77話 幸せで懐かしい夢の中
主人公視点です。主人公と婚約者のやり取り、続きとなります。
後半は、主人公達の過去の話に……
「…カノンの前世の世界にも、僕と同じ魂を持つ存在が居て、君とは近しい人間であったということかな?」
わたくしの剣幕に目を見開かれ、暫し呆然とされておられましたが、その後は思考の渦に深く沈まれまして。相変わらず、切り替えの早いご対応ですこと。そういう性質も彼のお人らしいことと、結論付けられますわね。
「はい、そうですわ。当然のことながら外見は全く違いますが、同じ魂の持ち主と申せますわ。前世のわたくしとは、一応は…幼馴染と申し上げられますかしら。前世で違和感を感じておりましても、此方の世界の記憶のないわたくしに、気付くことは叶いませんでしたわ。前世のわたくしは過去の記憶もなく、貴方に他の世界の記憶がおありだと、夢にも思いませんものね。今回思い出した記憶の中で、同じ魂の貴方を見つけられたことは、奇跡のようなものですわ。」
わたくしの婚約者のトキ様は、わたくしの言葉に真剣に耳を傾けられ、沈黙を保たれておられます。前世でわたくしの一番の理解者であられた彼は、現在も理解なさろうとしてくださいます。
「貴方の前世の世界でも、貴方の傍らに居たのだね。今の僕は残念だが、何も思い出せないよ。過去の君が良く知る僕は、過去ではなく未来に当たるのかもしれない。カノンは、この仮説をどう思う?」
「…現在の世界にそっくりなお話を、迷うことなく乙女ゲームで作られたのですから、わたくしの前世の世界に今を生きられた貴方が、転生なされたと考えましたら、全てが解決できましてよ。」
「…なるほど。君もそう思うのなら、そのようだね。」
「前世の頃よりわたくしの勘は、よく当たりますの。前世で貴方がわたくしを見つけられたように、現在ではわたくしが貴方を見つけましたわ。」
過去の世界の彼が来世であるならば、現在の彼に記憶がないはずです。ですから今の彼は、わたくしのよく存じる彼ではございません。それでも、わたくしは同一人物だと、断言できますわ。
トキ君こと時流さんは、この世界をご存じだからこそ、わたくしに近付いて来られたのです。ゲームという回りくどい形を取ってまで、わたくしの傍らに居続けようと、わたくしの父の会社にも入社され…。あの乙女ゲームは、今の世界を忠実に再現されたものでしょう。
時流さんとトキ様が、同じ人物たる確証は何もございません。日本人と外国人風の容姿とでは、外見も似ても似つかない別人ですし、両親や親戚など周りの方々も、現在とは何の関係もないようです。あの頃の時流さんはわたくしを見つつ、わたくしを通して別のわたくしを、ご覧になられていたようでした。前世のわたくしもそれを知りつつも、気付かないフリをして…。
「今日は、これぐらいにしよう。これ以上君を足止めすれば、アルバーニ侯爵も心配なさるだろう。近いうちに僕から君に、連絡するよ。それまでは、待っていてくれないかな?」
「…はい、トキ様。承知致しましたわ。」
何故、わたくしに態々近付かれたのか。わたくしの父の会社にまで、何故入社されたのか。何の目的で、乙女ゲームを作られたのか。貴方とわたくしが乙女ゲームに登場しないのは、どういう理由があるのか。…等々。時流さんには山ほど、お尋ねしたいことがございます。ですが、トキ様がご説明できないことも、十分に理解しておりますわ。後日にゆっくり話す機会を、設けてくださるようですので、今はもう何も申し上げませんことよ。
既に父は王宮を去っておりますので、トキ様が送ってくださるようです。彼はご自分の家の馬車の中でも、珍しくずっと考え込んでおられて、会話も殆どなさいません。ご自分の来世に驚かれたようですのに、どこか心覚えのあるご様子でしたわ。現在の世界の彼もわたくしに、何か隠していらっしゃるのかしら?
今の彼が全てを、存じ上げられてはおられないでしょうが、何かしらの事情をご存じなのでは…。現在のこの世界を舞台となさり、乙女ゲームを作られた理由にも、隠されているような気も致します。
現在、彼は何処から何処までをご存じか、未来という今のわたくしも、トキ様に何らかの影響を及ぼしたのかも、しれません。過去と未来が複雑に交差すると知り得た以上は、わたくしにも知る権利がございます。そして、過去の彼と未来の彼が、同じ目的を遂げようとされておられるのか、自らの目で確かめたいのです。
彼が嘘を語られたとしても、誤魔化そうとなさっても、彼の細かな表情や僅かな動揺を、絶対に見逃したり致しません。嘘は通じないというスタンスで、貴方に挑むつもりですので、ご覚悟を…。
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現在のわたくしの記憶は、前世の15歳までとなります。乙女ゲームを試作した頃の記憶を、最近取り戻しましたのよ。制作に1年ほどをかけまして、試行錯誤した初の乙女ゲームでしたわね。
…こうして振り返ってみますと、ゲームの舞台となる国も登場人物も、今の世界に存在するものばかりです。時流さんが何故か頑なに、魔法は必要ないと反対なさる理由も、今ならば理解ができますわ。この異世界を再現する為に、ゲームという手段を取られたのでしたら、魔法は絶対に要りませんもの。
乙女ゲームにはトキ様もわたくしも、一切登場を致しません。また親友のリナも登場人物ではありませんし、エイジは攻略不可なサポートキャラ、という微妙な立ち位置ではありますが…。時流さんは何故か、態とそうなさったようでして。
これらは、時流さんのご配慮かしら?…そのわりにはご友人のリョー様に、ご配慮がないような気も致します。現在はご親友ですけれど、過去のリョー様とのご縁はなくなり、時流さんも彼をお探しするのも、容易なことではなかったはず。日本国民の数は、この国の国民より倍以上も多く、更に一般市民から彼を探すのは、困難極まりなくて…。
容姿も全く異なる別人で、この世界の記憶も持たない人間を、前世の技術や文化の進展が凄まじいと言えども、ご本人から名乗り出ていただかない限り、限界がございましてよ。トキ様と同類の方々ならば、記憶を思い出せば叶いますけれど。
寧ろリョー様はわたくしと同類で、前世の日本の記憶がございます。わたくしと同じく、彼は前世が日本人だったのです。時流さんとは記憶が交わらず、トキ様のことは分からないことでしょう。其れなのに…何故か、わたくしを探しておられたのです。その理由には、何が隠されておりますの?
思考を止められず、中々眠りに就けなかったわたくしですが、何時しか深い眠りに就いた時、懐かしい過去を夢に見ましたのよ。時流さんに初めて告白された、あの当時を。中学卒業を目前に彼から告白され、わたくしが応じたあの頃を。
「カノ、中学卒業おめでとう!…漸く君も、高校生だな。だから、君に悪い虫がつく前に、はっきりさせようと思う。花南音、僕の恋人になってほしい。」
「……えっ?…わたくしが、貴方の…恋人に?」
恋愛に鈍いわたくしも、どういう意味かは分かります。行き成り告白されて思考が追い付かず、無意識にオウム返しを致しましたわ。流石に、何故とは問いませんわよ。恋愛事に鈍いと思われておりますが、そこまで鈍くはございません。
「ああ、そうだ。僕はこれからもずっと、君と共に歩みたい。これは、結婚前提のプロポーズでもあるが、取り敢えず恋人から始めよう。もし今君に断られても、僕の想いは変わらない。永遠に、ね…」
「……はい。トキ君がわたくしを望まれるのでしたら、わたくしも恋人は…貴方が良いのです。」
「……っ!!……やっと、カノから返事を貰えたな。これで僕達は、今日から恋人同士だよ。……漸く、君を手に入れた…」
「…………」
これほどに熱烈な愛の告白をお受けし、否とお答えする理由など、わたくしには皆無でございます。了承を致しましたわたくしを、彼は感激しながらギュッと抱き締められた所為で、わたくしの視線は彼方此方に彷徨いましたわ。わたくしは居た堪れないぐらいに、恥ずかしくて。顏を真っ赤にさせておりました。
「…君は自らの恋愛に鈍感だけど、他人の恋愛には敏いよね。僕は君より4歳も年上で、小学校以外は中学も高校も別だった。僕は君のことを考える度、何時も気が気じゃなかったよ。何時か君に、悪い虫が付かないかと…」
「…それは、気になさることもなかったのですわ。わたくしは異性にモテるようなタイプでは、ございませんもの。」
「…それ、本気で言ってる?……はあ。これだから君は、一時も目が離せないんだよ。但し、君自身に自覚がないということは、意識もされない輩だろう。だから今までは僕も、安心していたんだ。」
「……??………」
学生の頃の4歳差は、大きな壁ですわ。時流さんとご一緒したのは、たった2年だけでしたもの。追い付きたくとも追い付けず、寂しい思いでしたわ。当時の彼は兄のような存在で、それが何時の日にか異性として、お慕い申しておりました。
…当時、わたくしに悪い虫が付くどころか、全く異性にモテておりません。ご心配なさるだけ、無駄というものでしたのよ。一時も目が離せないとか、自覚がないとか意識もされないとか、わたくしには必要のない言葉の羅列でしょうか?…わたくしの何処がそれほど、お気に召しましたの?…ねえ、時流さん?
それでも、時流さんもわたくし同様、不安を感じていらしたようで、嬉しく思いましてよ。彼に抱き締められた状態で、わたくしは彼の顔を見上げようとした、その時。わたくしの顔にほんの一瞬、影が差し込んで。瞬きすらできない僅かな時間なのに、何故か時間が止まって……
「………っ!!………」
彼の顔が離れていくにつれ、自らに何が起きたのかを、わたくしは漸く理解致しました。初キスで真っ赤な顔になるわたくしが、口の端を上げて笑う彼を睨んでも、決して悪うございません!!
成人の儀で久々に、婚約者と再会したカノン。前半はその続きですが、後半は夢を見るという形で、前世の話となりました。
花南音は中学卒業したばかりで、その年の誕生日で16歳の年となり、その頃の時流は大学に進学して、その年の誕生日で20歳となることに。…う~ん、これってギリセーフの範囲かな…?
前世編では書いた部分とは重ならないように、書いたつもりですが…。ちょっとだけイチャイチャさせたかった、というのも本心でしょうか。 現世でいちゃつくのは、もう少し先になりそうなので……