66話 貴方に捕獲されました
いつも通り、花南音視点に戻ります。
今回のタイトルから、何をご想像されることでしょうか…。
乙女ゲームの売れ行きは、其れなりに順調のようですわ。先ずは家庭用ゲーム機を対象とした、箱型パッケージに入ったゲームソフトとして、売り出しましたの。その後にスマホのアプリゲームとして、ダウンロード販売を手掛けてみましたわ。あらゆる数多のゲームが存在する中で、初めて手掛けるゲームと致しましては、順調な滑り出しだと思われます。
年齢層として、高校生から大学生ぐらいの女性を対象に絞りましたところ、案外と大人の女性ウケもございまして、評判も上々なのです。特に、大人の女性達の間での評判が、良くて。お小遣いやお年玉の遣り繰りで、高校生はパッケージ版を購入され、大学生以上を含む大人はダウンロード版を購入され、更に有料オプションもご購入していただいております。
今はインターネットが普及し、感想もリアルタイムで届きます。驚くべきことに男性も、乙女ゲームをされておられるようで、感想が届いておりました。その理由には、お付き合いされておられる彼女さん、御当人のお姉様や妹さん、周りにいらっしゃる女性のご友人、などから影響を受けたという事情でしたわ。これを機に、攻略が難しいお陰で結構ハマった…などと、ご感想をいただきまして。作り手としてそういう本音は、嬉しいものですわ。
こういう感じで最近はわたくしも忙しく、杏里紗ちゃんのお宅へ暫く顔を出しておりません。高校生ともなりますと学年が違えば、学校でも中々お会い出来ない状態でして…。到頭、心配された杏里紗ちゃんが、父の会社まで訪ねて来られ…。
親戚と言えども、父の会社とは直接の関係がございませんし、これまではご遠慮されておられたようですわ。わたくしは忙しさのあまり、彼女のお誘いを断り続けたものですから、ご様子を見に来られたようですの。受付から連絡を受け、わたくしが所属する部屋への案内を、以前の部署の社員に頼みましたのよ。
この部屋に訪れられた彼女は、わたくしの姿を拝見し安堵されたように笑い掛けられたのですが、どういう訳か固まってしまわれて。彼女の視線を辿りますと、碧琉さんに視線を向けられておられます。
…そうでしたわ。新しい社員として碧琉さんがご入社された事実を、杏里紗ちゃんにはお伝えしておりませんでしたわ。トキ君とわたくしだけの職場だと思っておられ、知らない男性がもう1人おられたので、驚かれてしまったのですね…。
…あらっ?…それにしましても、杏里紗ちゃんのご様子はおかしいです…。驚かれたと申しますより、ボ~とされておられるような…。これは…もしか致しますと、碧琉さんに見とれておられますの?…もしもし、杏里紗ちゃん。わたくしの声は、届いておりませんようね…。
わたくしは助けを求めるように、無意識に碧琉さんを振り返りますと、其処には同じく驚きの表情の碧琉さんが…。繫々と碧琉さんのお顔を観察致しますと、どうも彼女をご存じのご様子でして。
…あらっ?…もしかしてお2人共、お知り合いでしたの?…わたくしは不思議そうに首をちょこんと傾げ、杏里紗ちゃんと碧琉さんのご様子を窺っておりましたら、トキ君と視線が交わりまして…。トキ君もお2人のご様子には気付かれ、わたくしと目が合った途端に、戯けるように首を竦められます。彼も詳しい事情は、ご存じないご様子らしいと…。
「……君がどうして、此処に?…社長のお嬢さんと、知り合いだったのか?」
「……わたくしは………。」
暫し見つめ合われた後、碧琉さんが漸く杏里紗ちゃんに、声を掛けられます。如何やら本当に、お2人はお知り合いのようですが、わたくしと彼女が親戚関係であることには、ご存じないのですね。
碧琉さんの問いかけに対し、杏里紗ちゃんは何故か黙り込まれ、お口はモゴモゴと何か仰りたいようにされては、モジモジと恥ずかしがっておられるような…。このままでは何も解決致しませんので、わたくしがお答え致しましょう。
「碧琉さん。彼女はわたくしの母方の従姉で、遠田家の長女に当たりますの。」
「…従姉妹?…ああ、遠田家のお嬢さんだったのか…。それは…済まない。この前の時は、遠田家の令嬢とは知らずに、失礼をしたようだ。」
「……っ!!……い、いえ。わたくしこそ、失礼を致しましたわ……。」
わたくしが従姉をご紹介致しますと、わたくし達の存在に今更気付かれたようなお顔で、碧琉さんはご返答されましたわ。杏里紗ちゃんも同じく、今気付いたというお顔で…。
…わたくし達も、ずっと此処におりましたけれども…。…まあ、それならばそういうことで、良いのですけれど。……ふう~。
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碧琉さんと杏里紗ちゃんは、何時お知り合いになられたのかしら…。彼女のご様子は、普段の彼女とは全く異なります。同じ年頃や年下の男子に対する態度とは、真逆という程に違いましてよ…。どうなさったのですの、杏里紗ちゃん?
以前お知り合いになられた際、何かが…ございましたのかしら…。先程のお2人のお言葉から鑑みるに、何か勘違いがございました…という雰囲気でしたわ。その後はまた、お2人共に 黙り を決め込まれ、間怠っこしいたらございません…。トキ君は何故か口を挟まれないので、わたくしが口を挟むことに致しますわっ!
「碧琉さん、正式にご紹介致しますわ。こちらはわたくしの従姉妹で、わたくしが姉のように慕う『遠田 杏里紗』です。杏里紗ちゃん、こちらは今年から我が社の社員になられた、『高白 碧琉』さんです。現在発売中の乙女ゲームの作成の方にも、関わっていただきましたのよ。」
「…えっ?……乃木・トイ・コーポレーションの社員?……例の乙女ゲームの作成で、新しくご入社されたのは……」
「ええ、そうですのよ。碧琉さんは国家公務員でいらしたのに、トキ君が碧琉さんをヘッドハンティングなされましたのよ。」
「…………」
わたくしがお2人の間に入りまして、自己紹介を無理矢理致しましたわ。今までぼんやり気味の杏里紗ちゃんが、漸くわたくしの言葉に反応されました。乙女ゲームを制作した我が新入社員、というフレーズに…。碧琉さんの入社の切っ掛けがトキ君だということにも、杏里紗ちゃんはポカンとされましたわ。……ふふふっ。
「……あの高白家のご子息が?」
「…今の俺は此処で働く社員の1人で、唯の『碧琉』だ。『高白』の名は、疾うの昔に唯のお飾りになっている。…君は、杏里紗嬢だったな。改めて宜しく。」
「……はい。改めまして、『遠田 杏里紗』と申します。こちらこそ…よろしくお願い致しますわ。」
お2人は顔見知りのご様子でしたが、お名前などの素性はお互いに、ご存じなかったようですね…。もしかしましたら、何方かの会社のパーティでお話する程度の、顔見知りになられただけかもしれません。従姉がお話したくないのでしたら、わたくしも気付かないフリを致しますわ。そこまで野暮では、ございませんもの。
その後も杏里紗ちゃんはわたくしとお話中でも、碧琉さんをチラチラと気にされておられ、上の空のご様子でした。普段から元気な従姉が、このようにしおらしいお姿をされるのは、彼女の弟達が生まれる前のあの頃以来でしょうか…。
…碧琉さんを、意識されておられますのかしら…。杏里沙ちゃんにも到頭、春が来られたということでしょうか。少しだけ…羨ましい気が、致しましたわ…。当然のことですが、わたくしは従姉の味方です。全力で応援してみせますわ。杏里沙ちゃんも、頑張ってくださいませ…。
「…トキ君。少々、込み入ったご相談がございますの。宜しければ、お隣の部屋で聞いてくださらない?」
「勿論、カノが僕に頼むなんて、嬉しい限りだよ。」
先程からずっとモジモジされる従姉に、わたくしがその機会を作りましてよ。その為には、隣の事務倉庫として使用する部屋に、トキ君を誘い出す必要がございまして。これで開発室でも、従姉達を2人っきりにさせられましたわね…。従姉の恋愛に注視し過ぎて、深い考えもなくトキ君を呼び出したわたくし…。後の祭りとは、こういう事情を申しますのね…。
「…トキ君、申し訳ございません。お呼び出し致しましたのは、実は…時間をいただきたかっただけでして。」
「…やっぱりね。カノらしいよ。彼女と碧琉さんに話をさせようと、2人にしてあげたかったと…。但し、今の僕ら2人もそうだとは、気付いていないよね?」
わたくしは本音を申し上げましたのに、トキ君は全く動じておられません。逆にわたくし達も2人っきりだと仰られ、恋愛に鈍いわたくしも流石に、ギョッと致します。これではわたくしが単に、トキ君と2人になりたいと思われそうな状況に、目を白黒させてしまいます…。
トキ君の指摘にハッとさせられ、顔を真っ赤にさせたわたくし…。…ううっ。従姉と碧琉さんのことばかり気にしております場合では、ございませんでしたことよ。自らの行動の結果にまで、頭が回っておりませんでしたわ…。
…これは、不味いですわ。絶対に…トキ君のことですから、ご自分の良い方向に持っていかれますわ…。如何にか、惚けませんと…。
「…な、何のことですの?…わたくしには、深い意味はございませんわ。…勘違いなさらないで、くださいませ……」
「うん、勿論。別にカノの行動に、期待してはいないよ。…ただね、最近はカノが僕の気持ちを理解してくれて、嬉しくて仕方がないんだ…。」
わたくしは一歩一歩、扉の方へ後退致します。トキ君はそれすらお見通しで、わたくしの一歩の倍の歩幅で一気に距離を縮められ…。男女の違いと背丈の違いで…。トキ君は囲い込むように、わたくしの両側の壁に両手をつき、壁ドンをされて。
…わたくし、今にも食べられそう。…ああ、やはり…。彼の麗しいお顔が、わたくしの顔に近づき…。此処は会社ですのよ…と、叫びたいわたくしなのでした……
花南音の職場に、花南音を心配した杏里紗が初めて訪ねて来たら、杏里紗と碧琉は顔見知りだった…という関係で。(お互いに、名前は知らなかった。)男勝りな杏里紗が意外なほど、初心で可愛い…。
また後半では、花南音の恋愛らしき展開も…。ある意味、時流の罠に嵌ってしまったのかも…。