52話 貴方が乙女ゲーに傾倒?
愈々、前世編での核心部分に入って参りました。
わたくしは授業が終わると、即行で父の会社に向かいます。今日は麻乃と蒼のお陰で、良い提案を思いつきましたのよ。願わくはトキ君にお会い出来ますと、良いですのに…。以前よりゲームに参戦しようという意見は、チラホラと出ておりますが開発する者がおらず、厳しい現実を感じておりました。以前からのトキ君の反応では、乙女ゲームにも関心を向けられておられますし、ゲーム開発にも着手出来るかもしれません。
わたくしは期待を膨らませ、会社の開発室に急ぎます。まだトキ君はおられませんでしたが、今日はこちらにお顔を出されるそうですわ。ウキウキしながら待つわたくしは、彼が来られた途端に行き成り本題に入りましたのよ。
「トキ君!…ご一緒に、『乙女ゲーム』を作りましょう!…わたくし、『ラブラブ光線』を拝見したいのですわ!」
少々興奮気味に、お話してしまいましたわ…。トキ君がギョッとしたお顔をされ、暫く固まっておられます。…ああ。退かれてしまったかしら?
それでもわたくしは何としてでも、あの光線が見たいですわ。既に発売されている他社のゲームに挑戦しようとは思わず、わたくしの開発魂に火を点けましたのよ。元々ゲームをしたい訳でもなく、況してや恋愛を極めたい訳でもありませんもの。わたくしにはゲームをクリアするのは、多分無理ですわ。今は兎に角会社の発展こそが、わたくしの一大事であるのですわ。
恋愛に関する小説や漫画本を読むのも、会社の発展に役立つ何かが見つけたくて、わたくし自身は今はまだ、恋愛が必要ではございません。ラブラブ光線を拝見する為でしたら、我が社で開発するのが一番の近道ですもの。それにプラス、世の女性達の心を鷲掴みにするような乙女ゲームを、一石二鳥で作成できれば言うことはありませんもの。わたくしは久々に本心から、燃えておりますわ。
「…うん。何があったか知らないけれど、間違いなく…鈴宮さんの影響を受けているのは、理解出来るよ…。そういうことならば、僕も花南音に相談したいことがあるし、丁度いいかな…。」
「…まあ。トキ君がわたくしにご相談とは、お珍しいことも…ございますのね。わたくしで宜しければ、何でもご相談にお乗り致しますわ。」
「うん。ありがとう。そう言ってくれると、思っていたよ。」
トキ君には、敵いませんわ…。まるで拝見されていたかの如く、麻乃の影響だとお気付きになられるのですもの。それに、わたくしへのご相談事とは、何かしら…。抑々、トキ君からご相談いただけるとは、思ってもみませんことよ。トキ様の方から頼ってくださるなんて、嬉しいですわね。思い返せば、わたくしは彼と知り合ってから、頼ってばかりでしたもの。漸くわたくしも頼られる立場になれたのかも、と期待致します。
開発室の奥の個室に、トキ君と2人で移動致します。基本的に開発室では、誰もがご自分の仕事に熱中されておられまして、わたくし達の会話を真面に聞いていらっしゃる社員は、おられません。それでも込み入ったお話をする場合は、奥の個室を利用しておりますのよ。開発中にお話をしますのは、他の社員の邪魔になりますからね。トキ君が開発室の一員になられてから、こういう仕組みになりましたのよ。それまでは全員で1つの作業を、熟しておりましたので。
トキ君は作りたい物を作れば良いと、個人での作業を促されたのです。たった1人で作業される社員もいれば、数人のチームを組まれて作業されている、社員達もいますのよ。わたくしはトキ君との2人で作業することが、増えました。当初は数人の社員が加わっていたのですが、わたくしが中学生になった頃から、ほぼ2人での作業となりましたわね…。何故かこの頃、他の社員達から距離を置かれているような気が…。
「実はそろそろ僕も、乙女ゲームを作りたいと思っていたんだよ。その研究の為に、気になる乙女ゲーを片っ端から集めている、最中なんだよね…。僕も初めて扱う分野だから、先ずは傾向とか対応以前に、乙女ゲーの背景とかを見極めたいんだよ。実際に自分でゲームをして見極めるのが、一番良い方法だろうけれど、時間も掛かり過ぎるだろうし、僕もそこまで乙女ゲーに関心はないからね…。ゲーム設定を見る限りでは、非常に興味深いと思っている。乃木コーポでは、デジタル的な分野は進んでいても、こういうゲーム分野では遅れを取っている。今から製作に時間を掛けても、早くても1年先になるだろうね…。」
あら、まあ…。もう既に、ご研究をなさっておられたのね…。トキ君もわたくし同様に、本気で乙女ゲームを製作される気になられたのですね。一から製作するということで、まだまだお時間が掛かるようですけれど、その方がわたくしも燃えましてよ。難題なお題の方が、わたくしの開発心も高まりますのよ。これから、作るのが楽しみになりそうですわ。
こうして、わたくし達の乙女ゲーム作製への道が、スタート致しましたのよ。
****************************
「乙女ゲームのヒロインという者は、素直で優しい前向きな少女ということですが、礼儀の通じない唯のお馬鹿さんのような、気が致しますわ…。」
わたくしは思い切り眉を顰めては、珍しく悪態をついております。今までにわたくしが学んだ礼儀作法に依りますと、ゲーム内の異世界においても、ヒロインの行動は失礼極まりない行動だと、わたくしは本気で思っておりました。現実の人物ではありませんので、ハッキリ悪口を申してしまいましたわ。
「…うん。花南音は、厳しい躾けをされてるよね…。異世界の礼儀作法は別物と考え、特に気にしないのかと思っていた。」
「わたくしが社長令嬢ですので、余計に気になるのかもしれません。わたくし達に取りましては、お家柄の差は大きいですもの。異世界をメインとしております世界と、この現実世界の日本とは、貴族の身分という違いはございませんので、礼儀作法も多少異なりますわ。それでも、わたくし達のような社長令息令嬢の礼儀作法としては、それほど他の世界とも変わらない、と思いましてよ。」
「確かに、花南音が言う通りだとは思うけれど、それほど…気になる?」
「はい…。この日本には、異世界のような身分差はございません。但し、身分差よりも裕福の差はございますし、それに関しての明確な礼儀はございません。それでもやはり差がある以上、明確に決まっていなくとも、それなりの礼儀というものが、存在しておりますわ。詳細な部分は異なりますけれども、抑々本来の礼儀というものは、上位に位置するお家柄の者達ばかりではなく、一般市民にも共通したものであり、全人類が使用するものだと思いましてよ。ただそれが、上位の者ほど優れているだけですわ。ヒロインに関しては、そういう人類としての礼儀が全く感じられない、と思いましたのよ。」
「…なるほどね、そういう風に君は…理解したんだね…。花南音の礼儀作法が完璧なのは、そういう秘密があったのか…。漸く今頃、理解出来たよ…。」
トキ君には何故か、この現実と異世界の礼儀作法を別物とお考えでしたので、わたくしの考えをご説明させていただきました。一般庶民にもそれなりに礼儀は通じるものがある、とわたくしは申し上げたい訳でして。異世界の庶民のように、勉強を学んでいないのならば仕方がございませんが、この日本では全国民は勉強出来る権利があるのです。最低限の礼儀を知らぬ者など、この国ではあり得ませんわね。
ところがヒロインの行動はチグハグであり、その最低限の礼儀も感じられなくて。礼儀を知らないことと、敢えて学ばないことを混同してはなりません。郷に入れば郷に従えなのですわ。わたくしの説明にご納得してくださったのですが、別の違和感を感じさせられましたわ。まるで彼は、この世界を漸く理解された風で…。
先程からトキ君とは、乙女ゲームの設定についての感想を、述べておりましたの。今はまだ、他社の乙女ゲームを研究しております。異世界がメインとなるものが多く、現実世界が舞台のものは現実とのギャップがあり、ファンタジーが入っておりまして、パラレルワールドのような世界かしら…。
現在わたくしが研究したものは、異世界ものヒロインでして、身分の低い男爵家や子爵家のご令嬢、若しくは庶民の少女が王立学園という国の機関の学校に通う、という場面から始まって行きます。肝心のヒロインは天真爛漫な性格で、身分の高い攻略対象の青年を虜にする、という設定です。
王族の人間が通う学校に平民も通う設定も、学園では平等としている設定も、またヒロインの無邪気な態度に惹かれていく、身分の高い攻略対象達という設定にも、全てに無理がございます…かと。わたくし達が通うこの松園でも、一応は平等とされておりますが、それは似通ったお家柄の令息令嬢が通っております上での、詭弁でしかございません。
流石に一般市民の子供と、わたくし達の家庭の子供では、同じ学び舎に通うこと自体に無理がございます。日本では学校のレベルも何段階にも分かれておりますし、
一般市民が奨学金で入学出来る学校は、中段階に位置する学校でしょうか。因みにわたくしの通う学校は、その上の位置に属します。
庶民の少女がヒロインの場合、王子と仲良くなりお友達となるまでは、まだ許容範囲でも、王子の恋人となり彼の婚約者を糾弾するのは、より身分が厳しい世界の方が、有り得ないのではないのかと…。然もヒロインは都合の良いことを囁く、礼儀を疎かにするタイプの人間で。学んでも実践出来なければ、王族に嫁いだことで国を亡ぼすのでは…と考えて。
唯の乙女ゲームの設定を現実に当て嵌めるわたくしは、ゲーム開発には向いていないのかもしれませんが、トキ君が製作されるのならば、全力で応援させていただきますわね?
今回からは漸く、乙女ゲームの製作に関わるお話になって来ています。花南音と時流がどういう理由で、乙女ゲーム作りに関わったのか…という内容です。
花南音には、乙女ゲームの設定が現実との違いの所為で、理解出来ない部分があるようです。都合が良過ぎる設定に、この状況で攻略して何が面白いのか、という感じでしょうか…。




