56話 貴方の為に出来ること
前回55話の続きで、いつも通り花南音視点となります。
55話から、前世編での新キャラが登場しています。
ただ今わたくしは、麻乃のお父君の会社の何周年記念というパーティに、内密で参加させていただくミッション中ですわ。これは、『乙女ゲーム』の試作品を試してくださるお人を探す…という、わたくしに下されました任務中でして。その任務中に1人の大人の男性が、迷子(?)になりましたわたくしに、お声を掛けて来られまして。そうですわ、世に言う『ナンパ』と思われます。
「…い、いや、絶対にナンパじゃないから!…俺はもう…20歳過ぎた大人だし、君はどう見ても…未成年だし。…いや、本当に…違うんだよ。だから、本当に…何処かであった気がして………。それなのに…思い出せないんだ。」
「………。」
…いえ、どう仰られようとも、怪しさ満載でしてよ…。少なくともわたくしには、お会いした覚えはございません。…断言できましてよ。もう既にご用はお済みだと思われますが、この青年は…何故か去ろうとされないのです。非常に身なりの良いモテそうな青年でして、お顔もモデル並に整っており、年齢は20代中盤から後半という雰囲気です。眼鏡は掛けておられず、細めの体系のお人ですわ。
決してひょろひょろという体型ではなく、もしかしたらそれなりに、鍛えておられるかもしれません。こうして横に立っておられるだけでも、大人の色気というものが感じられますわね、わたくしにも…。今も、近くにいらっしゃる大人の女性が、彼に声をお掛けしたそうな素振りだと伺えましたわ。
そういう訳でして、そろそろ退散なさってほしいのですが、先程から真剣に考え込まれておられて、ちっとも動こうとされません。仕方がなくわたくしから去ろうかと向きを変えましたら、また別の人物に声を掛けられまして。何となく嫌な気配が致します…。「向こうで一緒に話そうよ。」と、わたくしの許しもなく、わたくしの手を掴んでは、無理矢理連れて行こうとされますのよ。
…何ですの、この失礼なお人はっ!…お名前も名乗りもせず、わたくしの許可も取られないうちに、何とも…ご無礼でしてよっ!
わたくしがそう声を上げようとしますと、さっと相手の手を掴んで捻られ、わたくしの手が離されますとすぐに、わたくしをご自分の背の後ろに匿ってくださったのは、先程のナンパ青年で……。
「……君!…俺の知り合いを、何処に連れて行く気だ?…君は本当に失礼だな。俺の目の前でこういう行動を取るなんて、どういうつもりなんだ?」
「な、何だと、このっ!……あ、貴方は……し、失礼しました……。」
助けてくださったナンパ青年は、それなりにお家柄が宜しいようでして、わたくしを連れて行こうとされたご無礼な男性は、青年のお顔を拝見された途端に、真っ青なお顔になられ、慌てて去って行かれましたわ…。この会場のボーイさんにぶつかりながら、その飲み物を被っておられましたわね。…罰が当たったご様子ですわ、ほほほほっ…。本当に、女性の敵でしてよ。
「え~と、君…。大丈夫だったかな?…俺が聞くのも、何だけど…。」
「…いいえ。本当に助かりましたわ。助けていただきまして、ありがとうございます。心よりお礼申し上げますわ。」
「……その口調、やはり…何処かで………。」
先程のことをお気にされたのか、ご自分も失礼だったと思われたご様子ですが、この年上の青年は、先程からわたくしとは適切な距離を置かれておられます。それに先程のご無礼男さんとは違いまして、悪意やら疚しさなどが一切感じられません。
ですが、目の前の青年はどうしても、わたくしと何処かで会ったことがある…と、お思いのご様子なのでして。…わたくしの口調?…このお嬢様口調が、珍しいとでも仰られるのかしら…。それでしたら、お嬢様ならばほぼ全員が、こういう口調でしてよ。それ程、お嬢様とは縁のないお人なのかしら…。
ふと…彼の目線が、わたくしが手にしております紙袋を、ジッと見つめておられます。この紙袋には、まだ試作品の段階でパッケージや包装のない、乙女ゲームの試作品ソフトが入っておりますのよ。外側からは、何が入っているのか分からない状態ですので、気になられたのかもしれません。
「君は…もしかして、乃木グループ社長のお嬢さん?…確か、1人娘で身体が弱いと、聞いたことがあるが…。」
「…はい?…体が弱いとは…どういうことでしょう?」
「…えっ?…いや、母親が亡くなっているんだろ?…何でもその母親も身体が弱かったそうだし、娘も同じく病気がちだと、乃木社長が語っておられたよ。」
「………。」
わたくしが乃木グループの社長の娘だと、バレたことは想定内ですので…良いのです。それよりも…わたくしには信じがたいお言葉を、お聞きしましたが?!
お父様が…語っておられたのですの?…わたくしは何時から、病弱設定になりましたのかしら?…ねえ、お父様。教えてくださいます、詳細に…?
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わたくしが父に対して密かに怒っておりますと、先程からわたくしの目の前におられるの青年に、わたくしの怒りが伝わりましたようですわ。眉をピクピクさせられ口元をひくつかせられて、驚いたようにわたくしを凝視されておられますけれども、わたくしの爆発しそうな怒りは、簡単には消せそうにありませんことよ。
「…コホン……。病弱というのは、気の所為のようだな…。済まない、俺が余計なことを話したばかりに…。だが…その袋を見れば、一目で君が乃木グループのお嬢さんだと、バレバレだ。何か…違う袋に変えた方がいいぞ。」
「これには今後、我が社を代表となり得る予定の商品として、『乙女ゲーム』の試作品とその関係書類が入っておりますの。我が社の宣伝も兼ねておりますので、そういう訳にも参りませんのよ。お気遣いくださり、ありがとうございます。」
そうなのです。実は、わたくしの正体がバレるのを覚悟致し、我が社の社名の入った紙袋を使用しております。我が社自身の宣伝効果も兼ねておりますので、そういう問題でもありませんのよ。そう正直にお伝えしますと、青年が驚かれたように紙袋を見つめられ、興味を示されたような雰囲気を感じたわたくしは。これは、一大チャンスですわ。
「失礼ですが、『乙女ゲーム』に興味を持たれておられませんか?…宜しければこの試作品を、試していただけませんでしょうか?…ご感想をお願い致します代わりに、使用料は要りません。正直なご感想をお聞かせいただき、ご意見を参考にさせていただきます。ご面倒でなければ、ご協力をお願い致したく……。」
わたくしは誠心誠意をもって、頭を下げましたのよ。なるべく綺麗に見えるよう気を配りながら。暫しそのままの状態を保っておりますと…。
「…顔を上げてくれ。未成年の君に謝られているみたいで、居心地が悪い…。」
「…?……」
大層居心地の悪そうなお声が、目の前から聞こえて参ります。ふふっ…。礼儀正しいお人のようですわ。ですから、ナンパの件では…本当にそう思われていらっしゃるのね…。ちょっと、残念なお人です…。
「君とは不思議と、全く知らない人のような気がしない。何かの縁を…感じるんだよ。その申し出を受けよう…。名乗る必要が出て来るが、君は…大丈夫か?」
「はい。わたくしは大丈夫ですわ。」
「…そうか。見た目と違い、潔いようだ。…俺は『高白 碧琉』。高白家の次男だが、今は家を出て国家公務員として働いている。よく間違われるが、年齢はこれでも…20代だ。乙女ゲームは今までにしたことがないが、他のゲームはそれなりにやり込んでいるが、君が期待するような感想かどうかは、期待されても困るのだが……。」
「…高白様と申しますと、元華族ご出身である『高白』家のお家柄ですのね…。礼儀の適ったお方だと、先程から感じておりました。高白様に…でしたら、此方からお願い申し上げますわ。…わたくしは、『乃木 花南音』と申します。父はお察しの通り、乃木・トイ・コーポレーションの社長です。今後わたくし共の会社をお見知りおきの程、よろしくお願い致しますわ。」
「……ああ。此方こそ、宜しく頼むよ……。」
こうして他にも何人かのお人に、試していただくことになりました。期限は特に設けておりませんが、試していただく皆様はゲームに興味をお持ちのお人ばかりですし、そう時間は掛からないことでしょう。そう思っておりますと、皆様から一週間前後ほどで、ご連絡をいただきましたわ。
そして、皆様からは素直な感想をお聞かせいただきました。…なるほど、まだ若干色々と、手直しが必要な模様ですわね。そして高白様からは、最後にご連絡いただきました。このゲーム自体にご興味を持っていただけたようですが、トンデモないことを申し出されまして…。
「是非とも、このデモゲームの作成者に会ってみたいんだ。感想も直接、伝えたいんだよ。」
「…そう、仰られましても…。」
「無理を言うのは分かっているんだが、これは作成者にとっても…悪い話ではない筈だ。」
わたくしの一存では、お答え出来ません。そういうニュアンスで然りげなく、お断り申し上げ致しましたのに、高白様は益々熱心に会いたいと熱望されるのでして。作成者にとっても悪いお話ではない、とまで言い切られるのでしたら、断る理由がございません…。
さて、トキ君には…どうご説明致しましょう…。他の試作品を試された方々の感想も、未だお伝えしておりませんのに…。彼に…問い詰められそうで、何となく恐怖を感じるのは……何故?
わたくしの一存で申し訳ございませんが、高白様と…会っていただくと決めましたわ。わたくしの勘ではございますが、確かにこれが…トキ君の好機となり得ると、感じておりました。わたくしのこういう勘は、必ず当たりましてよ。
花南音と碧琉の出会い編です。
花南音が珍しく本気で怒っています…。普段は穏やかでマイペースの人を怒らせると、本気で怖いですよね…。そして今回は花南音が、ほんの少し危ない目に遭いましたが、一瞬でしたので大したことがないと思いますが、ご気分が悪くならなければいいのですが……。
危ない目に遭ったことを時流が知った時のことを考えると、花南音は恐怖を感じるようですが、それで間違いはないでしょう……。そして、次回は…時流のターン?