76話 過去と現在は交差する
番外編の前に、話は戻ります。さて、後半からは愈々あの人が……?!
「…花南音、ちょっと待ってよ!…流石に今すぐお泊まりするのは、性急過ぎだと思うわ。両親には前世の話はできないし、成人の儀で意気投合したと、誤魔化した方がいいと思うわ。花南音も私に、話を合わせてよね?…『前世』や『転生』という言葉が抑々、この異世界にはないようで、生まれ変わるという発想や解釈も、考えられないみたいね。」
「承知致しましたわ。蒼がそうなさるのでしたら、わたくしも父にそうお伝え致しますわね。」
つい先程まで不満気に、ブツブツと呟かれる蒼のお声が、わたくしの耳にも入っておりました。礼儀作法のレッスンというわたくしの指導を、絶対に避けたいご様子でしたけれども。わたくしの指導は厳しいと、わたくし自身も否定は致しませんことよ。実は…わたくし自身が、ハードなレッスンを受けておりますが。
…あらっ?…何かが、おかしいですわね?…前世の母は入退院ばかりで、わたくしに指導をなさる時間もなかったと、記憶しておりますが…。現世では、母はご健在ではございますけれど、特に厳しくご指導をなさいませんでしたわ。では何方が、教えてくださいましたの?
不思議に思い、首を傾げつつ…。厳しく指導を受けた記憶はあれど、何時誰に指導を受けたのかと、何故かその記憶がございません。過去の礼儀作法を覚えておりましたので、現世では難なく熟せましたけれども、前世で特に指導を受けた記憶がないというのも、おかしな話ですわ。厳しい指導だったという記憶だけは、妙に生々しく正確に覚えておりまして……
それはさておき、蒼と連れ立って会場内へ、先ずはわたくしの父の許へと、ご挨拶をしに参ります。たった今、意気投合して仲良くなったと、父にアピールする傍らで、我が家へ招く許可を得ようと、思いましてよ。
「うんうん、これはこれは…。新しい友達ができたとは、非常に幸先の良いことだね。アオーリヤ嬢、カノンのことをよろしく頼むよ。」
この世界基準通り、わたくしの父に先にご紹介を致します。蒼を一目ご覧になったお父様は、大層気に入ったというご様子です。あまり多くを語らない父は、人を見る目を持たれたお人なのですもの。
「…アオ、何処に隠れていたのだ?…ん?…此方のお嬢さんは、アオの新しいお友達かな?……えっ?!……アルバーニ侯爵令嬢だって?…ええっ!?」
アオのお父様は、少し剽軽なお方のようですわ。わたくしの父にご紹介し、次は蒼のお父様にご紹介していただこうと、顔合わせに行きますと。わたくしの自己紹介に、大層驚いておられます。前世の蒼のご両親も存じておりますが、現世の彼女のお父様は、とっても優しそうなお方ですのね。わたくしの今の父も優しいですが、一見して冷たい雰囲気を纏う父は、誤解されやすいタイプでして。
フェミリア子爵当主であられるアオのお父様は、わたくしの父よりも温かみのある感じで、ダンディなイケメン紳士のようですわ。蒼も始終笑顔で応えられ、家族仲も良好だと知れましたもの。
因みに彼女の前世のお父様は、家業からも連想されるような、ガタイの良い大柄な男性でしたわ。常に「ガハハハッ!!」と大声で笑っておられた、陽気なタイプのお人で、年頃の蒼は恥ずかしく思いつつも、尊敬なされていたような。…ふふっ、懐かしい思い出ですわ…。
「…えっ?…我が娘を、アルバーニ侯爵家に招待いただける、と?…暫くお泊りさせてくださる、と?……いえ、わたくし共は一向に、構いませんが……」
早急なお泊りの申し出にも拘らず、蒼のお父様は困惑しつつも、わたくしからお願いする形の申し出に、許可をくださいました。まだ10代の子供が相手とは言え、公爵令嬢に対して子爵家当主は、拒否できるはずもございませんのよ。
其れでも我が子の新しい友人として、認めてくださった上での許可だと、わたくしにも理解できましてよ。わたくしは認められたのが嬉しく、蒼を振り返りつつ微笑み、彼女もまた微笑み返されて。本心から微笑むわたくし達に、子爵様もご安心なされたようでした。
…蒼にまた出会えましたことは、本当にラッキーなことですわね。前世は親友の少ないわたくしも、現世ではこうして親友に恵まれておりますのよ。前世からの親友と再び親友となりまして、現世も希少な人生となり得ることでしょう。
前世の頃より蒼は、礼儀作法という言葉に対して、渋いお顔をなさいます。活発たる彼女には、身分社会での制限は不得手となさるところか、と…。前世で初めてお会いした当時、丁寧な敬語で接してくださった彼女も、次第に敬語で話されることもなくなりましたもの。
……ふふふっ。蒼には貴族の生活は余程、窮屈なことでしょうね?…蒼や日高君を乙女ゲームに巻き込みましたのは、わたくし達の所為ですわ。絶対にゲーム通りには、させませんことよ!
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前世の日本では貴族という身分はなく、礼儀作法を正しく知らずとも、恥を掻く程度でしたわ。この今の世界を前世風に例えますならば、中世ヨーロッパによく似ております。同じ時期の日本には身分制度もございましたが、礼儀作法に関しては似て非なるものと、言えますでしょうか?
この異世界に於ける貴族の義務の1つ、それが礼儀作法なのです。貴族の末端として生まれたからには、何れアオの夫となる殿方が貴族ならば、その横に並ぶ資格を得なければなりません。その殿方の正体が、日高君であろうとなかろうと。
今後はわたくしが全面的に、バックアップさせていただきます。前世の恩返しとでも言いましょうか、現世で特別に取り柄もないわたくしでも可能な、唯一の対価ですのよ。蒼を悪役令嬢になど、させたくありませんものね。モブ・ノリックの運命とやらも、序でに変えてしまいましょうか?
再会の約束を交わし、わたくしと蒼は成人の儀の会場で、お別れ致します。走馬灯のように、わたくしは暫く夢見心地でおりましたが、そろそろ我が屋に戻ろうと、去ろうとしたその時に。
暗く陰る大きな影が差したことで、わたくしはハッとして立ち止まり、息を呑みつつ身構えたわたくしが、顔を上げた目と鼻の先には、意外な人物が…。心の準備が万全ではないわたくしは、言葉を失い呆然と致しましたわ。明日直ぐにでも連絡することを、漸く決心致しましたのに。何故にどうしてと、問いたいですわ。
…何故、今なのですの?…どうして、此処におられるの?…成人の儀に関係のないお方が、何故此処にいらっしゃるの?……蒼との再会を機に、漸くお会いする決心がつきましたのよ。これ以上逃げてはいけないと、決意したばかりですのに……
わたくしの目の前には、わたくしが避け続ける原因となられたお人が、わたくしを見下ろしておられます。何時の間にかわたくしの頭1つ分以上に、背が高くなられたようでした。子供らしい丸みを帯びたお顔は、シャープなカーブを描いており、中世的な見た目も年頃の青年らしく、引き締まった筋肉質な体躯と分かる、成人男性へと変貌なさっておられたとしても、わたくしが見誤ることはなく。
唐突な出来事に困惑気味のわたくしを、無言のままジッと観察する如く、彼のお人が見つめてこられます。逃げていたわたくしをどう捉えるか、それは分かり兼ねますけれども、此処にいらっしゃる理由ならば、わたくしにも把握できますわ。
「本当に…久しぶりだね、カノン。あまりにも君が僕を避けるから、国王陛下には無理を承知で、此処に招いてもらったよ。ラドクール公爵家の者である以前に、僕は王族の親族でもあり、王妃殿下の甥でもあるのだから。成人の儀の間は邪魔をしないよう、別の部屋で待機していた…」
……やはり、そうでしたのね。ご実家の権力をフル活用し、わたくしを待ち伏せなさった、と。昔も…そうでしたわね、貴方というお人は。用意周到という言葉は、貴方の為に存在するお言葉では…?
「…油断大敵なお人だと、忘れておりましたわ。冬の間に領地で、新たな過去を思い出したのです。貴方にお会いしたくとも、過去の貴方に対する怒りに、どうしようもなくて…」
「…また過去を、思い出したんだね?…『過去の僕』に怒ったとは、どういう意味なのかな?」
「今は…此処では、お伝えできかねます。後日、詳細をご報告致します。」
「…そういう深刻な話ならば、アルバーニ家の領地まで訪ねて行くと、伝えたはずだよ。特に僕が関係する話は、今直ぐにもはっきり聞きたいな。例え君がどれだけ、怒っていようとも…」
人目も引く王家主催の会場で、わたくしは何も申し上げることができず、彼のお人は明らかに機嫌の悪いご様子ですわ。普段は穏やかな口調も、今は詰問のように感じられますし、綺麗な笑顔を向けられても、鋭く光る瞳には笑みは見られず。
「わたくしにとって、最も大切で最も大事な思い出を、思い出しました。同時に過去の貴方と今の貴方は、同じではないと理解しながらも、どうにもならぬ怒りが押し寄せましたのよ。どうしても許せないと…」
「君の過去に『僕』という存在が関与し、君を本気で怒らせた。それで、間違いないのかな?」
本当に敏いお人ですわ、貴方は。わたくしの理不尽な態度を、理解なさろうとするなんて。その後、王宮関係者が行き来する別室へと、彼のお人に素早く導かれたわたくしは、戸惑いつつも本音を爆発させることに、なりまして……
「王宮の中でも此処は、王族に組する者しか入れない、部屋なんだよ。今日は王妃殿下が僕のために、貸し切ってくださった。だから、例え父であれど僕が許可しない限り、誰も入って来られない。前世の話だろうが、大丈夫だよ…」
「…用意周到過ぎですわ。昔から貴方のそういうところに、わたくしは怒っておりますのよ。なぜわたくしには何も、教えてくださらないんですの?…わたくしは貴方にとって、どういう存在でしたの?」
話は番外編の前、カノンとアオのやり取りに戻ります。漸く、2人の再会編も前半で終わって、後半からはやっと…例のお人の登場です。本文中では敢えて、誰とは申しておりませんけれど、誰なのかは丸分かりですよね…?
珍しく怒りモードになったカノンですが、この続きは次回へ………