57話 貴方との関係は如何に…
前回から後日となる話で、ゲーム制作者と試作品を試したゲーマーが、初対面するという流れになっています。
いつも通り、花南音視点となります。
わたくしは早速、溜息を吐きたくなりましたわ。トキ君はわたくしの姿を見られた途端、ピリピリとした空気を放っておられます。多分…いえ、間違いなく…と申し上げるまでもなく、わたくしは理由を存じておりますので、気付かぬふりを致しましょう。
これまでにも同様の事例がございまして、人の機敏に鈍感と言われるわたくしも、彼の機嫌の悪さに気付かない訳がございませんわ…。確実にわたくしの向かい側に今回の原因が、ございますわよね…。
先程まで高白様と2人で、お話しておりましたわたくし。例の乙女ゲームの試作品に関する感想を、お聞かせ願えるとのことでしたが、詳しい感想は是非とも作成者に申し上げたいと、高白様からお申し出がございまして。それならば早速にとトキ君にご連絡を致しますと、今すぐ此方へ来られるということになりまして…。
その時の電話口での彼のご様子は、既に無言の圧力が…ございました。わたくしが他の誰か、ご自分の知らない誰かとお会いしておりますことに、勘に障られたという雰囲気が電話越しにも伝わりましたわ。それはもう、ビシバシと…。はっきり申しますならば、非常に…怖いですわ、トキ君…。
ただ今、わたくしと高白様とはカフェの席で向かい合わせに座し、彼を待っておりました。一般人がよく通うカフェではなく、わたくし達のような家柄の方々がご利用される、料金がお高めのカフェですわ。わたくし達が座す一番奥の囲われた席には、トキ君は迷うことなく来られますと、わたくしの隣に優雅に座られまして。
…えっ?!…何の迷いもなく、わたくしの隣に座られたのですが…。彼の何気無いこの行動に動揺致しました、わたくしの方が…おかしいのでしょうか…。わたくしはてっきり、高白様の隣に座られると思い込んでおりましたので、すっかり…油断しておりました。よく考えますと、お2人は初対面の筈ですし、やはり隣には座れませんわよね…。
「…大変お待たせ致しました。高白さん…いえ、碧琉さん。…お久しぶりです。以前、貴方に一度だけお会いしたことがありますが、覚えておられますか?…その節は、大変お世話になりました…時流ですが。」
「…えっ?…時流君?…君は、あの時の……。ああ、名前が似ていたからね、覚えているよ。…あれっ?…君は確か、八代家の人間だったよね?…ああ、そういうことか。乃木家と、業務提携したのかな。」
トキ君は座すとほぼ同時に、前の席に座っておられる高白様に、お声を掛けられ。如何やら、お2人は…お知り合いのご様子です。高白様は彼の言葉で思い出されたご様子でして、目を丸くされておられます。我が社の担当者として現れたトキ君には、疑問を持たれたようですわ。そうは、そうですわよね…。どうご説明すべきか迷っておりました、わたくし。
…はい?…八代コンツェルンと我が社が、業務提携!?…そう来られましたか…。
「…勘違いですわ、高白様。いくら何でも、我が社と八代コンツェルンが業務提携などとは、烏滸がましいお話ですわ…。トキ君…いえ、彼は今までもわたくしのサポートをしてくださっておられ、今年の春から大学生になられましたのを機に、我が社に正式なご入社をされましたの。ですから…彼が、この乙女ゲームの製作責任者なのですわ。」
「………はっ?……」
「碧琉さん。今の僕は、乃木・トイ・コーポレーションの一社員です。一応は僕が八代家の人間ですし、彼女のお父君の計らいもあり、開発部でも僕専用の別室を用意していただきました。ですので、僕はもう…乃木グループの一員なんですよ。碧琉さんも今後はもう、僕を八代扱いしないでくださいね。」
「…………」
業務提携ではなく、彼がこの乙女ゲームを製作されたことを、わたくしが申し上げます傍らで、トキ君が正式に我が社の社員になられた事実を、簡潔に申し上げられましたわ。当然の如く、高白様は暫く沈黙されておられ、無言の状態が……。
八代家ではいくら後継者でないとしましても、全く関わりのない他所の会社に入社されるとは、常識では考えられないことでしょう。その上、大学生になられたばかりですし、いくら特別扱いと言えども、一社員として入社とは…。娘のわたくしでも当初は、目を見張りましたのよ…。中途半端なお立場でしたトキ君を、ハッキリとしたお立場にされたのは、わたくしにも理解出来ましてよ。ですが、他の方法がございませんでしたのか、実は今でも…疑問に思うわたくしです。
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トキ君自身がキッパリと、乃木グループの社員だとお告げになられ、八代の人間扱いをしないでほしい、と仰れて。…はい?…この口調からですと、勘違いされてしまいそうです…。乃木グループの社員ではなく一員などと、まるで養子にでもなられたような…。知らないお人が聞かれれば、お婿さんになられたと勘違いされそうで……。トキ君が…お婿さん?!…自分で勘違いされそうと思いましたものの、頭が…クラクラしそうなほど…動揺致しましたわ。誰の…ですの?……いえいえ、わたくしの思い過ごしということで…。
トキ君の意味ありげな言動に、わたくしは彼の隣で息を殺しておりました。暫く目を丸くし驚かれておられた高白様は、「…ふっ。」と苦笑されながら漸く覚醒されましたわ。
「…なるほど、そういう事なのか…。相変わらず…君は、彼女が大切なんだね。昔っから、そうだったよな…。あの時から…君は、全く変わっていないんだなあ。此方の…現在の僕は、昔出来なかったような自由を色々と、満喫しているところなんだよ。君が作ったという例の試作品の『乙女ゲーム』は、中々に懐かしい要素が盛り込まれていて…面白かったかな。但し、色々と気になる部分もあったのだが。それについては、君に聞いた方が…早いと思った訳だよ。」
「…ああ。なるほど…。碧琉さん、貴方も……そうなのですね…。貴方は大学をもう既に、卒業されてますよね。現在はどういうお仕事をされておられますか?」
「ああ、大学は卒業した。今は家とは関係のない、国家公務員の仕事に就いているよ。」
「そうですか…。碧琉さんは乙女ゲームの製作に、興味はありませんか?…もし興味がお有りならば、僕が口利きしますよ。…どうですか?」
「……はっ?!…いや、どうですか…と、急に言われても……。」
今のわたくしは、置いてけぼりの状態です。何1つ、お話に付いて行けておりませんわ。高白様とはそれほど昔から、お知り合いなのですか?…懐かしい要素とは、どういう言葉の意味を含ませておられるのでしょうか…。トキ君の今のご反応も、何か含まれているとしか…。その上、トキ君は…ヘッドハンティングされるご様子でして。口利きとは、わたくしのお父様にですわよね…。お父様とどういう契約をされたのか存じませんが、高白様を先にご勧誘なさっても、大丈夫でしょうか…。
頼りなく見えましても、父は我が社の会社代表で社長でもございますので、それなりにヤリ手なのですわ。お相手の家柄を贔屓されることもなく、また謙るということもございません。ご自分のお立場を威張ることもなければ、またお相手に謙られることも嫌われます。
しかし、高白様も上位のお家柄のご子息のようですし、我が社に正式にご入社なさるということは、ご実家の方にも問題が出られるかもしれません。今は他の社員とも線引きされておりますが、高白様のご身分を配慮致しますと、それなりに気を遣う必要も出て参ります。その上でトキ君がヘッドハンティングされたのでしたら、わたくしの父もあからさまにご反対は、出来ないかもしれませんね。
わたくしとしては、どう対処すべきかしら…。高白様が乗り気で、今直ぐにでも移籍したいと応じられた場合は、わたくしは…どう動けば宜しいのかと…。心の中ではそうハラハラしながら、お2人のご様子を探っておりました。
「ご返答は直ぐでなくとも、いいですよ。僕は大真面目ですし、貴方も今後どうなのかと気になされるのでしたら、協力していただけないかなあ…と。僕としては今後…いえ、昔に…そうならないようにと、促したいのですよ。彼女が不幸になることは、昔もこれからも…望みませんので」
「本当に、君は……変わっていないようだ…。自分に正直だというべき…なのが、本気で憎めないと言うべきか…。本音は全て、彼女の為なのだな…。」
「…お褒めいただき、ありがとうございます。僕は、これからも…変わらない予定でおりますよ。」
「……はあ~。分かったよ…。暫く、考えさせてくれ。公務員と言えども、直ぐに辞めることは出来なくてね…。」
「はい、勿論いいですよ。…出来れば、良いお返事をお待ちしております。」
「雇い主は、乃木社長だろ?…いくら君が八代家の者でも、乃木社長はそういう縁故を嫌う人だと、思うが……。」
「それならば、大丈夫ですよ。社長には既に、許可は取ってあります。こういう事態を、予期していなくもなかった訳でして。」
「……相変わらず…だよな。彼女も……可哀そうに。」
「……???」
またまた…お2人にしか理解出来ない会話を、されておられます。今、わたくしは必要とされておりませんよね…。トキ君は既にお父様に許可を取っておられ、用意周到で抜かりのないお人でしてよ。恐れ入りましたわ。こうした事態とは、どういう事態なのでしょう…。高白様は何度も、呆れられておられますし…。
そして、お2人が語られる『彼女』とは、何方のことですの?…わたくしのことではございませんのに、そう仰りながらわたくしをチラッと覗き見られた高白様に、何となく…心がザワついたわたくしは。
そして……意味が分からないなりにも、お2人に共通する何かを、わたくしは何となく得体のしれない想いを感じ……
花南音と碧琉の出会い編の続きでして、前回の碧琉と会った日と同一日の出来事です。冒頭から、時流の機嫌が最悪でしたが、相手が知り合いだったの為に流れが変わって行き……。