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第2話  Noir~あられの感覚と経験

 あられは、27歳の会社員である。坂本くんに出会う前に痛手を負ったことがきっかけで、軽度のうつ病になり病気休暇をとったことがあるのだ。そのきっかけになった事件とは・・・ 

 あられは、失恋を望んでいた。そもそも、相手の男性には付き合ったという記憶がない。その現実を受け入れた時、結局は自分で克服すべき精神的な課題と実際の日々の業務とが目の前に同量の形をした実体となり、あられの目の前にざくっと現れることとなった。

 あられは、はじめ何がおきたのかわからず、職場の上司である先輩に相談をした。船場さんは、職場では物事の仕切りなおしをするかのような舵取り役。いつも、あられの恋愛に少なからず補佐をしたり、時には苦言を呈したりするような、夢心地の世界と現実とを橋渡しするかのような門番のようだと思っている。

 

 職場では、はばかる話題であったし船場さんは、あられをいきつけのバーに誘ってくれた。0.5階地下にあるそのバーは、ランプの多い店で、炎の揺らめきがあられの気持ちを比較的穏やかにした。その感覚は、恋をしていた自分の感覚に似ていたため恋愛の相談をするのにはうってつけだった。


 あられは、大恋愛をしていた自分を振り返り、船場さんにゆっくりと話した。


あられ「恋愛とは、個人にとっては一助にはなりえるけれどそれ自体は実体をもつものではなかった。依存が始まったわたしは、完膚なきまでに崩壊してしまった。まさか、わたしがふられるという形で恋愛を終えるとは夢にも思っていなかったよ。」


 夢中になっている時間は何事にも代えられない感覚で世界を見ることが出来る。その感覚は、この世には存在しえないような形をした万象を網膜に映し出してくれる。ふわふわと白っぽくも透き通ったちょっと大きめの鞠が夜空をユルユルと飛ぶような感覚。

 それは、まるで絵画の中を浮遊するかのように別次元に存在できる時間にいると実感する感動。その中を、自分は散歩する。絵画の時間の中、相手は水であり、空気であり、風であり、砂のように自由自在に形を変えては裏切らない夢を見させてくれる。

 しかし、その有頂天における透明感がずっと続くことを祈った瞬間から崩壊は始まり、その夢の情景は揺らぎはじめる。他者や社会がのぞきにきてはあられを揺する。

 ゴミというゴミは美しく居ることを否定し、嫌うかのように祈りを中断することを勧めるために隙間という隙間に忍びこもうとする。


船場さん「でも、絶対に捨ててはいけない。ひとつしかないものだから。」


 職場で15ほど上司である人生の先輩である船場さんは言った。


 わたしが失恋した直後のことだ。わたしは、職場でヒステリーを起こしたのだ。


 わたしは、恋愛が人生ごと絵画のような時間に導いてくれると信じて疑わなかった。しかし、その恋愛はピリオドがうたれることとなった。


 結局は自分の経験としてひとつの現実として形を結ぶときに始めて完成する。自分の人生にインプットしてひとつの冊子は完成した。恋愛はアウトプットするものではないのだ。相手を尊重するならばなおさら。

 深刻に悩み、考えすぎるあられに船場さんは言った。


船場さん「折れないハートは恋愛にはいらない。時には、挫折が必要だ。ひとつの恋愛を終わらせようとするとき、お互いの「美しくないところ」をわざと浮き彫りにして、2人の前に置いてやる必要があった。荒行だったかな。ごめんね。」


あられ「いや、ええ、・・・うん。」


船場さん「でもね、必要悪ってわかるかな?マルクス的発想にパラダイムシフトしなければ、みなが気持ちよく仕事は出来ない。職場においては特定の人間の感情は優先されない。能率だとか、将来的に考えるとマイナスの影響を与えるものをあらかじめ伐採する必要がある。少数の人間の血よりも将来的に流れることになるだろう大多数の血を経験則から予知し、未然に抑えることが必要だったんだよ。たしかに、あられちゃんという27歳の恋愛を少しわかってきて、楽しみたいとい欲求のある一人の女性にとっては過酷と感じるかもしれないようなクールな判断だ。短い熱病だったね。」


 いたずらっぽい瞳をしている船場さんは、スティンガーをひとくち口に含み、あられの恋愛を反芻して言った。


船場さん「インドの王様に恋をしてしまったようなものだったと考えてこの恋はもう終わりにしよう。あられちゃん。」


 あられは、職場に研修できた男性に恋をした。あられは、その男性の素性を知らなかった。恋が始まったときあられは、その人に会えるだけで嬉しかった。白いテンのようなほっそりと立ち回る姿を見られるだけでも嬉しかったし、声も、接遇にも愛を感じていた。少しでも近づきたいとプラーベートで電話をかけたあられ。それが、崩壊へのシナリオが動き出した瞬間だとはわからなかった。

 男性は激昂した。仕事に来ることが出来ないと告げ、3日間音信不通となった。

 それにより生じる被害をこうむった人間たちからの非難はあられ集中した。その男性の感情を逆撫でしたことで、職場に居づらくなってしまった。あられの精神も、彼の精神に連携するかのように崩壊してしまった。

 「もう、死にたい」と、思わず職場で口に出してしまうほどに、あられの中からは悪いものがすべて出てしまったのだ。あられは、なぜ、こんなによくないことがおきているのかが分からなかった。

 少し、時間が経過した、その事件の1週間あと現実を知らされた。

 

 その男性は、あられの働く会社の税理士の息子であった。非常に利害の絡む相手であったし、その男性には結婚を約束した恋人がいた。真実、この恋は、あられの思い過ごしであり男性には恋愛感情もなく、その意思もなかった。

 背骨がうずき砕け散るかのような感覚の中、なんとかして、息吹を吹き返した。船場さんに相談してみると決めた背骨のうずきがおさまった。

 

船場さん「「禍福は糾える縄のごとし。」だよ。あられちゃん。僕、もしも死にたいって思うことがあっても、それは恍惚とした恋愛の有頂天時におけるあの感覚がずっと続きはしないのと似ていると考えてくれるかな?要するに、一過性のものだよ。だから、少し休んだらまた、仕事に精を出してね。悪いことも、よいことも長くはつづかない。それ以外の大体はそれほど刺激的でもないようなことばかりがつづき、あるときまた何かの感覚が生まれるのさ。」

 

 船場さんは、そろそろ帰宅しなければいけないといい、お勘定を済ませ、タクシーを呼んだ。

 あられは、もう少し反芻したいことがあったし、整理する時間が必要だったため新しい飲み物を注文し、船場さんが言ったことを思い出してみた。今まで自分が経験してきたことを内省するようつとめた。


あられ「砂漠の荒れた大地に咲く、バラの花であると思っていたけれど、人間だったのね。結局は、手が届くかとか手を伸ばそうかという次元の話ではなく、恋をしてはいけない人だったのよ。タブーだった。

 インドの王様のような君。恋をした時間、かけがえのないものだったよ。ありがとう。言えなかったコトバをここで言わせて。「愛してる。」」


 ランプの揺れにひずみを感じ、良くない感覚が背骨によみがえりそうになったために、回想をきりあげ、家にかえってゆっくり風呂にでもつかって、へこんでしまった自分を膨らませようと考えた。


 お風呂は、へこんだ気持ちをかなり膨らませてくれる。はき捨てたいような過去の汚点だとか、失敗だとか自分の中からぶり返すどうしようもない蓄積物を思い切り吸い取ってくれるタコツボのようなお湯。

応急措置までならばしてくれる美味しい箱。


 「今夜は長風呂決定!さぁ~!風呂将軍いくぞ!」

 ほろ酔いの足をかばいながら、あられは帰路につく。


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