世界と時間を自由に行き来することが出来る」


「へぇ……その名前は初めて聞いたわ」


「存在自体が消されていたりする文献もあるからな。何が原因なのか知りたいが、いかんせんそんな体力も時間もない」


 店主は悔しそうに眉間に皺を寄せる。少女は一瞬何かを考え、呟いた。


「……機会があったら聞いてみるわ」


「え?」


 虫の羽音のような少女の呟きを拾ったらしい店主は内容を聞き返す。が、少女はお茶を濁して店主に言った。


「ううん、なんでもないわ。それよりほら、続きを早く!」


 少女に言われるがまま、店主は分厚い本のページをめくっていく。


「あ、ああ……そうだな。全知全能の神様にいる部下のうち、女の神様を四人、この星に遣わしたそうだ。それがこの世界の大陸にそれぞれ一人いらっしゃるという四大女神。お嬢ちゃん、地理は分かるか?」


「一応……あ、これも独学なんだけどね!」


 もはや少女に一般的な知識があるのは店主にもばれているのだが、少女は無知の田舎娘という設定を貫くつもりらしく、店主は少女の設定に乗ることにして世界地図を机の上に広げた。


「じゃあ改めて。今、俺たちがいるのが地図のど真ん中にあるこの十字の形をした中央大陸な。ダリア国は十字の右上にあって海に面した貿易の国だ。中央にあると言われているのがエルフ族の国だな。まぁ、存在しているのかも分からない奴らだが、なんでも女神の血が流れているらしくて闇市じゃ本物か偽物か、血肉が出回ってるらしいぜ。飲み食いすると長生きできるんだとよ」


 店主の話に少女の表情が曇る。


「酷いことするのね……同じ生き物なのに」


「まぁな。結局生きてる人間が一番怖いってことなんだろうよ。気を落とさずにいこうぜ、世の中にはいい奴もいるハズさ」


 店主に肩を叩かれ、少女は険しい表情を浮かべながらも口角を吊り上げた。


「ええ、人間の中にアナタみたいな親切な人もいるって分かって良かったわ」


「照れるな、はは。よし、じゃあ次だ! 中央大陸から海を挟んで東西南北に位置するのが女神たちがいる四大陸だ。東のブロッサム。西のメディア。南のマリーナ。北のフェンネル。それぞれが独立した国と気候を持っている。お嬢ちゃんはマリーナの出身だったな。あそこは火山があるから暑いだろう」


「火山? あ、ええ、そうね。一年中水着でも暑いくらいよ」


「ははは、そうだろうな! まぁ、地理はこんなものだな。もうこんな時間か」


 店主は机の端に置かれた魔力式の時計を見て驚いた。

 もうじき完全に日が沈み、夜がくる。


「オジサン、魔法を使えるの?」


 この世界の生き物たちには皆、力の差こそあれど魔力が存在している。

 王族は除外されるが、貴族や平民は魔力の差で職業が決まると言っても過言では無く、魔力の無いものはエクセプションと呼ばれ、奴隷になる道を選ばざるを得ない。

 運命が決まるのは十歳を迎えると同時に行われる魔力測定。魔力が成長と共に安定するこの時期に大多数の国民の人生は決まる。

 魔力があるからと言って、術式の難しい派手な魔法が使えるというわけではなく、一般的には物を少し浮かせる程度のことしか出来ない。魔力式の時計を使えるということは多少なりとも魔力がある証拠であり、現王の家庭教師が出来る身分が過去にあったことからも店主の魔力が一般人より上であることが予想できた。

 店主は気恥ずかしそうに頭を掻いて笑った。


「少しだけね。お嬢ちゃんだって奴隷じゃないんだから多少は何か出来るだろう?」


「……ええ」


 少女は店主の問いかけに両手を膝に乗せて握った。

 元気がないように見えた少女に店主は話を戻そうと両手を打つ。その音で少女は顔を上げた。


「よし、じゃあ最後に、もう一つだけ、呪われた女神さまの末裔の話をしてあげよう」


「女神の……末裔?」


「そう。これを読んでご覧」


 そう言って、店主に手渡された一冊の絵本。タイトルは【女神の童話】



 あるところに一人の女神がおりました。名をアプラサス。

 水を司る力を持って生まれた彼女は人類の出現する前から存在し、星の行く末を見守ってきました。

 人類が言葉を獲得し、文明を築き始めた頃、アプラサスは一人の若い男と恋に落ちました。それは水の女神アプラサスへ人間の言葉を伝える役目を負った青年で、彼女の姿が見える数少ない人間の一人でした。

 激しい恋に身を費やした女神と青年は恋路の果てに二人の子供をもうけました。

 一人は代々人間と交わり続け、神の力をすり減らしていきました。

 一人は女神の力を分け与えられた眷属の一つと交わり続け、神の力を維持し続けました。

 世界にはアプラサスの他に四人の女神が存在しています。

 天、地、生、冥を司る四人の女神はアプラサスの姉と呼べる存在であり、人間と交わった彼女をいつも心配しておりました。

 人間と交わり続けたアプラサスの子孫は長い年月をかけて半身から人間へと近づく中でアプラサスの力を殺戮の道具として使い続け、やがてその血に呪いを受けてしまいます。

 呪いは受け継がれ、子孫は苦しみ続けています。

 アプラサスは子孫の行く末を大層悲しみ、人間と交わった己を責め、世界に五つある大陸のうちの一つに引きこもってしまいました。

 呪いを解くためにはアプラサスの力が込められた涙が必要だと伝えられています。

 呪いが解けるその時を、アプラサスの子孫は苦しみながら待ち続けています。



 女神の童話を読む少女の背後で、店主が文字を追うように話し出す。


「四大女神とは別に、世界にはこの星で生まれた女神さまがおられるんだよ。その名を水の女神アプラサス。彼女はとても人間が好きな神様だったそうでね、ついには人間と結ばれて二人の子供をもうけたんだ。彼女を妹のように可愛がっていた四大女神は猛反対していたらしい。人間と交わっていいことなんかないって。でも、恋は盲目っていうのかねぇ……アプラサスは反対を押し切って半神を二人生み出した。一人は母親に似て人間が好きだったらしく、代々人間とだけ交わったそうだ。長い年月をかけて女神の血と力は薄くなり、名家だった子孫の家は没落。残ったわずかな力を戦争の道具として使い続けながら子孫を残していった結果、女神の力と怨念が何層にも複雑に絡み合い、血筋が途絶えるまで続く呪いとして残ったんだ。もう一人の半神は人間とは違う種族と交わり続け、魔力を維持し続けていると聞いたな」

 店主は机の上に広げた本を閉じ、周辺を片付けながら話を終えた。


「さすが現王の家庭教師をしていただけあって、博識なのね。お礼が出来ないのが残念だわ。何か要望はないの?」


「そうだな……しいて言うならばーーーーお嬢ちゃんの素性が知りたいな」


 その声は、氷のように冷たかった。

 店主は瞬く間に少女の金髪の上から耳を隠すように巻かれたターバンを奪い取った。


「あっ! 何をするの!」


 少女は突然の出来事に抵抗することも出来ず、短い金髪を乱す。そして慌てて両耳を手で隠そうとした。が、完全には隠れなかった。

 少女がどうしても隠さなければならなかったものーーーーそれは。


「無理矢理ごめんな、お嬢ちゃん。やっぱりエルフだったんだな」


 細長く尖った独特の形状をしたエルフという種族特有の耳。

 少女はみるみる青ざめてゆく。

 数時間前に会ったばかりの男と地下室で二人。逃げ出そうにも出入り口の近くに店主が立っているため手出しが出来ない。

 エルフは持ち前の魔力の多さと運動神経の高さから、戦闘向きの種族と呼ばれることもある。

 並の人間が少女に敵うハズもないのだが、少女はその場を動けず恐怖していた。

 それは殺されるかもしれない恐怖ーーーーではなく、誤って相手を殺してしまうかもしれない恐怖。

 少女が恐怖と混乱から震える体を抱き締め、悲鳴を上げようとした、その時。


「動くな!」


 地下室の入り口から店主ではない男の声が聞こえ、紫のローブと長い銀髪を靡かせながら若い男がハシゴを飛んで降りてきた。




*   *   *



 着地するや否や、銀髪の男は店主に鈍く光る剣の切っ先を向ける。


「ノ、ノエル……!」


 少女は今にも泣き出しそうな表情で銀髪をノエルと呼んだ。


「その娘に何かしたらーーーー殺す」


 鋭い瞳で睨むモールガンに店主は全身から汗を吹き出しながら慌てて弁解した。


「ご、誤解だ! 無理に正体を暴くような真似をしたことは謝る! だから、殺さないでくれ、頼む! 俺はただ、彼女の正体が知りたかっただけなんだ」


「つくならもっとマシな嘘をつくんだな」


 さらに近づけられた刃に店主が「ヒッ」と喉を締める音がする。


「本当だって! 気になったんだ……不死身の傭兵の後を継いだ君が……人と行動を共にできないハズの君が連れている女の子の正体が、普通の人間のわけがない。そう思って」


「……は?」


 店主の言葉を聞いたノエルは首を傾げて眉間に皺を寄せる。


「食器棚の上にあった写真を見なかったのか? 君の親父と俺が写ってる写真があっただろう!」


 必死に説明する店主。その手は恐怖から小刻みに震えていた。


「でも、ノエルは銀髪なのにあの写真の人は黒髪で……」


 金髪の少女も状況が理解出来ず驚きから目を見開いている。


「俺の髪は母親に似たんだ」


 少女に返答したのは銀色の髪を靡かせたノエルだった。

 店主の言葉にすっかり戦闘意欲を削がれたノエルは鋭い目つきを緩め、普段の眠そうな瞳に戻り、父親の形見である剣を鞘に戻した。

 店主は命が助かったことへの安堵からか、全身の力が抜けたようにその場にへたり込んで、ノエルの父親と写真を撮ることになった経緯を話し始めた。


「俺は現王様がまだ王子だった頃に少しの間だけ家庭教師をしていた。その時、王子の護衛隊長を務めていたお前の父親と仲良くなったんだよ。あれはその時の写真だ」


「別に、そこの娘に危害が及ばないのなら親父との関係はどうでもいい」


 興味を無くして吐き捨てるノエルの態度に男は命の安全を確信し、空気の抜けたような笑い声がもれる。


「そうか、ははは……助かった。その、親父さんは残念だったな」


「……ああ」


 ノエルの父親は、数年前に死んだ。隣国同士で起きた紛争の真っ最中だった。


「聞いたよ、デルフィニウム王子の成人の儀をサポートしたんだってな。親父の意思を継いだのか?」


「そんな大層なもんじゃない。俺は親父と同じ生き方しか出来なかった、それだけさ。それに今回は特例だ。俺の体質については親父の友人だったあんたが1番分かってるんじゃないのか?」


 ノエルは皮肉を込め顔を歪めて微笑むと、地上へとハシゴを上がってゆく。


「置いていきますよ、お姫さん」


「あ、ちょっと待ってよ! ノエルってば!」


 震えの治まった少女はノエルの後を慌てて追いかけ、店主の横を通り過ぎてゆく。


「お姫さん?」


 ノエルの発した言葉に店主は首を傾げた。


「びっくりしたけど、悪気は無かったみたいだから許してあげる。もう女の子に乱暴なことしちゃダメよ? でも、さっきは私に貴重なお話を聞かせてくれてありがとう」


「お嬢ちゃんは一体……」


 少女はハシゴの前で立ち止まると店主の方へ振り返り、スカートの裾をつまみ、お辞儀をして言った。


「私はエルフが統べる国の第六王女、姫巫女サファイアです」


 サファイアが自己紹介を終えて顔を上げると、店主は驚き頭を深々と下げた。それは二人の姿が地下室から無くなるまで続いた。

 市場に出る路地を歩いている最中、サファイアは突然大きな声を上げた。


「あー!」


 耳をつんざくような声にノエルはわざとらしく耳を塞いで眉間に皺を寄せる。


「うるっさ。なんだよ一体……」


「ターバン返してもらうの忘れてた! このまま人がいる場所に出たら騒ぎになっちゃう!」


 エルフの耳を手で隠しながらサファイアは今にも泣きそうな表情を浮かべる。その様子をしばらく観察していたノエルが呆れたようにため息をつき、自分の肩にかけていた紫色のローブをサファイアの頭にかぶせた。


「うわっ! 何?」


「市場で代用品を買うまでそれでも被っててください」


「でも、戻って返してもらえば……」


 ノエルの意図が分からず、サファイアは困惑する。納得のいかない様子で店主の家へ戻ろうとするサファイアにノエルはバツが悪そうに髪を掻き乱し、ぶっきらぼうに言った。


「一度他の男に取られたものを身に付けるなんざ、俺が御免です」


 衝撃の一言にその場で固まってしまったサファイア。思わず照れてしまい、視線を外す。


「……ノエルって案外キザよねー、女たらし」


「なんだとこのクソガキ」


「うっわ口が悪い! 失礼だけど、アナタの何倍も生きてるんだからね、私! 長命種を舐めないでちょうだい」


 歩きながら口喧嘩をするのは二人にとって日常茶飯事になりつつある。

 二人が出会い、目的を果たすために旅を始めてから早くもひと月が経過していた。


「はいはい。俺が悪いですね、申し訳ありませんでした、お姫様」


「分かればよろしい」


 ノエルを言い負かしたサファイアは満足そうに首を縦に振った。


「ところで、あなたどうしてあのタイミングで登場することが出来たの? 物理的に無理があるでしょう?」


 店主にターバンを奪われ、サファイアが悲鳴をあげる寸前に地下室へ登場したノエル。偶然ではあまりにも出来すぎた展開をサファイアは疑問視する。

 ノエルは「ああ」と数分前を思い出しながら説明した。


「夕暮れ前に用事を済ませて待ち合わせの場所に行ったら姫さんがいないから、城下町で聞き込みしたんですよ。そうしたら市場の果物屋の男と一緒にどこかへ行ったのを見たって聞いたもんですから、それはもう慌てて追いかけたわけです。そして危険があると判断するまで地下室の入り口で見張ってたんですよ。仮にも俺は、女王様からあんたの命を守るように言われている身ですからね」


「姉さんは心配性なのよ……ていうか、え? 待ち合わせなんてしたかしら」


 首を傾げるサファイアにノエルは今日一番の大きなため息をついた。


「どーせ何か別のことでも考えて生返事だったんでしょ、そうだと思ったんですよ」


「その……ごめんなさい?」


 舌を出しながら申し訳なさそうに謝るサファイアにノエルは呆れながら「気をつけてくださいよ」と言った。


「で? あの男から何を聞いたんですか?」


 不機嫌さを滲ませたまま、それでも気になるという様子でノエルは聞いた。


「ああ、神話の内容とか、私たちでも知ってるようなことばかりよ。アナタの呪いを解くヒントが見つかるんじゃないかって思ってついて行ったけど、具体的な方法は見つからなかった。でも、気になることがあったわ」


「気になること?」


「アプラサスと人間が交わることを、四大女神は良く思っていなかったそうよ。これは文献でも見たことがない話だった。本当かどうか分からないし、あの男がどうしてそれを知っているのか分からないけれど手がかりが何もない以上、全部の大陸にいる女神をあたってみるしかなさそうね」


「分かりました」


「あら即答。言っておくけど、私も一緒に行くんだからね? 女神と話せるの、私しかいないんだから」


 エルフ族は女神の力を継承していると言い伝えられる古い種族だ。その証に、エルフは寿命が人間の数百倍長く、身体能力も並の獣を遥かにしのぐ。膨大な魔力と知識を兼ね備える、まさに現代に生きる女神の具現化。彼女たちが長命の妙薬として乱獲される背景にはこのようなものがある。もっとも、乱獲の対象となるのは年老いたエルフやまだ小さな子供に限られるのだが。

 サファイアはそのエルフ族の中でも唯一、神の声を聞くことが出来る特異体質であり、一国の姫ながら巫女として君臨している少女だった。


「分かってますよ、心配せずとも命をかけて守りますから安心してください」


「守られるほど弱くはないけどね」


 ノエルから受け取った紫色のローブを目深に被り、サファイアは微笑んだ。

 しばらく路地を歩くと、人通りが極端に多い通りが見えてくる。


「ほら、もうすぐ市場ですよ」


 ノエルが市場の場所を指差すと、サファイアは目を輝かせてローブをひるがえしながら飛び跳ねる。


「本当だ! 何色のターバンを買ってもらおうかしら! 買い物が終わったら、明日に備えて宿を取らなければいけないし、あまり時間はないわね」


「そこはご安心を。ダリア国王が俺たちを国賓として極秘にではありますが招いて下さいましたので」


 ノエルは胸に手を当て、軽くお辞儀しながら言う。


「あら、嬉しい! アナタの用事ってそれだったの? でも、エルフの私にまでそんな扱いをしてくれるなんて、ここの王様くらいじゃないかしら」


「姫さんは王子の命を救い、成人の儀を成功に導いた立場ですからね。国王も無下には出来ないでしょう」


「仕方ないわね、エルフと人間の新たな門出の始まりに今回は目を伏せるわ。ふふっ、姉さんが知ったら倒れちゃいそう。さて、宿の心配も無くなったことだし、お買い物、いっきまーす!」


 楽しそうに市場へ向けて走り去っていくサファイアの背中にノエルは慌てて叫ぶ。


「あ! こら、お姫……サファイア! 走るな、子供か!」


 一瞬、名前を呼ばれたことに驚いた表情を見せつつ、サファイアはモールガンを手招きして急かす。


「早く来なさい! 夜店の開いてる時間は限られてるんだから!」


 食品から装飾品へ品物が入れ替わった夜の市場で、サファイアとノエルはまるで恋人同士のように買い物を楽しみ、明日から始まる新たな冒険に備え、ダリア城で早めの休息をとったのだった。




*   *   *



 ダリア城、客間にて。


 昨夜、悩んだ末に買ってもらった赤色のターバンを巻きながら、サファイアはお供のノエルの部屋を訪れた。


「おはようございます、姫様。よく眠れましたか?」


 寝起きにもかかわらず、寝癖一つない真っ直ぐな銀髪が朝日に反射して雪のように輝いている。その光景に目を細めながらサファイアは不機嫌そうに言った。


「アナタだけこんな人の気配のない離れだなんて、酷いと思うわ」


 ノエルの部屋はサファイアとは違い、普段は誰も使用しない王宮の片隅にあった。


「仕方ありませんよ。俺の体質は俺の意思ではどうすることもできません。皆、内心は怯えているんですよ」


 ノエルは呪いの影響で全身の体液が毒と化している。血に触れたゴブリンは苦しんだ末に死に絶えたほどに強力な毒。今のところ、その影響を受けないのはサファイアのみ。王子によってその事実は正式な成人の儀の報告書として国王に提出され、国中の知るところとなった。事実を全て記載する。それが、サファイアの正体を隠したまま国賓となる条件だったからだ。


「一滴の血が生き物にとっての致死量……か。血がダメなら汗も、涙も全部ダメなのかしら? 本当、不思議」


 サファイアは180を裕に超えるノエルの背丈を頭から足の先まで見渡しながら言う。


「俺の血を舐めても死ななかったお姫さんの方が俺にとっては不思議極まりない存在ですけどね」


「それが姫巫女の実力ってやつよ」


「うっわ、ドヤ顔うざ」


 自信満々に言い放ったサファイアにノエルの冷ややかな視線が飛ぶ。


「なによ、もー!」


 ふざけ合いながら、二人は新たな門出となる朝を迎えた。

 水の女神アプラサスが人間との間にもうけた二人の半神。人間と交わり続けた果てに呪いを受けた子孫の末裔、ノエル。エルフと交わり続け、女神の力を維持し続けた子孫の末裔、サファイア。二人が出会ったのは、ひと月前に遡る。

 その頃、ノエルはこれから自分に起こる出来事など何も知らずに目の前の仕事を全うすることに必死だった。


  これは、女神の血を引く二人の子孫の物語。

 


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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