最終話:幼なじみと、ポンコツ勇者
旅立ちの日に、俺たちを見送りに来た人たちは、ほんの僅かだった。
俺の親父と、兄弟子たちと、それからエイダの家族。
「ごめんねぇぇーーーーー、エイダああああああ……肝心な時に一緒に居てあげられなくって…………」
「うわあああああああああん、お姉ちゃあああああああんっ……」
「ちょっとみんな……泣かないでっ……」
「それもこれも……父さんが悪いんだっ、ぐすっ、俺はてっきりお前が、俺達に黙ってリンクスの坊主と出ていったのかと、それでへそを曲げて……っ」
エイダの両親と、弟たちは、ごらんのありさまだった。
「ちょっとっ、なにそれ、全然違うからっ……」
エイダは慌てて赤面している。
一方の、俺の親父たちといえば。
「しかしまぁ……お前、本当に剣になったのか」
「親方ぁ、こいつ、うちで打ち直すってわけにはいきませんか」
「どこまで痛覚があるのか……」
『待て待て待て! もうちょっとこう、色々……あるだろ!!』
「とはいっても、なったもんは仕方ないだろう。それに、大魔道士に会えば、もとに戻るんだろうが」
――それはそうだが。
父親はいつも冷静だ。しかし、だからこそ俺がいる。
「お前がどうなろうと、お前が選んだ道だ。好きにしろ。でも……エイダちゃんを、悲しませるんじゃないぞ」
『……おう』
本当なら、親父と拳を突き合わせて、男同士の約束をしていたところだった。出来ないのが残念だったけど、親父が俺に向けてくるまなざしだけで、今はじゅうぶんだった。
「じゃあ、ええっと……」
エイダはあらためて、まばらなみんなのほうを向く。
それから背中に背負った俺といっしょに、ぺこりと頭を下げる。
服装はいつもより丈夫で。親父の工房特製の装備で固めている。
みんなは、寂しげな、誇らしげな、困惑のような表情を浮かべながらも、それでも俺たちを送り出すことを決めたようだった。
「……行ってきます」
ほんの少し涙声になって、それでもエイダはみんなに背を向けて、停めてあった馬にまたがり、手綱をとって進み始める。
うしろから、両親の泣き声が聞こえてくる。
……それを振り切るように、エイダは町を出た。
◇
『なぁ、エイダ……本当に良かったのか』
青い青い、高い山脈が背景にある。
遠くの空で、鳥が鳴いている。
町を出て、大きな草原へ。自分たちがどこまでも小さく思えてしまいそうなその場所を駆けながら、俺は背中から、エイダに聞いた。
「んー、なにが?」
『お前。こんな状況になって。お前の夢は――』
「んー、それだけどね。別に諦めてないよ」
『……は?』
あっけらかんと、エイダは言った。
「だって、あたしが願えば、りーくんは竪琴にだってなれるでしょ。それであたし、ゆーしゃの仕事しながら、演奏旅行も出来たらっておもう。宣伝にもなるし、絶対にいいよ」
『お前……』
「かんたんに、諦めたりなんかしないよ。してあげないんだから」
背中からは見えないけど……俺にはエイダが、今までにないくらい不敵に笑っているのが、分かる気がした。
……ああ。そうだ。お前は、そういう奴だったんだ。かなわないなぁ。
俺はなんだか、安堵したような、思いっきり笑いだしたくなるような愉快な気持ちになった。
「それを言えば、りーくんだってそうだよ」
『俺?』
「うん。勇者っていうか、勇者じゃないっていうか。なんか、すっごくへん」
『そのことか……それは、お前と同じようなもんだ』
「あたしと?」
『ああ。俺は幼い頃から勇者ばかりを考えてた。でも時々他の道もあるんじゃないかって思って。でもそのたび無理やり自分を奮い立たせてた。こうして違う道を選んだのも悪くないかもしれない』
「りーくん……」
『だけど、俺だって諦めちゃいねぇぞ。俺は、お前と俺、二人合わせて勇者だと思ってっからな』
「えっ!? それって、ぷ、プロポ―……」
『バっ、そんなんじゃねぇっ!!』
俺たちはそのまま、いつもみたいに、わーぎゃー騒ぎながら旅を続けた。
◇
しばらく進んでいると。
「おお~~~~~~~~い、お二人さんがたぁ」
後ろから声がした。
エイダが振り返ると、実に珍妙な姿が目に入った。
「うぎゃーーーーーーーーー、ば、化け……」
『さっそく出やがったなモンスターめ! エイダ、俺を手に取れ……』
「おっとおっと、違う違う、違うでゲスよ、落ち着きなさいな!!」
慌てふためく俺たちを呼び止めてなだめるそいつは、まさに重武装の甲冑がそのままこちらに歩いてきたという姿をしていた。
当然ナカミは空洞だ。モンスターだと疑わないほうがどうかしている。
しかしどうも、違うらしい。
『なんだ、お前……』
警戒を解かずに問うと、そいつはとんでもない答えを返してきた。
「あっしです、あっしでゲスよ! あの時はさんざお騒がせしやした、ルシルでゲス!」
……しばしの沈黙のあと。
俺たちは盛大に驚愕した。
「なんで!? 全然姿が違うよ!?」
『お前やっぱりモンスターだろ、図鑑で見たぞ、知能が高くってこちらの頭の中を読み取って、それで……』
「まぁまぁ落ち着きなすって! 驚くのも無理はありやせんがね……」
なおも騒ぐ俺たちをなだめすかすようにして、そいつは以下の『事実』を語った。
自分は正真正銘、あのルシルであると。
リンクス、エイダの絡む騒動のゴタゴタで処刑が延期になり、その代償として、この姿に魔法で変えられてしまった。
というのも、イレギュラーな手段で生まれた勇者故に、いつもより力が弱く、旅のための知識も不足している。旅の道連れが必要。そこで白羽の矢が立ったのが、かつては勇者候補にまでのぼりつめた自分であった、と。
「いやぁ、というわけなんでゲスよ。まぁ、せいいっぱいガイドさせていただきやすよ。もし必要なら、あっしを装着してくれりゃ鉄壁でさぁ」
『なんだその喋り方』
「ああ、こいつも呪文の効果でゲス。旅を終えるまでは解けないらしいんでゲスねぇ、とほほ~~~~~~~~」
『いや、喋り方もだけど。そんなキャラだったんだな、あんた……』
「うん、なんかヘン……」
とはいえ、俺たちには色々足りないものがある。
旅の道連れが増えるのは歓迎だった。
――どうせ、俺達だけでは、何もかもが今までと違いすぎて、歓迎よりも困惑が先立つのがオチだからだ。
「まぁ安心してくだせぇ。あっしはすっかり心を入れ替えたし、あんた方を襲おうとしたって、呪文でそんなこと絶対できねぇようになってますからねぇ、えっへん!」
こうして、妙に得意げな仲間が、俺達に加わった。
「そういえば、神父さまはどうしたのかな」
『結局、来なかったな……』
「ああ。それなんでゲスが。あんた方を勇者と認める代わりに、査問騎士団に手紙を書いてたでゲスよ。近く、面倒な連中に付きまとわれることになるかもしれやせんねぇ」
『あんの狸親父……』
「あはは……」
とはいえ、書斎で頭を抱えている神父様の姿を想像すると、なんだか哀れでもあった。
旅は続く。
青い山々はずっと続いていたが、その先に、なにか見えるものがあった。
王都だ。
高い尖塔の群れと、ひときわ大きな教会と、大規模な石造りの家々、その周囲をぐるりと囲む堅牢な城塞が、小さく、しかし確実に見えてきた。
正式な拝命を王都から受け、ほんとうの旅が、そこから始まるのだ。
にわかに、胸が高鳴りはじめる。
「頑張ろうね、りーくん」
『……おう』
「しかしお二人さん。そこから先はどうするんですかい。前の勇者様みたいな支援は望むべくもありませんぜ。行き先も、自分で決めなきゃいけない。明日以降は、一体どこへ……」
そこでエイダは、俺を見て笑った。
俺達の答えは決まっている。
かつて、道は一つしかないと思っていた。
いまでも、その道を諦めたわけじゃない。
だけど、今は昔よりも、ずっと自由だった。
俺たちは口を揃えて、同じことを言った。
――“行けるところまで、行こう!”