番外 俺の今世の日常は
今回は番外編です。とある人物の視点となります。
一部、本編と前後した内容があるかも、知れません…。
俺は、今日も平穏に生きていた。こういうと聞こえは良いが、ただ単に…目的もなく、毎日を平穏に過ごすだけだ。別に、退屈とか言うのではなく、ただ…目的というか目標というものが、何もなかったというだけの話である。
俺自身、この世界では異質な存在だと、思っている。何故ならば、俺には子供の頃から、おかしな記憶があるからだ。幼い子供の頃からずっと、変な夢ばかりをよく見ていた。当初は、ただの夢かと思っていたりしたが、あまりにも似た夢をよく見る上、あまりにもリアル過ぎる夢に、段々と普通の夢ではないのだと、流石に俺も気が付いていた。これは…ただの夢では、ないのだと。
それならば、この夢は…何だろうか?…どうして俺は、こんなにもおかしな夢ばかりを、見るのだろうか…。行ったこともない筈の、行ける筈もない世界の夢ばかりを。どうして自分だけ、現実みたいにハッキリと錯覚するような夢を、見るのだろうか?
抑々、これは夢なのか…。本当は、現実だったのでは…ないのか…。そういう不安が過ぎる時もある…。そうだとしたら一体、何の為にこれ程に夢の内容を覚えているのか…。何かの試練なのかもしれない…。それとも、神様とかが…記憶を消し忘れたとか、そういうミスなのか…。
そう不安に思いながらも、何もなく毎日が過ぎて行く。本当に…何事もなく。呆れるくらいに、退屈な毎日で。但し、夢とは違って現世の両親や兄弟は、俺を大事に思ってくれており、それでも次男だからと…好きにさせてくれる。お陰で俺は今世での自由を、大いに満喫していた。何の悩みもなく、自由過ぎて困るぐらいには。
そんなある日、俺は『乙女ゲーム』なるものを、初めて知ることになる。俺が高校生ぐらいの頃、だった…だろうか?…その頃付き合っていた彼女が、その乙女ゲームに嵌っていた。俺もゲームそのものの存在は、よく知っていた。しかし俺には姉妹がおらず、乙女ゲーム自体を知らなくて。ハッキリと言えば、普通のゲームと何処が違うのか、という感想を持っていた。どうせ女性向けだから、乙女ゲームと呼ばれるのだろう…と。まさか、ああいう内容のゲームだとは、思ってもみなくて。
しかし恋人の勧めで、彼女から借りた乙女ゲームをしてみれば、俺は軽いショックを受けることとなる。それは、あまりにも…俺が長年見ている夢に、似すぎていたのである。そっくりとは言えない程度には。
異世界ものの世界が舞台であるソレは、俺の夢で見た世界に似ていた。但し、ゲームの舞台となる国の名前は違うし、登場人物達も知らない名前である。それでも、設定である異世界という舞台が、自分の夢に出て来る舞台と、重なるぐらいに似すぎていて。つまり、夢の舞台は…異世界だということか…。
実は、以前からそうではないかと、自分でも思うところはある。何しろ、この世界には色々な情報が溢れており、俺もパソコンを持っているのだし、自らネットで情報を得ることは、朝飯前だった。その中には、『異世界・転生・転移』という言葉も含まれ、また『前世』とか『来世』とか、そういう言葉も出て来ていた。他にも色々あるのだろうが、後は『過去』と『未来』も、そうだよな…。これらの言葉は多分、今の自分に関係あるかもしれない…。
小説や漫画も読んでみた。俺のような家柄の子供は、そういう大衆向けの類いは読まないし、それにこれらは女子向けの物が多いので、読むことには多少の抵抗も感じたけれど、もしかしたら自分の過去に関係があるかもしれない…と、読むことにした。決して興味本位ではなく、自分の夢の解析の為に必要だったから。結果として、似ているが似て非なるもの…と、判断することに。
それでも、物語の中の世界も似ていた。まあ、どれもこれも似たような設定なのだから、似ているのは当然ではあるが。それでも途中からはストーリー的には、それぞれ方向が異なっているようだ。こういうものを見れば見るほど、嫌な予感がして来る。俺はもしかしなくとも、このような現実ではない世界に、存在したのかもしれない。逆に此処が俺にとっては、異世界なのかもしれないと…。
これは、詰んだな…。俺は、物語の世界から生まれた存在なのかも。…という風にして、現実逃避していた頃もある。魂の転生なのか、それとも…作られた存在なのか。自分でも、訳が分からなくなっていた。こうなるともう、自分の存在を認められなくなり、何もかも否定しなくなる。少しでも、不安要素を取り除きたい…。
この現世でも、これらの物語やゲームを現実とは、一切認めていなかった。だだの作られた世界のお話だと、誰もが思っている。現実には存在しない作り話だと…。
もう何もかも、どうでもいい。そう思っていた頃に、少女と出会った。凛とした佇まいに、またその立ち振る舞いに、一目で俺は知っている…と思った。しかし実際に話し掛ければ、全く見覚えのない少女であった…。
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気付いた時には既に声を掛けた後で、遅かった。少女の立場からすれば、ナンパされたと勘違いするだろう。しかし俺は、ナンパは一度もしたことがない。昔は本気で好きな子もいたし、恋人として付き合った子も何人かいるけれど、今まで上手く行かなくて、何時も長くは続かない。
俺はずっと不安要素を抱えており、最悪の場合はこの世から突然、消えてしまう可能性もある。そうやって思い込んでおり、恋人が出来ても長続きしなかった。
あの日に初めて会った少女は、今までに会ったことがないにも拘らず、どうしても何処かで会った気がしていた。何故なのだろうか…。不思議で仕方がない…。
少女の父親の会社が初めて作ったという『乙女ゲーム』を、少女は試作品として持参しており、試してくれる人物を探していたようだ。俺は思わず『乙女ゲーム』という単語に反応してしまい、少女には俺が興味を持っていると、思われたようだ。まあ、いいか…。今ならば暇だったし、久しぶりにゲームを解析してやろうと了解する。
しかし…このゲームを試した途端、驚くことになる。あまりにも、俺の夢に似すぎていた。いや、似ているとか生易しいものではなく、そのままだと言いたい程である。舞台となる国名も、登場人物にも…同じ名前の人物が、思い当たるほどで…。人物像や細かい設定が、微妙に異なっているものの、あまりにもピースが当て嵌まり過ぎて、怖いぐらいだった。もしかして…これを作った人物も、俺と同じ状況なのでは…。
そう思いつつ、少女に頼み込んで会って見れば、随分と昔に彼が少年の頃に、一度会っただけの知り合いだった。再会した当初は少女のことで、随分と警戒されてしまったが、俺の事情を理解した途端、あっさり受け入れてくれた。…ああ、君もそうだったのか…。君も、俺と同じなのだな…。乙女ゲームを作る理由も、そういうことなのだろうな…。
君は、俺が誰だかハッキリと分からないだろうが、俺は反対に君が誰だか、大体分かってしまったよ。そして少女も、俺が知っているあの子だろうな。…ああ、なるほど。そういうことか…。俺は完全に、彼の事情に巻き込まれたのだろうな…。
兎に角、俺が主役で何かの苦行とかをする必要は、特には…ないよな?…彼と会えたお陰で、漸く穏やかな日々を送れそうだ。考えすぎだったのかもしれないが、何時か自分の役割を熟さなければならないとか、自分がこの世界から消えるとか、訳の分からない事象に怯えながら過ごす必要は、これで完全に可能性が無くなった。これからは…恋人を作れるし、思う存分好きに暮らしたい…。
もう…悪夢だと悩む必要もない。此処は…物語でも乙女ゲームでも夢でもなく、現実の世界の出来事だと、漸く俺もそう理解して…。その後、彼から唐突に、再会したばかりでスカウトされた。簡潔に言えば、彼女の親の会社にヘッドハンティングされ。
……おいっ、俺を…巻き込む気満々だな。俺を君の舞台に、引き込むな…。そういう意味を込め、転職するのは難しいと告げても、彼も含みを込めた答えで返して来て。この先の展開が気にならないのか…と。…うわあ。此奴、マジでヤバイ…。
そう言えば此奴は昔から、こういう奴だったな…。容姿は超美形で完璧で、口調も丁寧で雰囲気も柔らかく、女性達はすっかり騙されていたけれど、此奴は意外と…腹黒かったりする。そして今も、そう変わらない感じだな…。此奴は、俺を逃がす気はなさそうだ。俺を1つの駒として、しっかり利用するつもりなのだろうな。彼女の為にも…。昔の彼も全て、彼女の為だったのだろうな…。
そして今も、それは変わらない。但し、彼女は気付いていない。如何やら現世の彼女には、記憶がないようだ。…そうなのか、だから俺も知らないのだな…。それなのに此奴は、まだ彼女に拘るのか…。ある意味では感心する…。もう既に、ある程度は囲っているようだし、彼女が昔のように彼を慕うのは、時間の問題なのかもしれない。
そして…結局、今の俺は此奴の誘いに乗り、此奴と共に乙女ゲームを作成することになった。…なるほど。本当に用意周到だよな、昔から…。自分達は飽く迄も傍観者に徹して、俺をさり気なく登場させるのは、止めてくれ…。お前なあ…。自分らはモブ以下に設定しながら、俺は脇役だと…?!……はあ~~。
毎日のように「あーだ、こーだ」と言いつつ、ゲームを作る俺達。俺も一応は楽しむことにした。俺にはもう何もかも、杞憂に済んだことだしな…。ああ、もしかして…昔がそういう役割だったのかな…。それはそれで、嫌だな…。
其処に時々加わる彼女は、昔とは少し様子が違い、俺にも距離が近かった。時々、此奴に殺意を向けられる俺だけれど、可愛い妹が出来た気分でいて。
…そうだな。こういう関係も…悪くない。そして…こういう自由も、悪くない。
とある人物は、敢えて名前を載せていませんが、誰なのかはバレバレかと…。
実は、この人物には……。