幕間2 平凡な日常での内緒話
幕間のお話で、主人公以外の視点となります。
メインは、野乃歌&杏里紗の会話でしょうか…。
これは、とある日の集まりでの会話である。
「折角こうして来ていただきましたのに、何のお構いも出来ない状態で出掛けることを、お許しくださいませ…。父が申すには、会社の方でわたくしの担当部署に問題が起きたようでして、わたくしだけ顔を出さない訳にも参りません。暫く留守に致しますので、ごゆっくりなさってくださいませ。わたくしもなるべく早く戻るように、致します…。」
何時ものように花南音の自宅には、仲の良いメンバーが集まっていた。肝心の彼女自身は、仕事のことで急遽父から呼び出され、会社へと出掛けて行く。折角遊びに来てくれた友人達に頭を下げつつ、心から申し訳なさそうにして。
「僕も行く。僕はカノの補助なんだし、僕だけ行かないのもおかしい。そういう訳で僕も、行く必要があるよ。」
同じく遊びに来ていた時流も、こうして無理矢理彼女について行く。今、乃木家に残っているのは、乃木家以外の人間だ。但し、乃木家には住み込みの使用人達が居り、しっかりと彼らの代わりに留守を守っている。
使用人達は今は隣の部屋で休んでおり、客間には遊びに来た少女2人だけだ。こうして彼女達が出掛けた後、本人が不在の時にしか話せないと言うように、野乃歌は杏里紗に話しかけてきて。
「先日、時流君も杏里紗ちゃんもお2人共、お家の事情でいらっしゃらなかった時に、花南音ちゃんからご相談を受けまして…。」
「…まあっ!…カノがノンお姉様に、ご相談致しましたのね…。お珍しいことですわ。あの子は物心がつく頃には既に、年齢以上のしっかり者でしたの…。あの子の母親は病弱で入院と退院を繰り返し、母親の為にしっかりしなければと、思われたようでして…。」
「…まあ、それで…。あの年齢の他の子供たちよりも、しっかりなされておられるのですね…。通りで…遠田家の厳しい礼儀作法を、きちんと身につけられておられる筈ですわ。」
「遠田家の躾は確かに、厳しくはございますけれども、カノの口調や仕草に関しては、我が家とは一切関係ございません。実は、乃木家の礼儀作法は物心つく前から既に行われており、乃木家ではそれが当たり前として、厳しいどころか何とも思われないようですの。残念ながら、わたくしは詳しく存じません。カノと初対面した折には既に、礼儀作法が完璧でしたわ。」
「…………」
花南音の礼儀作法は、厳しいと評判の遠田家よりも、更に厳しいと思われる乃木家の躾だと知らされ、野乃歌は呆然とする。同じお嬢様だというのに、育つ環境が異なるだけでこうも違うとは……
「カノは常にあの調子で、従姉のわたくしにも泣き言は申されませんわ。お亡くなりになられた叔母とは、何らかの約束を交わされておられ…。」
「…お亡くなりになられたお母様のご事情は、存じておりますわ。故人とのお約束ですか……」
「叔母はカノをご心配されておられたので、そういう類のお約束ごとなのでしょうが、あれでは…逆効果でした。カノは元々、生真面目過ぎるほどの頑張り屋さんですので…。」
「お母様とのお約束が、彼女の元気の源になられたのですね…。」
「…無理をし過ぎではないかと、わたくし心配で…。ノンお姉様にあのカノがご相談をなさるとは、わたくしに聞かせられないご事情では……」
「いえいえ…。杏里紗ちゃんが心配なさるお話では、ありません。それに、わたくしを姉のように慕ってくださり、ついそういう流れになられただけですの。」
「…まあ、ふふふっ…。彼女はわたくしにもそう接してくださいますが、1歳年上のわたしくは姉というよりも、お友達感覚でしょうね…。幼い頃のわたくしは姉として接して参りましたが、わたくしの方が妹のような立場ですのよ…。何方が年上なのか…と、両親にも時折苦笑されておりましてよ。」
「…まあ。年齢の近い同性の従姉妹の関係は、羨ましい限りですわ。わたくしの年齢の近い従兄弟は、男子たちばかりですのよ…。」
「…あらっ。ノンお姉様は、姉か妹が欲しかったということですの?」
「確かに…そうかもしれません。杏里紗ちゃんや花南音ちゃんのような、可愛くて素直で優しい女の子ならば、大歓迎ですのに…。」
「…まあ。ノンお姉様ったら…。お世辞が…お上手ですわ。」
「お世辞ではありませんわ。こうして真面目なお話をする時に、嘘を吐くのも吐かれるのも、わたくしは嫌ですもの。」
嘘だけでなくお世辞を言われるのも嫌いな野乃歌を、慕うのは花南音1人だけではなく、弟達には姉御肌となる杏里紗でさえも、慕っている。普段の杏里紗は自らが頼られる立場だが、自分より年上の野乃歌に対しては、頼る側に回っていた。
自分が長年の間、面倒を見てきたつもりの花南音を、最近知り合ったばかりの野乃歌が支えるのを見て、正直に言えば複雑な心境であろう。それでも、従妹が本気で心を開かせる人物が自分の他にもでき、そろそろ自分は彼女から離れる時が来たのかと、覚悟する想いでいた。
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野乃歌は先日の出来事を詳しく、杏里紗に語って聞かせた。当初の杏里紗は呆然とした様子でおり、話しの途中からは頭が痛いとでも言いたそうな顔つきに変化させ、話しの最後には頭を抱え込んだ。そういう杏里紗の様子に、野乃歌も苦笑している。花南音から話を聞かされた時の野乃歌も、同じく頭を抱え込んだので。
…如何やら、わたくしだけが頭を抱えたいのでは、ございませんようね…。わたくしのこの感覚がおかしいのでは…と、本気で悩まずに済みましたわ…。
「わたくしも…以前から感じておりましたが、あの子は…自分のことに、疎すぎなのですわ。それほど深く考えなくとも、恋愛絡みに間違いありませんのに。あの子の周りの特殊な環境も、少なくとも…関係しておりますわね。抑々、ご自分の恋愛ごとでなければ、もう少し早く気付かれることも。彼女は人間関係の複雑な心境に対し、素早く気付かれる部分とそうではない部分の両極端を、お持ちなのです。但し自らに関連する真相には、辿り着かれることがなく…。仕事に気を回す所為なのかと、思っておりましたが……」
「…彼女がやはり、特殊すぎますのね…。恋愛ごとに疎すぎるのは、少々どころか厄介ですわねえ。わたくしも今回のお話を伺い、そうなのかしら…とは疑っておりましたけれども…。」
「…ええ、そう思われますわよね…。実は、かなり厄介なのですわ。もしかして最悪の場合、一生気付かないこともあり得そうで、どう対処すべきかしら…。」
「……いえ。いくら何でも、それはないと…思いましてよ。」
「…わたくしも、そう信じておりますが…。あの子がお相手では、お相手の方もとんでもなくご苦労なさるかと…。」
「…………」
此処まで一気に少女達は、捲し上げるように話していた。とは言えど彼女達はお嬢様なので、ゆったりとした口調である。その後2人は示し合わせたように、ほぼ同時に溜息を吐いては、顔を見合わせ苦笑する。お互い共闘した気分で。
…ノンお姉様とお知り合いになれて、本当に良かったですわ…。わたくし1人ではこういう時、どう対応致しましたら良いのかと、悩むことでしょう。
彼女達の人生経験が、不足していることは否めない。多少でも人生経験の豊富な人物から、助言をもらえることは有難いことである。まだ知り合って間もない野乃歌としては、彼女達との付き合いが短過ぎて、これという確証も持てない。野乃歌自身もまだ中学生という未成年であり、杏里紗に簡単に答えを出せるほど、彼女も経験が豊富ではない。
「…あのように積極的に動かれる彼に、同情致しますわ…。」
「…ふふっ、確かにそうですわ。あれ程の責めの姿勢でおられましても、お相手の彼女が、あのご様子では…救われませんわね。あまりにも見ておれず、お節介な助言をしてしまいましたわ…。お可哀想なお兄様……」
こういう内緒話をしていたとは、当人達は知らないことだろう。特に彼女は気付きもせず…。お兄様と呼ばれる人物は、薄々感付くことだろう。彼女がこの事実を知る日は、何時のことだろうか…。
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「…ただいま戻りましたわ、ノンお姉様、杏里紗ちゃん。長らくお待たせ致しまして、大変申し訳ございません。」
「そういう謝罪は、されなくて宜しいのよ。」
少女は自宅に戻るなり、客間に急いで駆け込むと、丁寧なお辞儀をしつつ詫びを入れてくる。当初彼女は三つ指をつき、床に座った状態でお辞儀をしようとした為、それを3人が阻止したのだ。少女の行動を真っ先に読んだ杏里紗が、慌てて制すことになる。少女と共に戻った少年も、少女の腕を掴んで動きを止めさせた。
「……わたくしにも、謝罪は要りませんことよ。」
野乃歌だけは少女の行動がまだ読めず、3人の様子を只見つめていた。暫し呆然と見つめていた彼女も、少女が何をしたかったのかに気付き、ハッとする。彼女も慌ててそう告げれば、少女は軽くお辞儀をするだけの普通の謝罪をして、大袈裟にならずに済んだのであった。
「…そのような謝罪は、要りません。わたくし達の仲でしょうに、本当に水臭いですわよ。」
「そうですわ。カノが悪いのではございませんもの。悪いと致すならば、急に呼び出された叔父様ですわ。」
「そうだよ、カノ。謝罪は、これで終わりにしよう。会社の問題も無事に解決したことだし、今からの時間は自由時間だよ。」
「ええ、そうですわ。お2人の労いの意味を込め、今からジュースで乾杯でも致します?」
「ええ、良いお考えですわ。そう致しましょう、カノ。」
子供達の明るい声が、リビングに届く。その声に耳を傾けた使用人達は、嬉しげである。お嬢様が燥がれる日が来るとは…と、使用人の何人かは涙ぐみ、この日常が続くよう願い。
「お2人共、お疲れ様。それでは、乾杯っ!!」
「「「カンパ~イ!!」」」
今回は幕間のお話でして、第三者視点となりました。全体的に会話が多めになりました。前半・中盤・後半に分けましたが、同日のお話です。
※本文最後の使用人達の部分について、此処で補足したいと思います。
【補足】 花南音の母が亡くなるまでは、杏里紗しか訪問者はおらず、落ち着いた性格で常に冷静に振舞う花南音は、内心では戸惑っていても態度に一切出ず、使用人達はそういうお嬢様を心配していた。時流や野乃歌のお陰で、徐々に自分の感情を出せるようになり、使用人達も漸く安心して…と、いう感じでしょうか。