幕間4 僕の大切な姉さん達は
引き続き、幕間のお話となります。今回は、主人公の従弟の登場です。
僕が大切に想う姉は、2人存在する。先ず1人目は勿論のこと、6歳上の実の姉である。2人目は、5歳上の従姉弟に当たる人だ。何方も僕にとっては、掛け替えのない存在である。
実の姉である杏里紗姉さんは、僕ら兄弟の面倒を見てくれていたお陰で、すっかり男勝りな姉となってしまった。姉と僕を挟むように3歳違いの兄がいて、この兄が結構な暴れん坊少年だった所為で、杏里紗姉さんは兄の面倒を見るうちに、兄と同レベルのお転婆少女になったようだ。僕が物心ついた時には既に、こういう性格の姉なんだと信じ込むぐらいのレベルで…。
杏里紗姉さんと兄の様子に、僕の両親も苦笑していただけで、僕には敢えて理由を教えてくれていなかった。僕達姉兄弟と従姉弟となる少女が、杏里紗姉さんは兄と行動を共にしたのが原因だと、こっそり教えてくれた。
従姉である花南音姉さんは、本来の杏里紗姉さんがどれほど上品な令嬢か、また姉が僕達兄弟をどれだけ愛しているのかを、語ってくれる。兄を本気で相手とする姉は、見た目はすっかり男勝りな少女にしか見えない。その姉も父の会社のパーティでは、遠田家のご令嬢として出席することもあり、全くの別人のように振る舞う。きっとこの姿が、本来の姉としての姿なのだろう。僕や兄さんと、木登りや川遊びをする姉からは、全く想像も出来ない姿なのだが…。
令嬢らしくない姿に変化した姉も、僕達同様に溺愛する人が居た。その人物は僕も同じく大切に思う、もう1人の姉と言うべき存在の従姉だ。僕が花南音姉さんを姉のように慕い始めたのは、正に実の姉の影響もあるだろう。
「自分の気持ちに疎いカノは、きっと簡単に付け込まれてしまうもの。ですからこのわたくしが、守り抜きますわっ!」
常日頃からそう語っていた杏里沙姉さんは、僕達兄弟と遊んでいる時も、無意識に従妹の心配をしていた。これには、ワンパクで手がかかる兄さんでさえ、よく呆れていたぐらいだ。
「花南音ちゃんはある意味ではお人好しだし、確かにちょっと抜けた部分もあると思うけど、姉さんよりもしっかり者だよなあ。姉さんには彼女が、どれだけ幼く見えているのだろうな?」
「花南音姉さんはしっかり者だよ。だけど…自分自身のことになったら、大分抜けたところのある人だからなあ。」
「それに関しては、姉さんも同じだ。俺のことを未だに小学生扱いするし、それどころか…幼稚園児並みの扱いを、する時もある…。」
「…………」
「…おい、来留。何でそこで、黙るんだ…。お前まで…子供扱いするなよ!」
弟達を溺愛し過ぎで男勝りとなった杏里沙姉さんも、シャレにならないほど抜けてる気がする…。だけど一番驚いたのが、兄さん自身の言葉でもある。ちゃんと自分の評価を理解していたと、自分の影響があると気付いていたんだと。僕は兄に感心し黙していたことで、兄に勘違いされたようだ。兄はジトリとした目付きで、僕を睨んでくる。折角、兄さんも其れなりに成長していたと、染み染みと感傷に耽っていたというのに、兄さん本人から横槍が入ったようだ。
幼い頃の兄は兎も角として、今の兄ならば本気で怒りはしないだろう。元々単純な人で暴れん坊だけど、それでも兄は弟である僕を虐めたことは一度もなく、また弱い者虐めは絶対にしない人だ。僕が兄さんよりも姉さんよりも頭が良いと、一目置いてくれているようだし、いざという時は優しい兄なんだ。
遠田家の中では僕は、異例の天才児という扱いらしい。身近にいる本物の天才や秀才には、敵わない程度だと僕は思う。それでも僕の成績は其れなりに優秀らしく、飛び級制度がこの国に存在すれば、何学年か上に進級が出来たかもしれない。
幼い頃は兄も何度も、僕と張り合おうとした。何方かと言えば正々堂々と勝負をするタイプの兄は、兄としてのプライドから弟に負けたくなかったようだ。
「兄さん、誤解だよ。杏里沙姉さんや花南音姉さんのことを、案外とよく見てるなあと思って感心しただけだよ。」
「……うぐっ。あのな、そういう態度こそが、俺を子供に見ているんだ。お前みたいな天才児と比べられたら、俺は何時まで経てど…子供扱いされんだよ。」
…う~ん。兄さんも何か悟りを開いたとか、かな…。別に…特には子供扱いをしていないし、結果としてどうしてもこういう見方となるのは、僕の性質上の問題もあるからで、其処は勘弁してもらいたい。
僕は天才児扱いされる代わり、兄さん達よりも他人の気持ちに疎い。自分以外の人間の本音を理屈では理解可能でも、僕は上辺しか捉えられなくて、本当の意味では理解が出来ていないのだろう。子供の身体の僕は大人寄りの考えを持ちつつ、僕の同世代の友人達にも配慮が全く出来ないという、子供らしくない子供で。
大人に成り切れない大人への配慮も、僕は当然ながら出来ないけれど、この際其れに関してはどうでも良いよね?
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従姉弟の花南音姉さんのことは、天才児と言われる僕から見ても、僕以上に大人びた少女だと思う。本人曰く、特段に勉強が出来る訳でもなく、飛び級が出来たとしても僕ほどではない、と…。
幼少から父親の会社に顔を出し、社員と共に開発などを手掛けているのは、また別の天才肌だと言えるだろうか。彼女本人の言い分では、其れなりに努力もしてきたし、他の人の助けも借りてきた。自分だけの努力ではないし、人の助けがあったからこその努力だと、そう言いたいのだろう。彼女は勉強に向ける意欲を、父の会社の手伝いをしたいと仕事へ向けたのかも。
最近、評判になり始めた乙女ゲームでは、時流兄さんが中心となって開発をしているらしい。彼が作り出したゲームの登場人物を、イラストにして描いた上で、登場人物の簡単な性格などを記載した設定集を、理系分野よりも文系分野が得意だと、最近になってから自覚した花南音姉さんが、全て担当したようだ。
乙女ゲームの件に関しては、時流兄さんが乃木・トイ・コーポレーションに入社したからこそ、実現が出来たものだろう。花南音姉さんを任せられるのは、悔しいけれども…時流兄さんしか有り得ないと、まだ小学生の僕は手を引いた。
天才児と言われども小学4年の僕には、花南音姉さんを助けるどころか、自分の父の会社でさえ補助する権利がない。遠田家の嫡男ではない僕は、将来は遠田家を継ぐこととなる実兄を、傍で支えなくてはならない。その為には今は只管に、僕は勉強する必要があるのだ。乃木・トイ・コーポレーションに入社する自体が、今後の僕には絶対に…叶わない未来だと……
花南音姉さんを見つけ出した時流兄さんならば、従妹を世界一幸せな花嫁にするだろう。そう気付いた僕は、自らの淡い初恋に終止符を打つ。従妹弟同士での結婚前提以前に、時流兄さんと本気で争う異性として、僕は…生まれるのが遅すぎた。
「ライには今後、大勢の人達との出逢いと別れがあるだろう。君が心から必要とする相手が、誰にも代わりが出来ない異性が、いつかきっと見つかる筈だ。」
彼と初めて知り合った日に、僕の初恋に気付いた時流兄さんが、勝手にライバル視した幼ない僕に告げてくる。彼女は絶対に渡さない…と宣言せず、彼女の他には誰も代わりが出来ない…と、そういう意味を含めて。
憧れと恋との明確な違いも知らず、彼の放つ意味も理解不能な幼い僕は、ライバル視もされないことに不満であった。時流兄さんが僕以上に花南音姉さんを理解し、彼女が頼りにするのは彼だと気付いた時、以前に彼の放った言葉の意味も、次第に理解していく。そして…従姉の運命の相手は、僕の運命の相手とは別人だと…。
…結局、時流兄さんには勝てない。僕以上に彼は、天才と言うべき人だよ。僕よりもずっと才能の優れた人だと、そう強く知らしめられたんだ。それに、彼以上に花南音姉さんを理解出来る人は、他には居ないだろうな…。
勝てなくて悔しいと思う気持ちと同時に、時流兄さんが相手で良かったとも感じるのは、何故なのか…。花南音姉さんが本心から笑顔を見せた相手だという、それが大きいのだろうか…。大切だと思う姉の1人が幸せになれるのならば、その権利を奪いたくはない。彼女には幸せになってほしい…。だから…これでいい。
…残すは実の姉のことだけれど、初恋もまだみたいだな…。男勝りな姉に、下手な異性が近づかなくて良いと思う反面で、あれでは…誰も寄り付かないかもと、不憫にも思えるよ…。是非とも杏里紗姉さんには、幸せになってもらいたいのに……
「先日は碧琉さんが、お茶を淹れてくださいましたけれども、杏里紗ちゃんはどうお感じになられましたかしら?…わたくしは碧琉さんの淹れてくださるお茶も、とても美味しくいただいておりますわ。」
これまで全く男っ気のない姉は、最近色々と様子がおかしい。突然何かを思い出す如く、アワアワと真っ赤になったり青褪めたり、挙動不審もいいところだ。最近では、花南音姉さんや時流兄さんの話が出た途端に、必ず…その現象に陥るように見える。何も事情を知らない者ならば、姉が時流兄さんに惚れたと思うかもしれないが、流石にその可能性がゼロだと知る僕は、とある可能性に辿り着く。
…あれっ?…もしかして杏里紗姉さん、誰かに恋してる?…姉さんにも漸く、春が来たのかな?…姉さんにとっては間違いなく、これが初恋だよね……
花南音姉さんの会話の中に出てきた人物に、明らかに反応した杏里紗姉さんを見た僕は、漸く理解する。完熟トマトのように真っ赤な顔をする姉は、挙動不審な動作を取り続ける。恋愛に疎い彼女が姉の気持ちに気付いたと、そう言いたげな笑顔を向けるとは…。先に本物の恋をした彼女と、立場が逆転したらしい。
……なるほどね、そうなんだ…。僕の姉にも漸く、春がやって来たようだ。事情を知りそうな時流兄さんには、後で探りを入れてみようか?
本格的に彼が登場したのは、初めてでしょうか。杏里紗の一番下の弟・来留の視点です。真ん中の弟は今のところ名無しで、今後も名が付かないことでしょう。
来留は如何やら花南音が初恋のようですが、時流には適わないと早々に諦めたようでして。彼自身も恋愛をしていたので、恋愛を知っている者という立場から、この姉達を見ています。天才児というか、マセガキというべきか……
※これにて第三幕・現代編は、終了となります。次回は、現代版の登場人物一覧を更新予定としています。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
※第四幕から乙女ゲーの世界が、漸く動き出します。第四幕も応援していただけると、嬉しい限りです。第三幕の終了後は、暫く休載とさせていただきます。それまで、暫しお待ちくださいませ…。