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幼なじみはポンコツ勇者  作者: 緑茶
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第1話:幼なじみはポンコツ

 ちいさいころ、俺の村に勇者が帰還してきた。


 傷だらけで、本当に大変な旅だったことが分かったけれど、沢山の人たちの祝福を浴びる彼は、すごく誇らしげに見えた。

 他の同年代の誰もがそうだったように、俺も彼に憧れた。

 俺は大人たちの宴席をかき分けて、彼のもとに進んだ。


「どうやったら、あなたみたいになれますか。おれも、勇者になりたい」


 すると彼は、ためらうことなく立ち上がって、俺に目線を合わせながら言ってくれた。


「資質を示すことだ。勇者に相応しい人間になれば、きっとチャンスがやってくる」


 俺には、彼の笑顔と、その傍に置かれた彼の銀色のつるぎが、本当に輝いて見えて。


 その日、いつか絶対に勇者になってみせると、誓ったんだ。



 あれから十年。

 『元勇者』は、村を出て、どこか山の麓で静かに暮らしている。

 世代交代は成った。十七歳になった俺はまさに、勇者になるための修行を始めていた。


 といっても、何も元勇者の仲間に弟子入りとか、そんな大層なことは出来ない。

 だけど、必要な条件は町の神父さまが示してくれた。


 ひとつ。強い体をもつこと。

 ひとつ。折れない心、優しい心を持つこと。


 そのふたつが十全に満たされていれば、道は開かれるであろう、と。

 今までの勇者も、その二つをクリアした上で、天から降ってくる『試練』を受けて選ばれたのだと、そう聞いた。


 ……だったら、チャンスは平等で、俺にもあるってことだ。

 みんなに『勇者』と認められるくらいの、立派な男になってみせればいいのだ。

 あの勇者だって、もとはただの村人だったもんな。



 俺の朝は早い。

 まだ外が薄暗いうちに起きて、壁に飾った、幼い頃絵の具で描いた『勇者の肖像』を見る。下手くそ極まりないが、思いはその頃から変わっちゃいない。


「俺はリンクス……俺はやるぞ」


 顔を洗って服を着替えて、それから外に出る。厩の外れに行って、白い息を吐きながら、とにかく大量の水くみと薪割りをこなす。その作業を、何往復もやる。たった一人で。

 そのあとに、朝メシを作る。母さんは小さい頃に死んだ。いまは父さんと二人暮らしだけど、仕事に行くのは父さんのほうがずっと早い。だから作るのはもっぱら自分の分。昔は下手くそだったけど、だんだんよくなってきた。食わざるものなんとやらだから、俺はとにかくたくさん食う。全然平気だ。このあと、うんと働くんだから。


 食器を片付けて、準備をしたら、いよいよ仕事だ。


「じゃあ……行ってきます」


 誰も居ない家に別れを告げて家を出る。

 ――母さんは、今の俺をどう思うだろう。


 ……というところで。

 家を出て、ちょっと進んだところで。

 奴と、ぶつかった。


「うぐっ」

「ふぎゅっ!?」


 どうぶつみたいな声を出して、道の真ん中で正面衝突する。

 俺はかばんの中身の仕事道具を、そいつはというと、手で引っ張っていた荷車を盛大に横倒しにして尻もちをつく。

 俺は顔を上げて、何度目か分からない怒鳴り声をとばす。


「いってえな、お前、いつも前見て歩けって言ってるだろ!」


 するとそいつは立ち上がり、ものすごい勢いで、そういう細工の人形みたいに何度も頭を下げながら、まくしたてるように言った。


「ごめんなさいっ!めちゃくちゃユセフおじさんに間違えました!だったらいの一番に渡さなきゃと思って……違いました!シモンズさんでした!」

「…………」

「……あれ?」

「よく見ろ。お前の近所に住んでる年齢の近い、ユセフでもシモンズでもない奴だ」

「……り、りーくん!? お、おはよう! 今日はいい天気だねっ!!」

「くもりだけどな」


 名前はエイダ。

 俺の腐れ縁の、幼馴染の女だ。

 

「いやぁ、ごめん。あたしってば決断のはやい女で……」

「自己評価高すぎるだろ。何そんな急いでたんだ」


 お互いに転がったものをもとに戻して、成り行きとして一緒の方向に……市街のほうへ向かっていく。


「いや、あのね。あたし今日お父ちゃんに買い出し頼まれてね、それでね。えっとね………………めんどくさくなっちゃった。もう言わなくていい?」

「言えよ!!!!」

「えー……」


 (なぜか)不本意そうな顔をしていたエイダだったが、やがてやけに神妙な面持ちになって、荷車が止まる。顔を近づけて、ひそひそ声に。


「えっとね……すごく大事な話で。すごく大事なものを手に入れたの……ユセフおじさんよりも先に見せてあげる……きっと、りーくんにもたいせつなものだよ」

「な、なんだよ……」


 少しどきっとする。

 一体何が――。


「これ。めっっっっっっちゃでっかいオリーブの実。ひろった。すごくない??」

「……だからなんだよ!!!!」


 思わず手のひらに差し出されたそれをはたき落としそうになったところで、歩き再開。


 俺たちは石畳の市街に差し掛かり始めていた。

 徐々に、にぎやかな光景が目に付き始める。色鮮やかなレンガや漆喰、開店の準備をはじめるさまざまな出店。行き交う人々にも、顔見知りが増え始める。


「で、それがなんでユセフのおっさんに必要なんだよ」

「いや、この間、油がなくなっちゃって言ってたから。それにぴったりかなって」

「お前。普通に考えて一個で足りるわけねぇだろ」


「……! ……!」


「なんて顔してんだ……お前ほんと勢いで生きてんな」

「じゃあいいよ。りーくんにあげるよ」

「なんでお前がキレてんだ……」


 ……しかしながら、結局受け取ってしまったのだった。


 歩いていくと、通りの四方から声がかかってくる。


「あらーエイダちゃん!今日も買い出し?」

「髪型新しくしたのねぇ~~!」

「おうエイダの嬢ちゃん!あとでうちによってけ!いい肉仕入れたんだよ!!」


 朝のこの時間に荷車を引いてやってくるエイダは、町の人達のアイドルだ。

 特におっさん、爺さん連中からすれば女神にも見えるらしい。


「エイダちゃんは今日もかわいいのう……」

「マジ推しじゃい……」


 まぁ俺としては納得がいかない。

 当の本人は隣で「むふーっ」みたいな顔をしているわけだが、こんな奴のどこに――。


「って、どわぁ!?」


 そのエイダを見て面食らう。

 荷車には、たくさんの食い物やら薪やら衣類やらが、いつの間にか満載されていた。


「まさかお前、今の流れでもらったってのか」


 頷かずともわかる。道の左右を見ると、明らかにみんなのエイダを見る視線がやさしい……というかなまあたたかい。


「どーしよりーくん。買うもの乗らなくなっちゃった」

「加減しなさいよ……」

「分かった」


 エイダは荷台のチーズを食い始めた。


「今食うんじゃねぇ!!」


「それにしてもエイダちゃん、今日はカレシも一緒かい? 熱いわねぇ」


 ぴくり。

 不穏な言葉が耳に入る。


「まったく妬けちまうな! おいリンクス! うちの村の太陽を幸せにしてやらなきゃ許さねぇぞ!!」

「そうだそうだ、おめぇ、もっと鍛えなきゃ抱きしめてやれねぇぞ、がっはっは!!」

「なッ……誰がカレシだッ!!」


 不本意だが大変不本意だが顔が真っ赤になる。こんなことを言わせてなるものか、ふざけるなふざけるな、頭から冷静さがなくなる、だ、誰がこんな奴と……。

 ――隣を見ると、エイダは顔がふにゃふにゃになりながら、髪の毛をぐるぐるくしゃくしゃしていた。バレッタでまとめられた小麦色が、犬の毛みたいになる。


「それほどでもあるよ~~~~、えへへ……ねぇどうする?どの髪型がいい??」

「し、知らねぇ!!」


 もう知らん。

 俺はエイダを置いてダッシュする。仕事場へ向かう。

 途中明らかにみんなの「あらあら」とか「青春だねぇ」とか聞こえたが、そんなの知らない聞こえない。俺は別に、こいつのことなんか、こんなガサツでうるさいやつのことなんか、これっぽっちも……。


「俺は勇者になって……村を出るんだぁーーーーッ!!」


「りーくん」


 そんな俺を、とうのエイダ本人が呼び止める。

 そして俺は、そんなエイダを無視できない。


「……んだよ」


 振り返ると、エイダはずんずんこちらに迫ってきて。

 顔を、思い切り近づけて、覗き込んできた。


 思わず、どきりとする。

 エイダの頬が、瞳が目の前にある。ふにゃふにゃしてない。

 腕が伸びて、俺の服のポケットを指差す。


「そのオリーブ、幸運とか平和とか、そういうのの証らしい。お守りにぴったりだよね」


 ……一瞬マヒして、何を言われたか分からない。

 返事をしようとした時、すでにエイダは俺に背を向けて、置き去りにした荷車に戻り始めていた。


「あたし。応援してるから。絶対に夢、諦めちゃ駄目だよ」


 さいごに振り返った時。

 彼女の顔は、他人のことなのに、めちゃくちゃ自信に満ちた、そう、それこそ太陽のような……笑顔を浮かべていた。


 それからエイダは町の人達に、またもみくちゃにされに行った。

 俺はぽつんと立ちすくんだまま、ポケットの中のオリーブをもてあそんだ。


 顔がどうも赤いまんまだ。参った。ああ、まいったなぁ……。


「……なんだよ。最初っからそのつもりだったんじゃねえか」

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