61話 貴方と新しい仲間と
いつも通り、花南音視点となります。
花南音が、男性2人に困惑させられるという、内容になりました…。
あの日、高白様とお会いしトキ君にご紹介致しまして、その後にご招待しておりません女子大生が、ご乱入された日ですが、あれから…2週間ほど経ちました。
「カノは、何も心配しなくていい。あの失礼な乱入女性は、僕が十分に釘を刺しておくからね。」
「………」
膨大な冷気を放ちながら、トキ君がそう仰られますけれども、何となく嫌な予感が致します。あの女性は、大丈夫なのかしら…。失礼な態度で高飛車なタイプのお人ですが、あの時のわたくしはトキ君の壁ドンもどきに困惑しておりまして、個人的な理由で恩義も感じておりますのよ。グッドタイミングでのお邪魔虫に、怒るどころか感謝しておりますわ。
これを大声で明らかに致しますことは、出来かねます。わたくしがこのように思っておりますと、トキ君にバレる訳には参りませんもの。何か不吉な予感が、致します。主にわたくしが、困ることになりそうでして。あの女性には申し訳ございませんけれど、ご自分で何とかなさってくださいませ…。ご無事をお祈り致します…。
さて、その『あの日』から2週間後のある日。トキ君専用の開発室でまったりとしておりましたわたくしを、社長である父が呼び出しましたのよ。トキ君と共に、社長室へと招かれましたわ。「今直ぐに、社長室にくるように…」と。
何のご用事なのかしら?…昨日、何も仰っておられませんでしたのに、急なトラブルでもありましたのでしょうか?…「今すぐ」とは、急ぎのご用事なのかしら?
わたくしとトキ君は取り急ぎ社長室に向かい、コンコンと扉をノックして、先ず秘書室に入って行きます。社長室は秘書室を通りませんと、入れないような構造になっておりますの。父の秘書の1人がわたくし達の姿を確認された後、社長室のドアを叩いて声掛けしてから、「どうぞ」と開けてくださいます。
社長室に入ってから、お客様がいらっしゃると気付くわたくし達でしたが、このお客様の件で呼ばれたようですわね…。父がわたくし達にもソファに座るようにと勧めて来られ、軽く頭を下げてからトキ君と共に座ります。父がご紹介してくださるのに合わせて、わたくし達も改めてご挨拶致します。
「高白様。先日は、ご感想いただきまして、誠にありがとうございました。」
「…いや、俺も貴重な体験が出来て、良かったと思うよ。」
わたくしは先日のお礼をお伝えし、またお客様である高白様も、それにご返答してくださいましたわ。一通りの挨拶を済ませますと、父はコホンと咳払いを1つされてから、わたくし達に話し掛けられまして。勿論、高白様の一件ですわね。
「…2人共。何故此処に呼ばれたのか、もう既に理解していると思うが…。時流君がヘッドハンティングした件、についてだ。今日、高白君が我が社を訊ねて来た理由は、うちの会社に入社したいという返答の一件だ。そこで、2人にも改めて確認したいのだが、部署は…時流君と同じで良いのか?」
「勿論、構いません。僕が勧誘したのですから、同じ部署でお願い致します。」
「わたくしも構いません。高白様、大歓迎致しますわ。」
「時流君、お嬢さん。これから、よろしくお願いします。」
こうして…この日から、高白様が我が社にご入社され、トキ君専用だった部署に高白様も加入されまして、わたくしを含め3人の部署になりましたのよ。それですのに…この状態は、おかしくはないでしょうか?…お茶を淹れる係が相変わらず、トキ君なのですわ。そして何故か高白様までが、お茶を淹れられるのです…。
この状況は…明らかに、おかしいですよね…。わたくしだけ、お茶汲みをさせてもらえませんのよ…。わたくしがお茶が淹くて下手でしたら、仕方なく諦めますが、美味しくお茶を淹れられる自信は、ございますのに…。
「花南音の淹れるお茶は、とても美味しいし最高だ。だけれど、他の誰かの為に淹れてほしくは、ないんだよ。カノには時々、君の自宅で淹れてほしいかな?…此処では、僕も休憩がてらに丁度良いし、君には僕も美味しいお茶を淹れてあげたいと、思っているからね。」
…というトキ君談でして。……ええ〜っと。どこから突っ込みましたら、宜しいのでしょうか…。自宅でわたくしがお茶を淹れるのは、当然のことでしてよ。本来ならば会社でも、一番の下っ端が淹れますわよね?
わたくしにお茶を淹れてあげたいと仰られますが、それにしましても、自宅で済みますわよね…。わたくし、何もおかしなことを言っては、おりませんわよね?
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「いや、俺はこの職場の中では、一番の年上ではあるけれども、入社に関しては俺が一番遅いだろうし…。時流がお茶を淹れるのに、俺が淹れないのは反則だと思ったんだ。俺も一人暮らしが長いから、そのぐらい出来る。それに、お嬢さんにお茶を淹れてもらうのは、社員としては失格だろう…。」
…というのは、碧琉さん談でして。…え~と、何処から突っ込みましたら、宜しいのですの…。この中では入社が遅いと仰られておりますが、正規で丸1日中働けるお方は、碧琉さんだけなのですわ。トキ君もまだ学生が本業ですし、わたくしに関してはこの会社の社長の娘というだけで、未だ入社すらしておりません。それに…お嬢さん呼びは、止めていただきたいですわ…。
結局、お2人共に自らお茶を淹れられ、序でに…と他の社員の分も…と、こうしてわたくしの分もご用意してくださるのです。わたくしはこの職場にいる限り、お茶を淹れることは叶いませんのかしら…。もう既に…諦めましたわ。
それに、これだけでは…ございません。他にも雑務などありましても、殆どを碧琉さんがされてしまわれまして、わたくしが出動する頃には、もう既に何も…仕事がございません。わたくしの唯一のお仕事が……。コピーや整理の仕事も、終了されておりましたわ…。碧琉さんが優秀過ぎて、何も残っておりません…。
最近のわたくしは会社に顔を出しましても、トキ君と碧琉さんのお2人のお仕事を眺めるだけ、若しくはゲームの設定のお話し合いを、只管傍で伺っておりますぐらいしか、何も残ってございません…。わたくし、何をしに此処に参りましたの?
仕方がございませんので、ゲームの設定の資料集と言われる冊子のようなものを、暇潰しにわたくしが勝手に書いておりますわ。それぐらいしか…何もありませんでしたもの…。記憶に関しては、伊達ではないのです。ゲームの設定に関してのお話し合いで決定した人物像も、頭の中に全て入っておりますの。後はこれらを全部書き出しまして、人物の挿絵も描き足せば、設定集なる冊子として纏められますわ。
流石に専門家にオーダーされるでしょうから、その為に分かりやすく纏める仕事として、わたくしがやり遂げてみせますわ。
暫くの間、わたくしは熱中しておりましたようでして。イメージを掴む為にも、挿絵から書き出しておりましたら、ふと…誰かの視線を感じて。わたくしが顔を上げますと、正面側から碧琉さんがわたくしの絵を、ジッと見つめられていて。驚いたわたくしが横を振り向けば真横からはトキ君が、わたくしの絵を覗き込まれておられて。
…えっ!?…何ですの?…仕事の手を止められてまで見せられるものでは、ございませんのに…。…ええっ!?…トキ君までが、何ですの?…然も…距離が近すぎです。わたくしの顔に、トキ君の息が掛かりそうなぐらいに…。
「凄いな…。まるで…実物を見て来たみたいに、特徴を掴んでいるよな?…絵もとても綺麗だし、本職の挿絵のクリエイターみたいだな。」
「ええ、そうですね…。僕と一緒に人物設定していた時に、全員分を覚えていたんだね、カノは…。イラストを描く本職のクリエイターの人に、描いてもらおうと思っていたけれど、これは花南音に任せた方が、良い仕上がりになりそうだ…。」
「………。」
確かにわたくしは、設定集なる物に挑戦してはおりましたが…。飽く迄も素人ですので、依頼する前の見本として、作成しておりましただけですのよ。本職にご依頼する際への説明も素早く済みそうだと、そういうつもりで絵も描いておりますが、わたくしの頭がこの急展開に追いつかず…。
…はっ!…今、お2人共、何と…仰いましたの?…わたくしに任せると、確かに聞こえました気が…。わたくしが仕上げるのですの!?…冗談ではなくて?
「…そうだな。これは、下手に外部の人間に任せるよりも、お嬢さんにお任せした方が、安心かもな…。情報も洩れなくて済むし、お嬢さんの描く絵は十分に挿絵としても、通用するだろうしな。」
「…そうですね。僕も花南音の絵がこれ程までとは、思っていなかったよ。あの頃は、絵を描いていなかったからね。本職のイラストレーターでも誰に頼むか次第で、絵のイメージも変わるし、知名度が上がれば上がるほど、契約料も高くなるだろう。そこまで考えていなかったが、依頼後に後悔したかも…。」
「確かに、そうだな。誰に頼むかまでは、俺も何も考えていなかった。お嬢さんならば、何時でもイメージを伝えられるし、結果オーライというやつだな…。」
「碧琉さんの仰る通りですね。花南音に依頼出来て、良かったよ。君にこんな凄い才能があるとは、今まで知らなくて残念だ…。ゲームの設定集の方は、君に全て任せることにするよ。これから大変だと思うけど、期待しているからね。」
「………えっ………」
絶句するとは、こういう状況を言うのですね…。本当にわたくしが、設定集全てを完成させて宜しいの?
トキ君と碧琉さんが、勝手に決められた節もございますけれども。わたくしの意志は無視されたような気も、致しますけれど…。それでも、トキ君にこのように期待されましては、頑張るしかございません…。
但し、わたくしの設定がウケませんでしたら、その時は…どう致しますの?
今回から、花南音と時流だけの職場に、碧琉が加わりました。と言っても、正社員としてしっかり働けるのは、碧琉だけなのですが…。
何故か、お茶汲みの仕事だけでなく、事務的な仕事も与えらえない…花南音。それでも、自分でピッタリな仕事を見つけたようで。仕事人間の花南音には、丁度良い職場です…。