53話 貴方の初めての我が儘
いつも通り、花南音視点となります。今回、会話が多めです。
乙女ゲームを作ることになりましたが、果たして……。
「確かに、これらのヒロインの言動は、僕にも…理解出来ないけれどね。でも、こういう主人公(=ヒロイン)の方が、この世界での女性陣には、意外とウケるのだろうね…。特にこの日本では、明確な身分差がないからね。だから、この世界でも頑張る主人公は、支持されるのだろうね。要するに、これらの乙女ゲームの設定は、歴史的にある西洋を舞台とし、身分なども西洋風にしているものの、要所には日本の常識を取り入れている為に、おかしな部分の多いチグハグな設定になったのだろうね。ヒロインがああいう性格なのも、一般受けを狙ったからだろう。こういうゲームでは、顧客に購入してもらう為に、ある程度妥協も必要だからね。」
「では、商売的な面から、これらのヒロインの設定になりましたの?…そう申しましたら、最近麻乃のお薦めの本を読みましたけれども、異世界転生ものでして。その物語にも、身分を気にしない脇役が、出て参りましたわ。脇役なのに何故か前世の物語のヒロインとしてありましたので、女性主人公とどういう立場の違いがあるのかと、思っておりましたのよ。この乙女ゲームと、同じ原理でしたのね。」
「…う~ん。僕はその本を読んでいないから、ハッキリとは言い切れないけど、多分似たような原理だろうね。本当に、この世界は…情報だらけだね。実に…興味深いよ。でも、今は…乙女ゲームを成功させないとね?」
「…ええ。それは良いのですが。あの…トキ君は、宜しいのですの?…トキ君が折角開発されましたゲームも、このままでは…我が社の製品になりましてよ?」
「…ん?…今更?…そうだね。僕は…元々、花南音をたすけ…いや、花南音を手伝いたくて、ここに居るんだよ。僕は将来、この会社に入ると決めているからね、この会社の製品になっても、大丈夫なんだよ。」
トキ君が分析したヒロインは、ゲーム会社による顧客向けの受け狙いの設定、とのことでしたわ。…なるほど。流石、情報通のトキ君ですわね。恋愛にまだ興味のないわたくしでも、理解出来ましたわ。敢えてチグハグな設定の状態なのも、日本人向けに設定されているからなのですね?…顧客の好みに合わせる為に、妥協も必要なのだと…初めて知りましたわ。こういう業界は妥協をしてはいけないと、わたくしは今までに妥協をしたことは、ございません。しかし乙女ゲームに関しては、違うのですね?…それとも商品によっては、ということでしょうか?
何れに致しましても、わたくし達はこれから妥協し、乙女ゲームを作り上げなければなりません。妥協するとは申しましても、どこで妥協すべきなのかが、さっぱり分かりませんわ。わたくし…上手く妥協が、出来ますかしら?…トキ君は…どうなのでしょう?…わたくしも…もう少し自分で、お勉強してみますわ…。乙女ゲームではなくて、異世界転生ものの小説の方で。ゲームは…苦手ですもの。
それに致しましても、トキ君はわたくしを手伝いたいと、未だにおっしゃってくださり、恐縮ですわ。将来は、我が社に入ると仰られておりますけれども、本当に宜しいのかしら?…八代コンツェルンと乃木・トイ・コーポレーションでは、会社の規模もグループ会社の大きさも数も、全く比べ物にならないのですよね…。
トキ君ほどの実力の持ち主でしたら、八代の中でも上の方の会社を、継げるのではないのでしょうか?…いくらお兄様が、お2人いらしたとしましても、八代家では他にも会社を沢山、お持ちですものね?
我が家の社員では、勿体無い気が致します。それに、お父さまは…トキ君をそう扱われるのでしょう?…父個人と致しましても、他者の圧力とかに屈するお人ではございませんし、寧ろ平等に扱われておられますので、トキ君を唯の平社員扱いされそうなのでして…。トキ君はトキ君で唯の社員扱いだろうと、入社されそうですのよ。仮にも八代家の本家の人間を、唯の社員扱いなどとは、頭が痛くなりそうな案件でしてよ。
わたくしは…このまま、甘えていても宜しいのでしょうか?…でも、今はまだ彼の協力が必要なのですわ。ですから、父にはわたくしからもお願いしてみましょう。彼が唯の社員でもなく、かと申しましても我が社の他の社員の恨みを、買うようなこともなく、その上で彼に合う部署に配属していただけるように、と…。そうお願いしてみましょうか……。
父は独裁者ではございませんので、わたくしの意見もきっと快く取り入れてくださいますわね。これが…今のわたくしに出来る、精一杯な誠意なのですわ。
****************************
「物語の舞台は、異世界が良いですわね。西洋風の世界で、時代的には中世時代を模したような世界で…。魔法もあった方が、宜しいのかしら?…後は、異世界の生物として魔獣とか若しくは、竜とかいる世界はどうかしら?」
「…う~ん。僕は、異世界とか西洋風の世界とか、中世時代のような世界という設定までは、賛成なんだけどな…。魔法の設定は…ない方が、いいかな?…それに魔獣とか竜とかも、必要ないかな………っと。」
「…あら、まあ。魔獣や竜とかは…兎も角と致しましても、魔法も…反対なのですの?…魔法が存在致しました方が、面白い設定になりませんこと?」
「……いや。魔法は…ない方がいい。魔法など存在すれば、悪いことに利用しようと考える人間が、必ず…出てくる。それに、魔法はなければ…いや、なかったとしても何とでもするのが、人間なんだよ。魔法があれば人間は、怠惰になるだけだと思う。だから、なくたって…困らないんだよ。」
「………。」
トキ君は、どうされたのでしょう…。魔法の世界をわたくしがご提案した時から、ご様子が明らかに変ですわよ…。まるで、実際に魔法を見て来られたような、そういう口振りで語られます。魔法というものを、よくご存じかの如く…。わたくしがご提案したのは抑々、乙女ゲームの擬似的な世界のことですのに。彼には、本物の世界での出来事のように、拝見されておられるのかしら…。
日本を含むこの現実世界は、魔法も魔獣など摩訶不思議なものは、全く存在しない世界であり、特に困ることなどございません。それでも、今はその現実の世界の事柄ではなく、非現実の世界についての設定なのですもの。それなのに何故これほどに、反対されるのでしょうね?
「現実の世界での事柄では、ございません。ゲームの設定ですのに、どうして魔法のない世界に拘られますの?…わたくしの理想を押し付けたいとは、思っておりませんけれども、魔法の存在する異世界の設定にされた方が、一般受けされるのではないでしょうか?…此処は、妥協点かと思いましてよ?」
「…うん。それでも…ごめんね?…唯のゲーム内の設定とはいえ、どうしても…魔法が使える世界には、したくない。それに魔獣とか竜とかも、存在しない設定にしたい。これらは、魔法がある設定にしなければ、人間には脅威しか与えないと思うからね。飽く迄も異世界とは言え、人間達が自分の力で乗り越えて行くという、現実的な世界にしたいと思っていてね。これは…僕の単なる我が儘だと、思ってくれても良い。それで花南音が協力出来ないならば、それも致し方ないと思う。僕はそれでも…1人になっても、この設定で乙女ゲームを作りたい。」
「………。」
トキ君は、何とも言えない程の渋いお顔を、されておられました。彼が…此処まで拘っていらっしゃるのは、初めて…でしてよ。何が此処までそうまでして、彼のお気持ちを頑なにされておられるのでしょうね…。魔法の設定は、魔法のないこの現実世界では興味深いものですし、ゲームで疑似体験が出来るということは、一般的にも広く受け入れられる筈なのですわ。我が社一筋のわたくしでも、魔法が使えたら何かを成し遂げたい、と思うほどに魔法に憧れておりますのよ。ゲームとしても成功すること間違いなし、と直感致しましたのに…。
絶対に妥協出来ないと言い張られる、トキ君には…。何かを…抱えておられるような気が、致します…。どうしてここまで…拒まれておられるのかは、流石にわたくしにも、理解不能なのですが…。
わたくしには何でも協力してくださる彼から、わたくしが魔法の存在しない設定を受け入れられない場合は、協力を拒まれたのですのよ。頭を殴られたようなショックを、受けましたわ。わたくしも、彼と共に乙女ゲームを作りたいのに…。魔法の設定だけで、こうまでして拒まれるなどとは…。
どうして…拒まれた筈の貴方の方が、それほど悲し気なお顔をされますの?…わたくし、乙女ゲームを作りたい、トキ君と共に…。それならばわたくしの為すべきことは、決まっておりましてよ。
「…了承致しました。トキ君がそこまで仰られるのは、意味を持っておられるのでしょうね。わたくしも微力ながらも、ご協力させてもらえませんか?…わたくしも貴方と共に、乙女ゲームを作りたいのです。お1人で作られるなどと、わたくしを…除け者になさらないで…。悲しいですわ…。」
「……花南音。ごめん…。そして、ありがとう。僕の為に、妥協してくれて…。本当は君の希望を、叶えなければならない立場なのに。それでも、僕は……。」
「もう宜しいですわ。わたくし、貴方のそういう我が儘を初めて、拝見致しましたもの。今まではわたくしの我が儘に、ずっとお付き合いくださったのですから、今度はわたくしが貴方の願いを叶える、番ですわ。…ふふふ。貴方が甘えてくださるようで、何となく嬉しいですわ。」
「花南音…。参ったなあ……。花南音には、永遠に…敵いそうにないなあ。本当にありがとう、僕の我が儘を聞き入れてくれて…。絶対に成功させるよ。僕を許してくれた君の為にも、ねっ!」
これまでは花南音の意見に、「いいね」と無条件で応じていた時流が、初めて意見の食い違いが起こって譲らない状況となりました。乙女ゲームの設定には、何故か色々と拘る時流に、今回は花南音が従うことに…。
会話で終了しておりますが、この内容は次回には続かない予定です。