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現実恋愛

合わせの頃合い

作者: 猫じゃらし

前作に『山茶花の咲く頃に』があります。

二人の馴れ初め編。よろしければそちらもどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n6531gf/


 

 平日最後の金曜日。片手には少々大きなバッグ、もう片手には手土産に買ってきたシュークリームの入った袋。

 それぞれをしっかりと持ち、通い慣れた庭にお邪魔した。


 家を囲うように植えられた山茶花が、今年もたくさんの白い花を付けている。

 毎年のことながら圧巻。見るたびに心が洗われるのだけど、同時に気恥ずかしさも出てくる。


 6年通った月日の出来事を、この山茶花達はすべて知っている。

 そして、ひとつだけあるピンクの山茶花も。



(……やっぱり開いてない)



 玄関の引き戸はいつも通り施錠されていた。

 防犯のためだとこの家の主人(あるじ)は言うけれど、単に他人とのやり取りを避けるためだと私は知っている。


 仕方なく、これまたいつも通りに、玄関から座敷の方へまわった。

 縁側のガラス戸に手をかければ、こちらは施錠されておらず。これも、いつも通り。


 遠慮なくお邪魔させてもらった。


 座敷の真ん中、円筒型の石油ストーブには火が入っている。けれど、件の主人は不在だった。

 肩透かしを食らったが、それもよくあることで気にはしない。

 置いてあるこたつに足を入れ、スイッチを入れてしばし。

 体がぽっぽと温まった頃に、部屋の外でとたとたと足音が聞こえた。


 スッと襖が開いて、第一声。



「わっ。いつ来たの」



 驚かれた。

 この家の主人である彼は、手に持っていた薬缶をストーブの上に置いた。

 ジュッと水滴が踊る。



「ちょっと前。縁側から、お邪魔してまーす」


「また縁側。玄関からおいでよ」


「だって、鍵、開いてないんだもん」


「チャイム鳴らせばいいのに」



 そう言いながら、彼は座敷を出て行ってしまった。開きっぱなしの襖から冷たい空気が流れ込む。


 彼が向かった先はおそらく、台所。

 食器のカチャカチャという音が静かな家の奥から聞こえた。



(チャイムを鳴らせば、と言うけれど)



 在宅勤務の彼は、不規則な生活をしていたりする。

 朝方まで仕事をし、夕方まで睡眠をとっていることもしばしば。それを邪魔してしまうのは気が引ける。


 それに。



(縁側が開けてあるのは私のためだって、知ってるから)



 とたとた、カチャカチャ、と音が近づいてくる。

 急須セットのお盆を片手に彼が戻ると、ようやく襖が閉じらた。



「そうだ、お兄さん。お土産にシュークリーム持ってきたよ」


「ありがとう。手ぶらでいいのに」



 袋を見せると、彼は私の荷物にも目を留めた。



「今日、泊まってく?」


「うん。仕事で邪魔になるなら帰るけど」


「大丈夫。そんな気がして、終えておきました」



 急須を揺らした彼は、湯呑みにととと、とお茶を注いだ。ほのかに甘い香りが漂う。

 山茶花のお茶は、私たちにはすっかりと定番となっていた。



「徹夜した?」


「さっきまで寝てたよ」


「無理しないで」


「君が来るなら頑張れるよ」



 はい、と茶托に湯呑みが置かれた。

 さりげない言葉に彼は照れることなく、シュークリームも小皿に取り分け始めた。



(お兄さんって本当に……読めない)



 私の前にシュークリームが置かれる。

 その引っ込んでいく手を目線で追い、彼の顔を窺った。


 言葉ではいくらでも好意を向けてくれる。

 ただ、彼がその好意を行動に移すことはとても少ない。雰囲気に流されて、とか。記念の折に、とか。

 必要な時には触れてくるが、付き合っている上でそれが日常的になることがない。



(キスだけ、なんだよね……)



 手を繋いだり、抱きしめられることはある。

 それ以上に踏み込んだ触れ合いとなると、キスだけ。

 彼は、頑なに私に手を出してこない。



「ん? どうしたの?」



 早々にシュークリームを平らげた彼が私を見返した。


 不安はない。不満はちょっとある。

 それは、大学の友人に相談する程度には。

 提案された解決方法を、私はおずおずと切り出した。



「……お兄さん、ゲームしない?」




 ❇︎❇︎❇︎




 14枚のカードにはそれぞれ質問事項が書かれている。それを裏返してこたつテーブルの上に並べた。


 手札には13枚のカードを持ち、こちらには1〜13の数字が記されている。



「並べたカードを1枚ずつめくって。質問が書かれているから、YESなら偶数のカードを。NOなら奇数のカードを質問カードに重ねて捨てて」


「最終的にどうなるの?」


「お兄さんの気持ちがわかるよ」


「心理テストみたいだね」


「そんな感じ」



 とりあえずやってみるね、と彼は1枚目のカードをめくった。

 質問カードには『二人の出会いを覚えていますか?』とある。



「あぁ、なるほどね。こんな感じか。じゃ、君も一緒にやろうよ」


「えっ。私も?」


「僕も君の気持ちが知りたいし。二人でやった方がゲーム性があるでしょ」



 彼はあまったカードから手早く1〜13のカードを抜き出し、私に持たせた。



「捨てるカードは裏返しで見えないようにしてさ、あとで答え合わせしようよ」



 そう言うと、迷いなく手札のカードを質問カードに重ねて捨てた。もちろん裏返し。

「ほら」と促され、私も同じように捨てた。


 そこからは単調に進む。

 カードをめくってはお互いにカードを捨て、まためくる。

 彼が時折りふふっと笑みをこぼすが、そのたびに私は気恥ずかしくなった。



「これ、君が作ったでしょ。僕らの過去を見てきた質問ばっかりだ」


「だ、大学で流行ってるから……」


「へぇ。アナログなのが流行ってるんだね」



 またカードをめくる。

 二人で過ごした些細な出来事を質問され、彼は淀みなくカードを捨てた。


 質問カードはあと3枚。

 右か真ん中を迷って、右をめくった。


 彼の手が初めて止まる。



「これは。攻めてきたね」



 私は2枚の手札で心許なく顔を隠した。

 質問カードには『私を好きですか?』と書いてある。


 彼はカードを1枚捨て、残り1枚。



「はい、君もカード選んで。なんなら僕が選ぼうか?」


「それじゃ意味ないでしょっ」



 染まる頰を諦めて見せると、彼は柔らかに微笑んだ。

 私は勢いでカードを捨てる。


 質問カードはあと2枚。

 手札はあと1枚。

 吉と出るか、凶と出るか。これは私の運試しだった。



「最後の1枚。めくるよ」



 右か左。

 彼は順番に指をさし、左を選んだ。


 質問は。



「……僕、もしかして試されてる?」



 残った1枚の手札で口元を隠した彼は、恥ずかしげに目線を泳がせた。

 私も同じく手札に顔を伏せる。上気した頰は、ストーブの上の薬缶よりも湯気を出しているかもしれない。


 選んだカードには『キスしたい?』と書かれていた。



「これ、手札が足りなくて違う答えだったらどうするの」


「それは……数が合うように質問を調整したから……」


「策士だなぁ」



 じゃあ、と。

 彼は私がさりげなく手元に寄せて隠していた、本当に最後の質問カードをさっと抜き取って表に返した。


 質問は、どれよりも核心をついたもの。



「……ふふっ。まさか、こんな」


「わぁ、もう。そのカードはダメ!」



 すぐさまカードを取り上げようとしたけど、それよりも早く彼の手が動いた。

 眉を下げてまじまじとカードを見る表情は、見惚れるほどに優しく笑んでいる。



「僕、もしかして不安にさせてた?」


「だ、だって。お兄さん、全然それ(・・)らしいことしないから」


「ごめんね。君、まだ学生だから……」



 ちらりと私を見て、次いで壁に掛けられたカレンダーを見た。

 少し間があって、彼が口を開く。



「来年の3月で卒業だよね?」


「え? うん、そうだよ」


「じゃあ、もういいかな」



 立ち上がった彼は居間を出て、自室へ。

 残された私はぽかんとその背を見送った。


 そして、戻ってきたその手に注目する。



「これ」



 差し出されたものに、きょとんとした。

 小さな箱は、いくら見てもその(・・)箱にしか見えない。



「さっきの質問カードの答え。手、かして?」


「う、うん……」



 私の左手を取った彼は、箱から取り出したものをそっと薬指にはめた。

 輝く石は控えめに、それでいて存在感を放つ。シルバーリングが、ぴたりとはまった。


 うん、ぴったり。

 彼は満足そうに頷く。



「もちろんキスもしたいけど。いろいろと大変なんだ」


「いろいろって?」


「一線。引いてるつもりなんだけど。君はまだ、学生だから」


「……学生だと、だめ?」


「ううん、そうじゃなくて。僕の問題」



 私は首を傾げる。



「隔たりなく、君に触れたくなってしまうから。めちゃくちゃにして、僕だけのものにしたい。というか、絶対にするんだけど」


「っ!」


「今はダメでしょ? だから、その我慢。でも、気持ちだけは伝えておかないとね」



 彼は私の両手を握ると、真正面から見据えた。

 いつもは見ないその色。頰に、私もつられる赤を差して。



「受け取ってくれる? って言っても、プロポーズは先を越されたようなものだけど」


「プロポーズ……」



 彼は片手をはなして、質問カードを手に持った。

 私に見せつけるそれには、きっと私と彼にしかわからない合言葉が綴られている。



「誓うよ。君に。卒業したら、僕と結婚してくれますか?」



 彼に向けたカードは、今度は私に問う。

『ピンクの山茶花の花言葉を、誓ってくれますか?』と。


 私は彼の持つ質問カードを同じく掴んで、震える声で答えた。



「…………はい」



 かつて、彼の祖父が祖母に向けて植えたというピンクの山茶花。

 それは愛の証であり、愛の誓いである花言葉を秘めて。



『永遠の愛』を。



 二人で誓って、確かめるように抱きしめ合った。






タイトルの『合わせ』は婚姻の意味です。


以下、本文に入れようか迷ったその後の会話。

切るのももったいないのであとがきに。



❇︎❇︎❇︎




「今夜は大変だ。僕の理性がすごく試される」



彼の腕の中、頭の上から聞こえる言葉にどきりとした。

今日はお泊まりだと先に伝えていたし、ある意味で一線を越えてしまった私たちにはそれ(・・)を避ける必要は、実はない。



「お兄さん、そんな感じなの……?」



おずおずと、そう問いかける。



「君と出会って6年。気持ちが通じてもうすぐ4年。ずっと我慢してるよ」


「でも、そんなに我慢できたなら」


「何言ってるの。僕のプロポーズに君は『はい』と答えたんだ。本当は今すぐめちゃくちゃにしたいくらいだよ」



心臓に悪い。

激しい鼓動が私の体を微かに揺らし、その振動が彼に伝わっているのではないかと心配になる。


硬直した私に、察した彼は声を落として囁く。



「……安心して。卒業までは我慢するから」


「あの、なんか。……ごめんね」


「大丈夫。卒業後には、全部僕のものになってもらうから」



意地の悪い声色にぞくりとしながら、髪を絡め取る指はいつも通りに優しい。

ギャップに酔いしれる。



(こんなお兄さん、知らない)



初めて男を越えた獣を垣間見た気がした。

この先、卒業を迎えたら。



(私は耐えられるのかな……)



想像もつかない甘さにひとり緊張して、彼の胸にぎゅっとしがみついた。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 遅まきながら参りました。今回も「お兄さん」呼びに萌えました……。 『鏡花火』の先生を思い出すストイックさですが、こちらのお兄さんはさらに余裕がありますね。年下の彼女が可愛らしいです。 [一…
[良い点] ほああ、甘い。(゜゜) あまりこういうお話に触れてこなかった自分には、少し刺激が強めだったかもしれませぬ。(-ω-*) お兄さんの、大人で余裕ありげなキャラクターが素敵でした。こういう大人…
[良い点] 甘ーい! 前作から続けて読ませていただきましたが、年上彼氏×年下彼女の理想形の一パターンですね! じれじれして、気持ちが知りたいなって思う女の子のかわいい謀略も微笑ましいし(回答を予想して…
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