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誘いの駅~遠見越~

作者: 白黒兎

この作品はフィクションです。

実在する人物、団体などは一切関係ありません。




 がたんごとんがたんごとん。


 やや古めかしい電車が心地よい音を立てながら線路を走っていく。目の前の景色は緑一色で、都会から来た俺にはとても新鮮なものに見えた。まるでテレビとかで見る秘境巡りのような雰囲気だ。


 三両しかない電車の乗客はとても少なく、俺のいる車両には俺の他に杖を持ったおばあちゃんと幼い子供を抱えた母親らしき人のみ。


 東京から三回乗り換えをして乗ったこの電車が止まるとある駅で俺は取材をすることになっていた。田舎の暮らしをピックアップするらしい。まぁ、田舎にあこがれる都会の人も一定数いるから需要もあるのだろう。定期的にこういう取材で田舎に向かうことがあるのは知っていたが、今回は担当者が別の仕事で行けなくなってしまったので俺が代わりに来ることになったということだ。


 しばらくぼんやりとしながら電車の窓から流れる景色を見ていると、車内アナウンスが流れてきた。


「次は~遠見越(とおみこし)~遠見越~」


(やれやれ、やっと着いたか)


 今日の為に朝早くから電車に乗り続けて移動し、すでにお昼になろうという時間になっていた。プライベートでも一人でこんな遠出はしたことないというのに…全く、面倒な仕事を押しつけられたものだ。


 電車から降りた俺が真っ先に感じたことは夏の太陽から照り付けてくる暑さだった。電車の中はクーラーが効いていたから天国だったが、一度外に出ればまさに地獄だ。じんわりと肌から汗が出てくるの感じながら俺は駅を見渡した。


(ふぅん?思っていたよりもボロい駅では無いんだな)


 本来来るはずだった担当者からいくつか話を聞いていたが、田舎の駅は無人駅も多く、地元住人が掃除をすることもあるのだという。


 それと、いくつか教えてくれたアドバイスの中に、基本的に買い物をする場所は近くにないから飲み物と軽食は用意しておいた方が良いと言われていたので、この日のために自宅の物入れに押し込んであったリュックサックを引っ張り出して一通り準備をしておいた。


(っと、そうだそうだ。時刻表を確認して…って話には聞いていたが本当に少ないんだなぁ)


 田舎の電車は滅多に来ないとは聞いていたが、夕方になるまで電車は来ないようでその電車を逃すと帰ることも出来ないようだった。まぁ、これに乗り遅れることにさえならなければ大丈夫だろう。しかし…


(それにしても本数が少ないような…?田舎はこんなものなのか?)


「おやおや。こんな山奥の田舎にようこそ」


 俺が時刻表に意識が傾いている時に突然すぐ近くから声を掛けられた。かなり驚いて危うく叫びそうになったのをすんでのところで止める。危なかった。


 声のした方に顔を向けると、かなりご高齢のおばあちゃんがにこにこと愛嬌のある笑顔を浮かべて俺のことを見ていた。声を掛けたのはこのおばあちゃんだろう。そういえば、田舎の人は外から来た人がすぐにわかるのだとか言っていたな。俺は愛想笑いを浮かべておばあちゃんに体を向ける。


「あぁ、えぇと。こんにちわ」

「はいこんにちわ。今日は暑いねぇ…。ここに降りたってことは村に行くんだろうけど、熱中症に気を付けるんだよ。ほれ、これをあげるからきちんと水分を補給しなさい。村はちょっと歩くけど、この駅を出て真っすぐ行けば着くから道に迷うことはないと思うけど、道をそれたら山に入ってしまって不慣れな者はすぐ道に迷うから気を付けなさい?」

「あ、はい。わざわざありがとうございます」

「いいのいいの。久し振りの外からのお客様だもの。次の電車が来るまでゆっくりしていってね」


 途中で話を遮る間がないほど話が流れていき、その勢いのままおばあちゃんから水の入ったペットボトルを受け取ってしまった。まぁ、あって困る物でも無いし良いかと思い、俺は駅から外に出た。


 駅で出会ったおばあちゃんの言っていた通り、道は真っすぐだったが、駅から村までは歩いて三十分以上掛かった。


(不便すぎるだろう!いや、でも、あの電車の本数ならば滅多に利用しないのだろうから良いのか?)


 右を向いても緑、左を向いても緑一色の道のようなものを通ってからようやく開けた場所に出たと思ったら、今度はテレビでしか見たことのないような田園風景が広がっていた。都会に住んでいる俺にはもちろん縁のない風景で、思わず感嘆と見惚れてしまいその場に立ち尽くしてしまう。


 暫し風景に見惚れていると、畑仕事をしているであろう人影が目に入って我に返った。そうだ、俺は田舎の取材に来たんだった。これはプライベートの旅行ではなくて仕事なのだ。


 早速、さっき目に入った人影の場所に向かう。何かを収穫しているのだろうか?とりあえず、声を掛けてみよう。


「あの~、すいませ~ん」


 反応が無い。もう少し声を張り上げるか。


「あの~!すいませ~ん!!」


 すると、俺の声に気付いたのか、人影が俺の方に近付いてきた。見た目は50台くらいのおじさんだな。おじさんは訝しげに俺を見ると「なんだ?」とぶっきらぼうに声を出した。しまった。警戒されてしまっただろうか。


「お忙しいところすいません。実は、田舎のま…村に取材に来ているのですが、少しだけお話を伺ってもよろしいですか?」

「ん?それなら、他の連中も呼ぶか?」

「良いのですか?」

「構わねぇ構わねぇ。どーせ畑仕事終わればみ~んな暇してんだからな。ほら、こっちきな。ここじゃ暑いだろう?麦茶、出してやる」

「あ、ありがとうございます」


 田舎の人はコミュ力高いなぁ。俺も田舎住んだらこういう風になるのかな?なる訳無いよな。そもそも、こんなまともに買い物も出来なさそうな村なんか一週間もしない内に気が狂いそうだ。


 おじさんの後をついていくと、これまたテレビで見るような古そうな家の中に招き入れられた。玄関に鍵も掛かっていないようで、無造作に引き戸の玄関を開けたのにはびっくりした。田舎は鍵をかけないと言うのは真実だったのか。都会暮らしの俺には理解出来ない世界だ。


 その後、おじさんが居間で麦茶をコップ一杯出してくれた後一度家の外に出ていき、しばらくすると何人かのおじいさんやおばあさんを連れて帰って来た。


 俺が田舎の取材に来たと言うと、何が可笑しいのかゲラゲラと笑いだしてこの村の暮らしを語り始める。


「朝起きて畑いじって後は寝るだけよう、がははは」

「あんたこの前寝てる時にゲジゲジと目が合って慌てたじゃないかい。だらしない」

「起きて目の前にいりゃあビビるだろうが!?」

「ほら、これ食いな。今朝採って来た野菜だ」

「あ、ありがとうございます」


 俺が何か質問するまでも無く勝手に話が盛り上がるのをまるで会議の議事録をとっているのかのようにメモ帳に書いていく。これで本当に良いのか疑問に思いながらもどことなく楽しい雰囲気に呑まれながらあっという間に時間が過ぎていった。


「あっ!もうこんな時間じゃないの!あんた電車は大丈夫なのかい!?」

「えっ?あっ!?ヤバもうこんな時間か」

「おいおい。この後の電車を逃すとけえれなくなるぞ?」

「すいません。今日は本当にありがとうございました。俺は急いで駅まで戻らないとなので…」

「気にすることねぇよ。俺らも久しぶりにこんなに話せて楽しかったしな」

「ほれ、早く行きなさいな。電車逃しちまうよ」

「万が一電車逃したら一日泊めてやるからな。遠慮せず戻ってこい」


 最後まで騒がしいおじさんとおばさん達に、俺はお礼を言ってから駅まで全力で走った。まだ間に合うと思うが、万が一逃すと大変だ。急がなければ。


 無事に駅に到着すると、ちょうど電車が遠くに見えたところだった。危なかった。俺は息を整えてリュックサックから朝おばあちゃんに貰った水をごくごくと喉を鳴らして飲み、ついでにタオルも取り出して汗を軽くふいた。日も傾いて来たとはいえ、まだまだ夏の暑さは健在だ。肌についた服が気持ち悪いが、こればっかりは仕方ない。家に帰ってからシャワーを浴びよう。っと考えていたところに電車がやってきて目の前で止まった。


(一両の電車なんて始めて見た。ほんとに田舎って凄いなぁ)


 電車の扉を開ける為にボタンを押すと、音を立てて扉が開き中から肌寒いほどの冷気が流れてきた。どうやらこんな電車でもクーラーは効いているらしい。その涼しさに誘われるように電車の中に入ろうとすると、ひんやりした何かが俺の手を強く引っ張って止めた。


 なんだと思い引っ張っているものに視線を送ると、初めて会うまだ小学生高学年くらいの少女が俺の手を両手で握って引っ張っている。その目はじっと俺の顔を見詰めている。


「え~っと、お嬢ちゃん?これ乗り遅れると帰れなくなるからさ。放してくれないかな?」

「それに乗ってはダメ」

「えっ?」

「それに乗ってはダメよ」


 少女は更に強く俺の手を引っ張り、電車から引き離そうとしているようにみえる。俺はそんな少女の必死な様子に気を取られて、定刻の音が鳴ったのに気付くのが遅れてしまった。


 気付いた時には開けていたドアが閉まり、電車が動き出してやがて見えなくなってしまった。


「あ~~!!!しまった~~!!!!」


 思わず声をあげて追いかけようとするが、どうせ追いつけるはずもないのですぐに足を止めた。そのまま膝から落ちるように手をつく。これで、今日はここに泊まるのが確定した。


「こっち」


 いつの間にかまた隣に立っていた少女が手を付く俺を見ながらそう呟いた。何か違和感のようなものを頭の隅で感じながらも、俺は少女が泊まる場所を案内してくれるのだと思い立ち上がった。


 少女に手を引かれるようにして俺は駅を出た。このまま真っすぐいけば村に着くはずだが、少女はすぐに脇道に逸れて俺を連れていこうとする。


「お、おい。そっちは村じゃないだろ?」

「こっち」


 無表情に俺を見詰める少女を訝しげながらも、ひんやりした手に引かれるまま道なき道を進んだ。すると、山の中に小さな小屋が建っているのが目に入る。ここから駅までは十分も経っていない場所だ。


「ここに居て」


 少女はそう言うとひんやりした手を放して小屋の入り口を開けた。電気は通っていないようで、小屋の中は真っ暗だったが、まだ僅かに明るい空からくる光で中の間取りはなんとなくわかった。


(物置小屋…かな?)


「朝になるまでここから出てはダメ」

「えっ?」

「朝になるまでここから出てはダメよ」

「…わかったよ。もう日も落ちるし迷いそうだからな」

「うん」


 少女は無表情なまま頷くと入り口から外に出ていった。俺は適当な床で横になると、外で鳴く(ひぐらし)の声を遠くに聞きながら目を閉じた。長い移動と慣れない環境のせいか、知らず知らずのうちに意識は深い闇の中に落ちてやがて俺はゆっくりと眠りについた。


「うぐっ!?痛てて…」


 固まった体をほぐすようにして、大きく伸びをすると、俺はスマホを懐から出して時間を確認する。


「うおっ。なんだこれ?凄い不在着信の数だなぁ」


 昨日の夕方くらいからだろうか?全然気が付かなかったが、会社の先輩で本来ここに来るはずだった人から何件もの不在着信があった。とりあえず、それを無視して時間を確認すると、既に朝の八時になっている。小屋の窓からも青々しい空が覗いていて、夏の暑さが小屋に充満していた。


(よくこんな環境で朝まで寝れたもんだ)


 寝起きのぼーっとした頭から段々と冴えてくると、不思議なことに先ほどまで感じなかった暑さが一気にやってきた。服を仰いで風を送りながら俺は溜まった不在着信から先輩に折り返して電話した。こんな田舎でも電波はしっかりとあるのだから、今の日本の技術は素晴らしいものだ。


prrrrr…prrrrr…ガチャ


「あっ?先輩?すいません。ちょっと昨日は気が付かなくて…」

「おい、三沢!今お前どこにいるんだ!?」

「それが聞いてくださいよ。電車逃しちゃって田舎で寝泊まりしているんですよ」


 慌てた様子の先輩を不思議に思いながらも俺は今の状況を説明した。すると、先輩はしばらく無言になってから静かな声で呟いた。


「…お前、何言ってんだ?」

「何って、先輩の代わりに遠見越っていう駅の近くの村に…」

「そんな名前の駅にある村なんて取材場所じゃねぇぞ?お前、今何処に居るんだ?」

「えっ?」


 俺は先輩が何を言っているか分からずに、昨日の朝起きてからの行動を丁寧に思い出しながら改めて説明した。俺の説明を聞いた先輩はまたしばらく無言になってから口を開いた。


「…俺の記憶が確かなら、その電車に()()()()()()()()()()()()()()?」


「そんな…。そんな馬鹿な!ちょっと駅を確認しに行って来ます!」

「あぁ、分かった。確認したらすぐに折り返してくれ。それと、会社用のスマホ持っているだろ?GPSが切れているみたいだからONにしておけ。そうすれば会社のパソコンから調べて場所が分かるはずだ」

「あ、はい。分かりました」


 俺は電話を切ってから、リュックサックに手前のポケットに入れてある会社用のスマホを取り出した。紛失用にGPSは切るなと言われているから一度もいじったこなんて無いのに何故…?と思いながらもGPS機能を確認してONにした。


 小屋から出ると、昨日の薄暗くなってきた道を少女と歩いたのを思い出しながら駅を目指す。道に迷うのではないかと不安になりなりがらも、なんとか駅の手前まで辿り着くとその光景に絶句した。


「なっ!?」


 昨日見た駅舎とは全然違う朽ちた場所。僅かに面影らしきものは残っているものの、明らかに自分の記憶とは違う光景だった。俺は緊張のあまり口の中に溢れた唾を飲み込みながら、昨日とは似ても似つかない駅舎の中に入っていった。


 駅舎といっても改札と乗り口と待合所の小さなスペースぐらいしか無かったが、改札は錆びれて、待合所のスペースは原型をとどめないほどに崩れている。乗り口もところどころにどこから来たのか分からない雑草が生えていて、この場所が長い間放置されていたのを彷彿とさせる光景だった。


 そして、駅の名前が書いてあるプレートは錆びと汚れで文字がほとんど読めなくなっていて、辛うじて『……成』という『越』という字の一部分が読めるだけだった。もちろん、線路など電車が走れるような状態ではないのが一目瞭然な状態だった。


 俺は愕然としながらその様子を見渡し、先輩に折り返し電話をかけた。


「よう三沢。どうだった?」

「昨日見た光景と違うんです。昨日はこんなボロボロじゃなかったんです!」

「落ち着け、今お前の会社のスマホのGPSで場所が分かったから、車を飛ばして迎えに行く。それまでそこから動くなよ?ったく、どうやったらそんな山奥の陸の孤島に行けるんだよ。分かったな?絶対に動くなよ?」

「…はい」


 先輩の話ではここまで来るのに最低でも五時間以上は掛かるとのことだった。比較的近くの駅まで電車で移動してそこからレンタカーを借りて急いで来てくれるらしい。俺は先輩を待つ間に、昨日取材で行った村を見に行ってみることにした。


(動くなとは言われたけど、ここにずっと居るのも落ち着かない)


 昨日通った道の筈なのに、まるで獣道かのような状態の道を四苦八苦しながら進んでいくと、昨日よりも時間は掛かったが見覚えのある開けた場所に出た。


「は、ははは…」


 しかし、そこにはテレビのような長閑な田園風景ではなく、長い間手入れのされていない畑だったものと田んぼだったもの。それと、朽ち果てて崩れている民家だったものがそこにはあった。昨日見た光景とのあまりの違いに思わず乾いた笑いが出てしまう。


 そして、ここまで来て、昨日僅かに感じていた違和感に気付いた。


(そういえば、車などの自動車がどこの家にも置いていなかったし、通った後も無かった。電車は一日に二本でお昼と夕方のみ。この近くにコンビニなどのお店があるとは考えられない。こんな場所でどうやって生活するっていうんだ?)


 寂れた村の周りを歩いてみても山に囲まれていて、越えられるような道らしい道が無かった。これではここまで車で行き来するのは不可能だろう。先輩も電話で言っていたほとんど陸の孤島に近い村。そして、唯一の移動手段があの遠見越という駅だが、あれの時刻表はどう考えてもおかしい。


 時間だ。俺がこの場所に着いた十二時頃に初めて電車が来て、二本目にして最後の電車が六時前?そんなことがありえるか?それに、帰りに乗ろうとした電車。あの電車の扉から流れてきた冷気は明らかにクーラーなんてものじゃなかった。どれかというと、そう、コンビニの飲み物の裏側にある冷蔵室のような肌寒さがあった。明らかに異常だったのに、何故か俺はあの時なんとも思わなかったんだ。


 俺は再び駅まで戻って辺りを見回してみるが、時刻表らしきものは跡形も無かった。あれが正しかったのか間違っていたのか、確かめる術はなさそうだ。


 ぼんやりと、助けが来るのを待ちながら昨日最後に出会った少女のことを思い出していた。向かい合ったはずなのに思い出そうとすると何故か顔の部分に靄がかかったようになる。それでも、無表情な顔で無機質な声で、冷たい手で引っ張って俺をこの駅から引き離してあの小屋に誘導したのは覚えている。


 そうして思い出していると、昨日この場所で出会った人の全員の顔が思い出せなくなっていることに気が付いた。いや、顔は覚えているのだが、どうにも靄がかかったようになってはっきりとは思い出せない。どこからこんな感じなのかと記憶を辿っていくと、この駅に着いた時に乗っていた電車の辺りから妙に記憶があやふやになっているのに気が付いた。


(俺は何時、何処であの電車に乗った?一緒の車両に乗っていたおばあちゃんの顔は?幼い子供を抱えた母親?そんな奴居たか?)


 記憶では確かにいつどこで電車に乗ったのかも覚えているはずなのに、一緒の車両に乗っていた人のことも覚えているのに、やはりどこかあやふやな記憶になっている。俺は混乱する頭を横に振った。


 いつの間にか蜩の声は止み、太陽も真上に来ていて直射日光が俺を照らしていた。俺はリュックサックから昨日駅でおばあちゃんから貰ったペットボトルの水を取り出して一気に飲んだ。


「おやおや。こんな山奥の田舎にようこそ」


 俺はピタリと動きを止めた。手に持った空のペットボトルを緊張のあまり握り潰してしまう。水を飲んだばかりなのに喉がからからだ。暑いだけではなく妙な寒気で汗が止まらない。


(そんなはずはない。ここはとっくの昔に廃れた駅なのだ。人が居るはずがない)


 俺はゆっくりと声のした方に顔を向けると、そこには…


 誰も居なかった。


 それから、近くの山道まで車で来てそこから歩いてここまで探しに来てくれた先輩と地元の人達のおかげで、俺はこの廃村と廃駅から脱出することが出来た。


 後で調べたところ、何十年も前にはあの場所には小さな村があり、確かに電車も通っていたようだ。しかし、少ない村人が流行り病で一気に倒れてしまって住む人が居なくなってそのまま廃村になり、すぐにあの駅も廃駅となって電車が通らなくなったらしい。


 そして不思議なことに、地元住民の間では、時折今回の俺のようにあの場所に迷いこむ人が居るのだという。その人たちは口をそろえて今回の俺の時と同じで、遠見越という駅で降りたと言っているらしく、そこの住人とも交流したと言っているらしい。


 そして、最後に帰りの電車に乗ろうとすると、小さな女の子が乗るなと言って物置小屋まで連れていき、朝までここから出るなと忠告するという。全く俺と同じだった。


 あの駅が一体何なのか、あの村人達は何なのか、帰りの電車に乗るとどうなるのか。そしてあの少女はなぜ助けてくれるのか。結局それは分からずじまいだった。


 ただ分かっているのは、あれが夏の暑さのせいで見た白昼夢なんてものでは無く、確かに実際に体験したことだということ。その証拠に、取材で使ったメモ帳には住人とのやりとりが書いてあったし、駅でおばあさんから貰ったペットボトルも持っていた。


 遠見越。この駅は今もなお、山に囲まれたあの場所で人知れず誰かを誘っているのだろうか?


 その理由も、あの場所に行くことは二度と無いであろう俺にはもう関係ないことだ。俺はそう思ってあの駅の資料を閉じた。




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